第1話
遅れました。
ランサムは走っていた、建物から建物へ跳び移りながら、自分のできる魔力消費の効率が一番いい肉体強化を下半身に全力でかけながら。
ランサムは魔力の量は上の上ぐらいあるので、走って逃げるのは肉体強化を使えばすぐに逃げれる。
しかし、彼がぶつかった柄の悪い女性こそが、聖霊に選ばれた勇者であり、ランサムは王宮から水晶玉を盗んだのがバレた上、それをみごとに割ってしまったので、元から短い堪忍袋の尾が切れたようである。そのため、
「待てっつってんだらろうが、ゴラァ!」
さっきの白い魔導師はいないが、一緒にいたらしい小柄な緑の服装の弓兵と、詰所より派遣された軽装兵を引き連れてのこのセリフ。 勇者がまるでチンピラである、これだけでもおかしいのに、ランサムの速さは後ろに続く肉体強化をしている軽装兵すら息を切らしているのに、チンピラ勇者は肉体を未強化で重装備、だが息切れをせずに追いかけている……悪夢にしか思えない。
さらに、ランサムは魔力の密度を高めたまま飛ばすという操作が全くできないので、遠距離攻撃もできないし肉体強化しても勇者には勝てる気がしない。
そのためランサムは、
「待つか!おかしいだろ?なんで未強化でついてこれるんだよ!?」
と、叫ぶぐらいしかできない。
対して勇者は、
「待ったら話してやる、だから止まれ!」
と言い、それにランサムが同じ事を言い、勇者が同じ事を言うループ状態である。
いつまでも続くかと思われた追跡にも、意外な形で終わりが訪れた。
建物のちょうどランサムの足元に、一瞬で黄色に光る大きな魔方陣が現れ、陣の中全体に強力な電撃を放ち、ランサムの全身を襲った。
「――――!?」
その電撃はランサムの肉体強化による電撃への耐性を退け、意識を刈り取った。
「手こずらせやがって……」
そこへ、少し汗をにじませながら呟いた勇者と、連れの白い魔導師を筆頭にした先ほどの魔方陣の犯人達が、ゆっくりと近づいて行った。