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第38話

遅くなりました。完結がいつになるやら……

「意外に早いな」

「少しって言ったぞ」

 登録は意外に早く終わったようで、レイアは向かいの席に着いた。

「ん?何だそれ」

 よく見ると、指の間から灰色の指輪が覗いていた。

「ん?ああ、これは冒険ギルドの員の証だ。これが無いと、依頼でも立ち入り禁止区域に入れないから無くすなよ」

 知らなかったのが意外だったのか、少し驚いたようだ。そう言うと腕輪を差し出してきた。まあ、着ければ無くさないだろう。

 指輪を受け取り、嵌めようとするが、疑問が浮かんだ。『肉体強化して硬いものを殴れば壊れるんじゃないか?』壊れたら無効なら、格闘中心の俺には合わない。破損防止に、肉体強化が及ぶような代物なら指を怪我する危険がある。それは余計に駄目だ。

「どうした?嵌めないの……ああ、邪魔か。それなら紐をやるから、首にぶら下げてろ」

 レイアは察したようで、藁の色をした紐を鞄から出した。

「分かった」

 レイアの手に乗った紐を取ろうとすると、いきなり手を引っ込めた。

「何だ?」

 レイアの顔を見ると、やけに不機嫌そうだった。そして、

「…………ありがとうは?」

 と、催促すると言うよりは、諭すように言った。

 長引くと面倒になりそうだが、嫌という訳でもない。しかし、どうも『ありがとう』を面と向かって言うのは気が引ける。気恥ずかしいというか、なんというか。言う相手が結構いなかったからだろうな。

「あ、ありがとう?」

「聞くな」

 レイアはこういうことには厳しいようだ。きちんと躾られたんだろうな…………『指図するな』と言えば恐らく引くだろうが、理由も無いのにそんな餓鬼のようなことを言うのも馬鹿馬鹿しい。ほとんどの人は、盗みはできるのに一言礼を言うこともできない俺を、情けないと思うんだろうな。

「…………ありがとう」

「駄目だ、俺の眼を見ろ」

 ああ、本当に躾が厳しいな。視線を合わしたつもりなんだがな……

 レイアの眼を見て言う。こう考えると何か気恥ずかしい。くそっ、思春期の餓鬼か俺は!思春期なんて終わった……はず。

「眼を見て、だな」

「ああ。一応、王国の代表みたいなものだ。まあ、こういうのは守ってくれ。政するやつらは面倒なやつが多いから…………さあ、言え」

 今気づいたが、少しニヤついてやがる。気恥ずかしさが知られたか…………拷問だな、これは。

「あ」

「あ?」

 よし、がんばれ俺!楽しいことを考えろ!そうだ、終わったら飯があるんだ!がんばれ、俺!

 そしてゆっくりと声を出し。

「────アリガトウ」

 駄目だ、無理、恥ずかしさで死ぬ。今ならあのワイバーンにも無傷で勝てるような気がする。自分の恥ずかしさへの耐性のなさがもう嫌だ。ちくしょう、笑え、笑えよ!爆笑しやがれ!

 俺は思わず、勢いよく机に突っ伏した。

「どういたしまして」

 あれ、笑わないか。…………よかった、笑えと言ったが、本当に笑われたら心が折れ────

「くくっ……ふっ……いや、笑って……無理、ははっ、はははははははは!まさか、まさか、片言で言うとは!」

 レイアは腹を抱えて、まさに抱腹絶倒物だったようで、回りの視線も気にせずに笑っていた。普段なら俺は怒るのだろうが────もう恥ずかしさで死にそうだ。周りの視線はレイアに行き、それから正面で『アリガトウ』発言と共に机に突っ伏した俺に行くわけで、盗人稼業のために、普段は人目に当たらない俺には未強化の体に刺さる矢より痛い、顔を上げれない。アーク、リリアナ、セレナ、早く来てくれ。



