第1話
西暦2XXX年、地球──
東都先進科学大学・先進技術実証ゼミ、通称技術演習室。
日夜、本気でヤバいレベルの最新装備が開発されては──爆発したり、飛んだりしてる。……いや、誇張じゃなくてマジで。
ここで今日、私、橘こなつ(2年生)は人類初の被験者として、仮称「衝撃遮断装甲スーツ」の試験に参加することになった。
そんなハイレベルなゼミに、なぜ私がしかも2年生なのに混ざってるかというとだ。
きっかけは、ちょっと前のある事件だった。
先輩に頼まれて、介護用アシストスーツの挙動テスト用のコードを書いてたときのこと。コードの中に、「ここの処理は後で詰める」とだけコメントされてる未定義ブロックがあって。
「これ、どうするんですか?」って聞いたら──
「んー、適当に繋いどいていいよー」って、あっさり返ってきた。
だから、まあ言われたとおりに、挙動テスト用に軽く仮処理をつけた。良かれと思って。
先輩に立ち会ってもらったプレ実験では何もなく動作したんだ──あくまで、動作確認用シミュレーター上では、だけど。
……で、本体に組み込んだ実装テスト中、リミッター、吹っ飛んだ。
どうやらその処理、本来のリミッター制御をパスして二重に命令が走る形になっちゃって、結果的に、私の補完コードが出力を倍化する命令として働いちゃったらしい。
で、起きたのが、歩くだけで床が割れ、走った勢いの反作用で、スーツごと天井に刺さるという大惨事。
制御不能のアシストスーツが天井からぶら下がる姿を、あの時いた全員が数秒沈黙して見上げてた。
そのあと、ゼミ室中が大爆笑だったのは……まあ、忘れたい。
で──責任者が、笑いを堪えながら言った。
「……で、このコード書いたの、誰?」
その場で、私はがっつり顔を覚えられた。
それからというもの、先輩たちに「来年は絶対ウチ来い!」「暇な時はいつでも来ていいから!」ってやたら可愛がられて、
気づけば教授からも私がいないときは「あれ、橘君はどこいった?」と完全にゼミ生扱いされてるらしい。
居心地はいいし、技術オタクな人ばっかりで楽しいし──
ここより居心地のいいゼミ、見つかる気がしない。ということで。
こうして私の先技ゼミ入り浸り生活が始まったわけです。
……でも、ゼミ内で一番小さいからって、予算が安く済むからって、「被験者はこなっちゃんね」って……ほんと納得いかない。
本当ならサイズ調整用のオートアジャスターが搭載されるはずなのに、今回の試験機には未実装。
代わりに言われたのが──「太るな、痩せるな、現状維持しろ」。
……うん、鬼か?
その言葉どおり、毎日、朝と晩に。
身長・体重・スリーサイズ・その他もろもろ、みっちり測定される生活が始まった。
いや、泣くでしょ。
しかもさ──何もしてないのに、全然変わらないの。
食べたいもの食べて、運動もサボって、好きに過ごしてたのに、毎回ほぼ誤差なし。
誤魔化しようもなく、何ひとつ動かないグラフを前にするたび、私は思うわけですよ。
(……よこ、いっちょくせん……)
なんかもう、「安定してる」ってレベルじゃない。
私の身体だけ、時間止まってるの?みたいな。
もっとこう、成長期ってあるでしょ!? 夢とか、希望とか、そういうやつ!!
少しでも変わってくれたら、「あ、私いま育ってるんだ……」って思えたのに!!
測定グラフを見ながら「安定してますね~。縦も横もまったく変わってないよ。えらいえらい」って言われるたび、「いや誰目線!?」って心の中で叫んでた。いやそこ褒めるとこじゃないから!!
せめて、ちょっとくらい成長してても、よくない!?
……ほんと、私の成長期、どこ行ったの。誰か知らない?
まあとにかく、そんな日々を乗り越えて、ついに今日──
ピッタリ仕立ての、私専用スーツが完成したというわけだ。
明らかに女性型のシルエットで、艶消しブラックの近未来系スーツ。
正直、見た目はちょっとカッコいい。
よし、じゃあ──覚悟、決めますか。
「装着、完了しました~」
スタッフの明るい声に、私は小さく頷いた。着ているのは、スポブラとショーツだけ。本来なら専用のアンダースーツがあるはずなんだけど、そっちはまだ開発中。別の被験者が試してるらしいけど、緊急時にはそんなの使ってられないから──これでも一応、正装なんだとか。
その上から、つや消しブラックの全身スーツが身体をぴったり覆っている。
でも問題は、
(……これ、なんでこんなに女の子の形してんの!?)
胸もお尻も太ももも、どう見ても女の子の体の曲線。さらに言うなら拡大された私のボディライン。
着てる、というより、中に入ってるって表現のほうがしっくりくるのに──
外観は、一回り大きくなった私の体そのもの。
どうやらこのスーツ、衝撃吸収を最適化するために「外側の形状も着用者の体型に沿って成形されてる」らしい。
つまり、胸やらお尻やらのラインがくっきり出てるのも──全部、理論上必要ってわけ。
……ほんとぉ? 技術って名の趣味満載じゃない?
