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第34話

この時期は暇になるだろう。と思ったらそんなことは無かった。眠い。

 黒いもやを全身から湯水のように噴出させ、体に纏う。まだ、完全な夜でないため、触れている部分は動く殻と言うよりはローブのようになっている…………中途半端感が否めない、これは密度が少ないからちらほら俺の姿が見えるだろう。まだ肉体強化による再生で魔力が溜まり、操作も下手なので散りきっていない右腕と脇腹からまるで太い血管を切ったように…………さっき確実に破れたな、うん。とにかく、すごい勢いで噴き出してる。昔話に出てくる魔族みたいで嫌だな、これ。

 チラリと横目で野営地を見ると、謎の水の壁が野営地囲み、その内側で火と光とその光を受けて時折見える不可視の塊が飛び交い、その根元目掛けて矢が飛んでいくという、戦争でもしてるような光景が広がっていた。本当に人間かあいつら…………

 その光景と思いを胸の奥に押し込み、走る速度を上げた。



 真後ろから回り込み、ナイフと短刀を構え、そして延髄に突き立てようと構えると、

「くそっ!なんだあいつら!?」

「いいから射て!頭を援護しろ!さっきのやつは射ったら死んだんだ、あいつらも死ぬんだ!」

 恐怖に飲まれ、焦った声でこんな会話を始めた。

 狙ったようなタイミングで言う、などと思いながら刃を突き立てた。すると、何も言わずに膝から崩れ落ちた。

 殺すのはそんなに好きじゃない。けど、殺すことはああいう連中への対処に一番だと思う。襲われたなら確実に殺す。以前、殺さずに無力化で済ませたことがあったが、後々に害があった。それからの教訓。

 さて、援護に行くか、見に行くか。まあ、見に行ったら気づかれて援護しろって言われるだろうな。逃げても大陸のことが分からない上に、船代がな……それに、大陸のことを聞くにはレイアたちが一番早いだろう。

 野営地を見ると、未だに戦っているようだ。ここまで長引くのも変なので目を凝らすと…………トカゲのような頭。耳まで裂けた大きな口、それにびっしりと並ぶ牙。小さいが、存在感が漂う後頭部から後ろに向かって生えた、ランスのような二本の角。黄色を混ぜた赤い鱗で全身を覆われ、背と胸には鱗の発達だろうか、トゲの生えた甲冑のようになっている。前足の無い、コウモリの腕と同じように翼が生えて前足の無い、ドラゴンと言うよりは爬虫類の王である。まだ子どもだろうか、五メートルほどの大きさのワイバーンだった。

 見間違いだと思いたい。生態系の頂点に位置するような生き物の親戚が、こんな場所にいるなんて。子どものワイバーンといえど、並の冒険家では太刀打ちできない。

 しかし、そのワイバーンは地上に降りて戦っていた。猛毒を持つという尻尾を振るえば前衛のレイアとリリアナは避け、その隙に一撃を加える。しかし、刀剣の類いは鱗には強いようで、火花が散るだけで刃は通らない。セレナが風の矢を射つが、魔力の矢のため、ワイバーン自身の膨大な魔力に負けて鱗を傷付けるだけで破れない。それはアークも同じようだ。水の塊や、氷柱のような物を放つが、決定打にはならない。昼間ならレイアが使えるであろう光の魔法でなんとかなるが、肉体強化でもない限り、効果は激減する。人ぐらいは楽に倒せるだろうが、ワイバーンはそうはいかない。なぜ言い切れるかというと、闇の属性である俺の魔力は太陽の下となると、ただでさえ操作ができない魔力の密度はより操作ができなくなる。ここで気をつけてほしいのは『した』魔力が拡散ではなく、魔力の操作が『できない』から拡散する。つまり、対外に放出する時の操作が限られる。レイアは近距離戦をするが、武器がロングソードということもあり、あまりにも近距離には馴れていなさそうだ。最低でも触れないと、鱗は破れない。

 そう思った俺は、盗賊の死体から弓と矢を奪い、野営地に走り出した。

 その間にもワイバーンは炎を吐き、目を狙われるのを避けようとする。距離を取らせると尾を振り回し、レイアたちを追い詰める。

 レイアはたちは苦虫を噛み潰したような表情をしながら、しきりに空を気にしている。恐らく、他のワイバーンがこの個体を助けに来ないか心配なのだろう。ワイバーンは普段は単独行動を取る割には戦闘になると集まってくる。

 これは個人的な考えだが、実際は群れで行動していると思う。個々の間隔が広く、それを補う連絡手段があるのだろう。


 肉体強化で走った俺は、さほど時間もかからずに野営地にたどり着いた。ワイバーンもレイアたちも自分たちの戦闘に夢中で、気配を絞め殺そうとしてる俺には気付いていないようだ。ここに来る少しの間にも状況は悪くなっていた。不規則な尻尾の動きからか、その一撃をリリアナが受けたのだ。