「で、死にそうだったと?」

 隣に座ったリリアナは、俺の死にそうな表情に、少し引き吊った笑みを浮かべながらながら言った。

「生きてきた時間が、一気に恥ずかしさに変わった気がする………………」

 あの後、リリアナ達が戻って来たが、何事かとしばらくは見ていたようだ。

「……よく分からないが、恥ずかしかったんだな」

 リリアナの笑みが、引き吊った笑みから苦笑いに変わった気がした。

「ああ…………」

 さっさと飯を食べよう。もうそれしかない。

「で、リリアナ。飯は何がうまいんだ?」

 物珍しさで注文し、失敗したらかなり悲惨だ。

「ん?そうだな…………」

 そう言うと、リリアナはギルドの業務カウンターとは別の、酒場としてのカウンターへ顔を向けた。

 カウンターの向こうの壁には古い木の札が架かっており、その表面には青白い光がパズルのように組合わさり、文字になっていた。

 これを見て、無駄に凝った作りだと思ったのは悪くないだろう。

「ああ、あれだ『海の──」

「あ、ランサム。これ食え、『赤い悪魔の丸ごと煮』」

 リリアナが普通の料理を言おうとすると、レイアが明らかにヤバそうな。と、いうよりは、それだけメニューの字が赤い料理を言い。

「すいませーん!『赤い悪魔の丸ごと煮』を一つ」 ウェイターも呼ばずに、わざわざ大声でカウンターに言った。

 料理名を聞いた途端、何人かが急いで会計を済ませて出ていったのは気のせいであると信じたい。レイアと俺以外の勇者一行含め、逃げた連中以外の客全員がフリーズしているのも気のせいであると信じたい。

「いったい何を頼んだんだ!?赤い悪魔ってなんだ!?」

 気づけばレイアの両肩を掴んで迫っていた。名前だけでこんな反応を示される料理だ、ろくなものじゃないだろう。

「何って、海でとれるモノだよ」

 レイアは若干身を引きながら言った。

「魚や貝か?」

「魚や貝じゃなくてモノだって。柔らかいというか、骨がないというか……」

 不安だ、不安しかない。もしスライムみたいなのが浮いてたりしたら…………

 そうだ、注文を取り消そう。今なら間に合うはずだ。

「すいません!今の注文、取り消────」

「やめろ」

 カウンターに取り消しを言おうとした途端、机の向かい側からレイアが乗り出してきた。それだけならいいが、右の手のひらで俺の口を塞ぎ、左手で首の後ろを持って引き寄せて固定した。

「あの料理はすぐにできる。もう持って来ようとしてる途中だろうからやめろ、迷惑だ」

 なぜそこまで把握してるのかと突っ込みたい。しかし、レイアの謎の真剣さがそれを許さな…………口を塞がれてるから喋れないか。



「お待たせしました」

 俺が胸の前で手首を合わせた輪と、大きさが同じくらいの大きな鍋をウェイターが一人で持ってきた。肉体強化だろうか。

「……え?」

 思わず声が出た。

 ゴトリと重い音を立てて置かれた鍋には、透き通る琥珀色のスープがあり、そこに赤い悪魔が鎮座していた。それの姿は、赤ん坊の頭ほどの真っ赤な楕円形から何本かの太い触手が生え、それには丸い模様がせり出したかのような隆起があった。付け加えるなら、表面の妙なツヤが気持ち悪い。