それで、実際着てみると──意外と、着苦しくない。
肘も膝もすっぽり覆ってるのに、動かしづらさはまったくない。
むしろ、すごく自然に動ける。スーツを着てることを忘れるくらい。
「……へぇ、そんなにギチギチじゃないんだ……」
立ってるだけで疲れそうな外見なのに、実際は妙に軽くて、安定してる。
このスーツは、外装・緩衝材・空間層の三重構造。
災害救助用にパワーサポートも組み込まれていて、着用者より一回りほど大きい設計なのに、足の股関節や肩回りもまったく引っかからない。
厚みがあるのに、妙な圧迫感もなくて、立っていても、動いていても違和感ゼロ。
(なにこれ……どうなってんの? 謎技術すぎる……)
特に空間層── スーツと体の間に、1ミリ前後の隙間があって、そこに空気を含ませることで、衝撃をまず緩衝材で吸収し、さらに空気層で拡散するっていう構造らしい。
そのおかげで、外部との通気性はゼロのはずなのに、中はまったく蒸れない。
圧迫もない。それなのに、なぜかスーツが体に密着してる感覚だけはある
これが、その効果ってやつなのかな。
(こういう構造なら、ボディラインが出るのも──理屈には合ってる……のかも)
外装は硬質で、内側には衝撃吸収素材。
あらゆる衝撃を効率よく拡散して、中の人間にはダメージを与えない。そのうえで重機並みのパワーを発揮できる。──それが、このスーツのウリってやつらしい。
「じゃ、タイマーロックかけるねー。2時間で自動解除されるから、それまでリラックスしてて~」
「あーい。」
本来は、こんなふうにロックをかける必要なんてない。
でも今回は「2時間連続で着用した証拠が必要」とかいうお役所的理由で、無理やりロックされることになった。面倒なことで。
まあ、私はスーツの中で2時間のんびりしてればいいんだけどね。
「よし。じゃあヘルメット閉じます」
──カチン。
フルフェイスの密閉ヘルメットが装着される。
内側にはマイクと通信システムが内蔵されていて──
「何かあったら、マイクが拾いますから。遠慮なく喋ってくださいねー」
って言われてた。
聞こえてる前提で、私は小さくうなずく。
全員が部屋を出ていき、ドアが閉まる音がした。
あとは私ひとり、ここで2時間。
……さて。どうしたもんかなーと室内を見回してたら、試験場の隅に──なんか、布袋? 発見。
(……これ、試しに持ってみる? 動けるかどうかのチェックだし!)
40kgと書かれたその袋を、両手で持ち上げ──
「うわっ、軽っ!? なにこれ!!」
あまりの軽さに、勢い余ってバランスを崩しかける。
慌てて姿勢を立て直した。
(これが……パワーサポートってやつ!? 全く重さを感じないんだけど!?)
関節に負荷がかかる感じもまったくない。 むしろ、力を入れる前に勝手に「持ち上がってる」みたいだった。
楽しくなって、ついノリノリでスクワットみたいな動きまで入れてみる。
「ふっふーん……! 私、ロボアニメの主人公になった気分~!」
しゃがんでも、ジャンプしても、何の不自由もない。
私は試験場内で、しばらく万能感を満喫していた。
(ふぅ……一休みしよ)
椅子をきしませて腰を下ろし、スーツ越しに腕を組む。
体温、正常。汗なし。呼吸、視界、聴覚──すべてクリア。
ただ──
(……不思議な感じ……)
自分の身体が、自分のものじゃないみたい。
動かせるけど、皮膚の感覚がない。
重さも、温度も、触感も──何も伝わってこない。
自分の腕を曲げて、太ももにそっと手を置いてみる。
……でも、感触がない。重さも温度も、まったく伝わってこない。
そういうものだと説明されて、分かってたつもりだったけど──
(……やっぱちょっと、怖いな)
このときまでは、まだ冷静だった。
──チクリ。
(……え?)
今、なにかが……左太ももの内側あたりに……細い針みたいな……。
(いやいや、まさかね? スーツの中だよ? 完全密閉だよ?)
念のため、体をよじってその場所に手をやる。触れないけど──
(かゆいっ!! なにこれ!?)
一拍遅れて、脳に痒みが襲ってくる。
──チクリ。
(っっっ!? 今度は反対側!? 右脇腹!?)
連続じゃない。間をあけてくる。
なんだこれ!? 何が起きてるの!?
データには何も出てない。だとすると、これは?
中の様子を、おかしなことがあれば逃すまいと集中。
ぷ~~~~ん
なんですとぉ!?
「ちょっ、うそ、やだ……まさか……スーツの中に──モニター室ぅ!!」
叫んで気づいた。
(……声、届いてない!?)
マイクに話しかける。
「もしもーし!? 中に蚊入ってるっぽいですー!! 誰かー!?」
……返事が、ない。
モニター越しのスタッフは、いつも通り静かにこっちを見てるだけ。
(……マイク……死んでる!?)
絶望がじわじわ押し寄せる。
汗がスーツの中にじわじわ滲み出して、体温までじりじり上がっていく気がした。
ヘルメットの中、呼吸音だけが妙に大きく響く。
「うそ、うそでしょ……誰か気づいてよ……! これ、絶対やばいから……!」
叫びはスーツの内側に反響して、自分に跳ね返ってくるだけ。
その間にも、かゆみは広がっていく。
最初に刺された左太ももは、もうズキズキと疼いてる。
「掻けない……のに、なんでこんなに……かゆいの……!!」
スーツ越しにこする。叩く。爪を立てる。
でも、何も感じない。厚い緩衝材が、皮膚への刺激を完璧にシャットアウトしてる。
(なんなの……この仕様、内側のトラブルはどうしたらいいの!?)
私はスーツ越しに腕をばたばた動かしながら、腹部をぐいぐいこすってみる。
……意味ないのはわかってる。でも、何かせずにはいられなかった。
「マジでこれ、どうなってんの……助けてとは言わないけど……誰か気づいてぇぇ……」
どうしようもない閉塞感。逃げ場のないかゆみ。
まだ2ヶ所しか刺されてないのに、もう限界は見えていた。
(次刺されたら、絶対泣く……!)