第35話
大変遅れました
「あー、痛い」
「無茶するからだ!この、バカ野郎!!」
深夜と言える時間、焚き火にあたりながら、アークに火傷の治療をしてもらっていた。そして、ふと思い付いてポツリと呟いた独り言に、不機嫌なレイアが油を火にぶちまけたような勢いで反応した。
例えじゃなくて耳が痛い。人の真横で大声を……真横だけじゃなく、全方向を囲まれてるのはなぜ?
「いいだろ、勝ったんだからよ」
「良くない!傭兵の時といい、単独行動しやがって」
「いや、今回は仕方ないだろ、奇襲ができるタイミングだったんだから。合流したら奇襲ができない」
「その奇襲で返り討ちに遭ってどうするんだよ」 レイアが一転して冷たい目線を向けてきた。
今はレイアの独壇場だな。リリアナたちも何か言いたそうだが、言うタイミングが無さそうだ。しかし……これについては返す言葉がない。返り討ちになっても鱗は砕いたよな?
「鱗砕いたからいいだろ?」
「いいわけあるか……腕、どうするんだよ?」
レイアはそう言いながら、水球に包まれた俺の右肩を見た。
「アーク、ランサムの腕は治せるか?」
今度はアークに視線を移し、不安そうに聞いた。
「無理です。治療には自信がありますが、無いものは治せません。ワイバーンの毒を抜くくらいしか……」
話を振られたアークは、苦虫を噛み潰したような顔をした。恐らく、治療を使える者の責任感だろう。まあ、過剰な責任感だが。仲間が死んだら、どうなるのだろうか?
「で、毒は抜けたんだな?」
気になるのはそれだ。「遅効性で、昼寝したら永眠になりましたー」なんてことになったら死んでも死にきれない。
「はい、済みました。どうやらワイバーンは複数の毒を持つようで、リリアナさんよりは軽い毒でした」
「リリアナは?」
「酸のような毒でしたので肉が焼け、しばらくは動かせないでしょう。定期的に治療をしないと……」
ぐったりした様子でアークは言った。大怪我の治療ばかりで疲れているのだろう。治療は大怪我を治せるかどうか怪しいのが、一般的な治療の効果だ。二度も三度も治す、アークはかなり凄いのだろう。
個人的な評価をしていると、
「ランサム…………お前、ここで降りろ」
「誰が降りるか」
レイアが人の予定を壊すようなことを言ったので、即答しておいた。
「片腕だけじゃ無理だ。頼むから降りてくれ」
「嫌だ」
レイアが淡々と、しかし感情を圧し殺したように言う。
降りたら俺は捕まって殺される。レイアは俺が無罪放免の代わりに、これに参加したことを忘れてるのか?代えたと言っても名前だけで、衛兵のやつらには、名前は知られて無いんだぞ…………レイアが報告したかもしれんが。
「死ぬかも知れないんだぞ!」
今度は怒鳴るように言ってきた。必死すぎだろ。
それに、途中抜けするんだから、降りない方が死ににくい。死にやすい方に誰が行くか。
「ここで降りても無罪放免分働いたとは言えない。それに、散々引っ掻き回された連中が引っ掻き回した俺を、本当に無罪放免にするか、怪しい。このまま戦う方が死ににくいんだよ」
そう言うと、レイアはひどく悲しそうな顔をした。そして、二呼吸ほどしてからこう言った。
「……来るんだな?」
「それ以外にない」
そう言うと、レイアはスッと息を吸って、
「じゃあ死ぬなよ!いいか、腕も生やして強くもなって、とにかく死ぬな!俺の許可のみで死ね、いいな!」
なんとも我が儘な、滅茶苦茶なことを大声で言った。恥ずかしくないのか、こいつ。
普通なら嫌気が刺すのだが、逆にこの我が儘が好ましかった。
「ああ、分かったよ…………なあ!聞いてくれ!」
そうだ、これを言わないと、一生後悔する。言おう。
「な、なんだよ」
俺の熱意を感じたのか、少しレイアがたじろいだ。アークたちは固まっている。
「ワイバーンっていくらで売れる?できれば、なぜ成体が来なかったかも教えてくれ!」
あばら骨の末端を無言で殴られた。嫌な音が聞こえたのは、気のせいじゃないだろう。
「何しやがる!?」
「真面目な話しかと思ったじゃねえか!」
「俺は真面目だ!」
レイアがかなり苛立ってる。俺、変なこと言ったか?
「金銭面がかなりまずいって言ってただろ!」
「確かに言ったが、話の流れが……」
レイアは戸惑いぎみに言った。
「そうか?」
「…………もういい」
それでも押すと、レイアは折れた。意外に口は弱いんだな。
「で、いくらで売れる?」
「時価だ。それに売らん」
レイアはそう言うと、潮の匂いのする方向へ歩き始めた。まだ治療中なんだが…………
「さて、行きましょうか」
「行くぞ」
「行きましょう」
そう言いながら、アークたちも歩き出した。
「治療は?」
「とっくに終わりました」 一瞬止まっただけで、黙々と歩き出した。これは船の中で寝れそうにない。