「こ、これは?」

 恐る恐るウェイターに聞くと、笑顔でこう言った。

「赤い悪魔──タコの丸ごと煮込みです」

 どうやら赤い悪魔はタコというらしい。

「ご注文は以上でお揃いですか?」

「あ、はい……すいません」

 ついつい物怖じしてしまった。それだけの威圧感が、このタコからは出ていた。

 ウェイターは大きめのナイフとフォークを数本置くと、カウンターの奥へ入っていった。

「どうやって食うんだ、これ?」

 見た様子、柔らかそうな肉をしている。切って食べるのだろうが鍋だ、切りにくいことこの上ない。だとすれば……

「リリアナ、切ってくれ」

 あの刃物を赤くする強化なら、焼き切ることで切れるだろう。まあ、無駄遣いと言われそうだが。

「……ああ、いいぞ」

 リリアナはナイフを手に取ると、ナイフに強化を施して王都で間近で聞いたあの焼ける音を無言の酒場に響かせながら切り分けていった。

「切ったぞ」

 リリアナはナイフを置くと、黙祷のように目をつむった。よく見ると、他の客もほとんどが目を……いや、目も押さえてるものもいる。口を押さえてる奴は一体何なんだ…………

 不安を押さえながら、大きな切り身をフォークに刺した。感触は固くもなく、柔らかくもない嫌な感触だった。

 正面からガン見してくるレイアに押されながら、恐る恐る口に運んだ。弾力のある食感、味は淡白…………あれ、これって。

「あれ、うまい?」

 それを言った瞬間、酒場に笑い声が響いた。

「よっしゃあ!賭けは俺の勝ちだ!」

「どうだ、坊主?うまいだろ?うまいだろ?」

「あーあ、また負けた。今回は嫌がると思ったんだけどな……」

 爆笑と共に、酒場の客はワイワイと騒ぎ始めた。中にはさっき出ていったはずの顔もいる。

「レ、レイア?」

 何が起きたか分からなかったので、目の前でも爆笑しているレイアに話しかけた。

「ふっ……くくっ……ランサム、これは恒例なんだよ」



「いやー、楽しかった。さらば、王国」

 買い物で荷物が重くなったレイアは、満足そうに言った。

 レイアが言うには、酒場に初めて来た奴にはこれを食わせるのが恒例らしい。この港町限定の、見た目はゲテモノのメニュー。これな反応で賭けをするのが、漁師の楽しみらしい。そして、不味いと言った奴は少しオハナシされるのも、恒例らしい。

 「やはり、船は明るいうちに乗るのがいいですね」

 そして、俺に大量のライムを持たせたアーク。

「今日は風がいいですね」

 なかなか話さないが、話すと明るいセレナ。

「ああ、いい天気だ」

 レイアと組んで、あれを仕組んだリリアナ。

 何も無かったかのように振る舞う一行への反応は、いったいどうしたらいいのか。

「何だ、ランサム?酔ったか?」

 レイアが話しかけてくるが、今は突っ込みたい。

「船に乗るの早すぎだろ!」

 あの後、酒場から出るなり急いで船に乗り、出港。港町への滞在は半日もなかった。

「何だ、それか。いいだろ、遅いよりは。じゃ、何かあったら言えよ」

 レイアはそう言うと、甲板で昼寝を始めた。マイペース極まりない。

 船はそこそこ大きく、貨物船のようだ。俺たちの他にも、何組かの冒険者や、傭兵が乗っている。

「ランサム、勇者殿の側にいろ。護衛とは言わんが、念のため……な」

 出港前、レイアは大陸での歩き方を言った。こちらより治安が悪いらしく、決して一人になるなと。

 今も船にちらほら見られる傭兵達だが、あいつらは質が悪い。たとえ味方でも、金銭のためには二束三文でも何でもする。そんなやつが集まっているのが傭兵だ。冒険者との違いは、肩入れする対象がいるかどうか。冒険者は基本は国や、街に味方するが、傭兵は基本的に金に味方する。盗人以上の、社会のクズだ。そんなやつらが、女にすることなんて決まってる。

「ああ、分かった」

 まあ、関わったら面倒というのが一般的な評価だが。

 そして、気持ち良さそうに丸まるレイアの横に腰を降ろし、

「……ふう」

 暖かな日差しと睡魔の連携攻撃で瞬殺され、波と船の木が波で軋む音を聞きながら眠りに落ちた。

はい、波の音と木が軋む音で寝る自信があります。まあ、あの状況で寝るのはランサムの馬鹿さということで。

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