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・実験報告書

 件名:試験型衝撃遮断装甲スーツ・短時間モニター試験における異常事象発生について


 日付:2XXX年○月○日


 作成者:先進技術実証ゼミ・生体適合試験担当グループ




 1.概要


 先進技術実証ゼミの開発実証課程において実施された「試験型衝撃遮断装甲スーツ」(以下、本スーツ)の短時間着用モニター試験において、被験者が予期せぬ強い生理的ストレス反応を示したため、予定された計測時間の終了を待たずして緊急解除手順を発動した。




 2.経緯


 被験者:橘こなつ氏(当時・大学2年・女子)


 試験目的:本スーツの密閉性・可動性・衝撃吸収機構・生体適応反応に関する基礎データ取得(予定試験時間:2時間)


 異常発生時刻:装着開始から約30分後




 異常内容:


 ・被験者がスーツ内部において激しい痒み刺激を訴える行動を開始


 ・明らかな苦痛反応、床への転倒、発汗・過呼吸・自傷的動作が観察された




 3.原因と考察


 本スーツは完全密閉型の設計であるが、緩衝構造保持のために設けられたマイクロスペーサ(空間保持層)内に、「蚊(と推定される微小昆虫)」の侵入が確認された。




 侵入経路は特定されていないが、実験前の更衣〜装着プロセスにおける極微小経路からの混入が強く疑われる。




 本スーツの遮断構造により刺咬部位への接触は一切不可能であり、被験者は刺咬刺激による強烈な痒感に対処できず、最終的には精神的限界に達した。




 本件は、これまでの評価基準には含まれてこなかった「局所生理ストレス」による障害リスクを顕在化させる結果となった。




 4.対応


 ・スーツは事前設定された安全タイマー(120分)により自動解除


 ・即時脱衣、冷却、医療班による初期対応を実施


 ・精神的ショックは一過性と診断され、翌日には学業復帰を確認


 ・被験者の強い要望により、記録映像・音声の大半は破棄処理済み(機密保護レベルA)




5.再発防止策


・スーツ構造の再設計(フィルタリング強化/超微粒体遮断仕様)


・試験空間の陰圧管理・高性能静電フィルタ・BSL-4相当の滅菌除虫プロトコルの導入


・装着下着の完全滅菌パック化・クリーンブース内限定導線設計


・異常刺激検知用バイタルセンサーの高速応答化


・ナノ粒子の異物侵入を想定した多層除染構造の導入


・生体侵入因子に対するリアルタイム分子監視システムの開発


・ゼロ・コンタミネーション環境(ZCE)基準への準拠および運用訓練の義務化


・多重緊急脱出プロトコルと対応オペレーター訓練の整備




 6.所見


 本件は、最先端の密閉・遮断技術が想定外の微小生物的リスクに対して重大な脆弱性を抱えていることを証明した、技術試験史上でも極めて稀有な事例である。


 同時に、「人体と装備のあいだに生じる予測困難なインターフェース障害」──すなわち生理感覚の暴走──に対し、技術者側がどこまで設計責任を持つべきかという課題を突きつけた。




7.備考(記録取扱および被験者の意向) 


本試験に関する一切の記録については、被験者本人より正式な記録抹消申請が提出されている。


理由は「当事者の尊厳に関わる深刻な羞恥体験による精神的ダメージの保護」のためであり、


ゼミ指導教官および開発関係者一同、これを最大限尊重した。





追記(調査補足)


本件に関する記録の多くは、当時の被験者──橘こなつ氏本人の強い意向により、ほぼ完全に破棄されたことが、関係者証言および内部記録から確認されている。




理由は「当事者の尊厳に関わる深刻な羞恥体験による精神的ダメージの保護」によるものであり、


ゼミ指導教官・実験監督・開発チームを含む関係者全員がこれを最大限尊重し、記録映像・音声・観察ログの大半は物理的に消去された。




現存するのは、この報告書の写本と、防衛省機密保管庫に隔離保管されていた断片的な非公開ログのみである。


それらも、こなつ氏の卒業と同時に閲覧権限ごと封鎖され、以降200年近くにわたり一切表に出ることはなかった。




記録封印の根拠とされるのが、こなつ氏が当時ゼミ関係者に発したとされる一言──




「これは絶対に残すな。アクセスコードも燃やせ。灰は宇宙へ。」




関係者の証言によれば、誰ひとりとして、その言葉に逆らおうとはしなかったという。


その口調は冗談でも誇張でもなく、命令として発されたと記録されている。




──以上の経緯により、本報告書は長らく閲覧不能な状態が続いていたが、


近年、当時の暗号化手順の一部が偶然復元され、限定的ながらデータへのアクセスが再確立された。




この記録が人類史に与えた技術的影響は極めて大きく、


今後、改めてその意義と背景を再検証する試みが進められている。




※記録照合:中央記録復元局/第17遺失技術調査班

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