 リリアナは尾を避けると懐に入り、喉を刺そうとした。しかし、ワイバーンは振った尾をサソリのように曲げ、自分の懐に叩きつけた。リリアナはそれをサーベルで防いだが尾はしなり、尾の先端付近に付いているトゲが左肩に突き刺ささった。その瞬間、セレナがワイバーンの鼻先めがけて矢を放ち、それは鼻先で炸裂した。それに怯んだワイバーンからリリアナが離脱した。生で見たことはなかった、ワイバーンの毒は肉体を焦がすようで、手当てに駆け寄ったアークはリリアナの左肩に向けて切羽詰まった顔で詠唱し、爛れた傷口を中心に水の玉を作るとそこに緑の液体が皮膚からじわじわと滲み出てきた。リリアナは苦悶の表情を浮かべてはいたが、呻き声は発しなかった。しかし、ワイバーンは治療を待つわけがない。ワイバーンは後ろ足で立ち、翼を羽ばたかせて飛び上がろうとする。そのまま炎でも吐く気だろう。しかし、セレナ自慢の高速連射により翼に強い衝撃を受け続け、それを断念。そこへレイアが飛びかかり、翼膜をロングソードで引き裂いた。翼膜にも痛覚はあるようで、耳を覆いたくなるような叫び声をワイバーンは上げた。

 その間に俺は邪魔な弓矢を足元に落とし、ワイバーンの腹にに強化した拳を叩き込もうと一気に速度を上げた。ワイバーンの殴ったら痛そうな鱗と鎧から思わず雄叫びを上げたくなったが、せっかくの不意打ちなので無言で迫る。そして走る勢いのまま、怒り狂ったワイバーンの腹めがけて右側から突っ込んだ。

 右手に走る勢いを乗せ、体重を乗せ、腰を捻る勢いを乗せ、燃費を考えない肉体強化を全身にかけ、ワイバーンの胴を殴り付ける。

「ぐっ!?」

 肉体強化で堅くしても、指はクルミで割るような音をたてながら骨が皮膚を突き破り、血が吹き出す。しかし、ワイバーンにも効果があったようで鱗がミシミシと割れる音と、痛みに支配された指に手袋ごしだが、柔らかい肉の感触がした。鱗を破った。もう一撃で仕止められる。手袋に魔力を籠め、肉に穴を空けようとした瞬間、

「グァオォォォォォ!」

 ワイバーンの悲鳴にも聞こえる咆哮が聞こえ、

「ランサム!」

 レイアの叫び声が聞こえた。視界が一瞬揺れた。そして俺の右目にはワイバーンの大きく裂けた口が、ナイフのような牙が俺の二の腕を挟んでいるのをしっかりと捉えた。その牙の隙間は急激に紅くなり、炎を吐いた。

「がっ……ああぁぁあぁぁぁ!」

 炎に焼かれ思わず悲鳴を上げた。炎が胴に移る前に、左の手刀で右腕を根元から切り落とし、後ろに転がるように飛び退──転がった。

 肉体強化が痛みで切れたのが幸いしたのだろう。脇腹と肩、左手にも少し火傷をしたが命に別状は無い。痛みで少しは怯んだと思った、しかし、痛覚は鈍いようだ。悲鳴が少し遅かった。噛まれて切って焼かれるのは生まれて初めてだ。ショック死するかと思った……まあ、なんとか堪えたようだ。最も、今は失血死しそうだな。…………腕、どうしよう。

 目の前には、ほとんど炭化した腕を噛み砕いているワイバーンがいる。腕の切断した傷は肉体強化で治してはいるが、表面の火傷がなかなか治らない。ワイバーンの炎は特殊なのか?尻尾の毒は気化して炎にも入っていたりして…………そう考えると目の前が暗くなってきた。音が異様に遠い。なんだこれ、前にもこんなことがあったような無かったような。人間相手にしか戦ったこと無かったからな……知識だけじゃ無理か。



 あ、倒れる。


 足に力が入らなくなり、仰向けに倒れた。草が傷口に当たって痛いが、なぜか気にならない。

 霞んだ視界には、ワイバーンが腹から血を流し、作った水溜まりを踏み、俺を勢いよく飛び越えたのが見えた。レイアにでも飛びかかるのだろうな。あ、そういえば弓矢どうしたんだっけ。セレナは見つけてくれるか?運任せだな。

 頭上からは剣と鱗のぶつかる音や、地面に重いものを叩きつけた音が不規則に聞こえる。意識は飛ばないが、周りで戦われるのは気が参る……流れ矢で死にそうだ。鱗を剥いだんだからそこを狙ってくれ、頼むから。そうだ、腕を生やそう。物は試しだ、目ができたなら腕もできるだろ。

 肉体強化をひとまず止め、使っていた魔力を治癒だけに回す。傷口は熱を持ち、痛みは少しずつ消えるが、やはり火傷が邪魔であまり変わらない。

 そうだ、火傷を抉ればその下は切り傷だよな?…………いや待て、火傷じゃなく、炎に混じった毒が原因なら悪化するだけだ。後でアークに診断してもらおう。リリアナのサーベルの音も聞こえるし、毒は大丈夫そうだ。あと少し待てばいいだろう。心配なのは、ワイバーンの仲間だな。集団で教われたら確実に死ねる。こんなので魔王を倒せるのか────まただ、洗脳された覚えは無いぞ、感化されたか?大陸に行ったら逃げて、いい街を見つけて稼業の再開。それでこそ我が人生、だな。まあ、ここで死んだら元も子もないが。



 教会に行けばパンが貰えるが、大陸でもそれはあるかどうかについて考えていると、

「■■■■■■■■■■!!」

 人のモノではない、背筋が冷たくなるような断末魔が聞こえた。

 ──どうやら終わったようだ。止血も済んでやることが無いので適当な事を考えてはいたが、意外にも早く済んだようだ。

 ガサガサと音を発てながら何人か近寄ってきた。

「おい!アーク、急げ!」


 ──傭兵の時といい


「生きてるか!?」


 またこれか。


 今までに感じたことのない達成感に戸惑いながらも、心の中でニヤリと笑った。

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