ウサギと鎖で深まる絆
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
おかしな形で悪目立ちすると人間関係に齟齬を来たしてしまうから、新しい環境に入ったなら無難な方がよいのではないか。
そんな理由から大学進学のタイミングで親譲りの派手な茶髪を黒染めしたのは、ある意味では私なりの「アンチ大学デビュー」だったのかも知れない。
まあ、高3の時の同級生の清楚で素朴な黒髪への憧れという線もあるにはあるんだろうけど。
だけど人間というのは、慣れない事をいつまでも続けられるようには出来ていないみたいね。
学生証の写真や鏡に写る自分の姿が、どうしても自分とは思えなくて。
そんな私に声をかけてくれたのが、基礎ゼミで一緒になった男子学生の田小竜君だったの。
「肩肘張るよりも自然体でいた方が、白姫さんは良いと思うよ。」
そう小竜君が言ってくれなかったら、私は今でも黒染めして通学していたのかも知れないわね。
だけど、その一言が私を解き放ってくれた。
化粧台から黒染めスプレーを放逐して元の明るい茶髪に戻った私は、生まれ変わったような晴れやかで清々しい気持ちでキャンパス内を歩く事が出来たの。
それまでは社交辞令的な挨拶が関の山だった基礎ゼミの同級生達とも、まるで中高の同窓生みたいに話が弾むようになったのよね。
「良いじゃない、その茶髪!白姫さんって、地毛は茶髪だったんだ。」
「白ちゃんは絶対、今の方が良いって。染めちゃ勿体ないよ。」
こんな風に言ってくれる女の子の友達だって、私には出来たんだもの。
少しだけスタートダッシュの遅れた、私の大学デビュー。
それを後押ししてくれた小竜君には、感謝してもしきれないわ。
その感謝の思いがやがて親愛の情に変わり、気付けば私と小竜君の二人は学生カップルと呼べる間柄になっていたの。
学業の合間を縫う形で二人で出かけたデートや互いのバースデー等で、小竜君に感謝の思いは伝えている。
だけど私としては、「小竜君の一言があったから、私はここまで変われたんだよ。」って示したいんだよね。
それを高校時代の友達である植玉燕さんにポロッと漏らしたら、話は思わぬ方向に進んでいったんだ。
「あっ!それなら私が一肌脱ぐよ、白姫さん。ううん、むしろ私の方から協力させて欲しいんだよ!」
だけど玉燕ったら、私以上の熱量で身を乗り出してくるんだもの。
街中で再会して、いきなりこれだもんなぁ…
「待って、待って!玉燕ったら食い付き過ぎよ!」
お陰で落ち着かせるのも一苦労だったわ。
「ごめん、白姫さん…だけど私なら、きっと白姫さんの力になれると思うんだ。写真館の娘の私ならね!白姫さん、変身写真に興味はない?」
華やかな貸衣装やアクセサリーをプロのスタイリストさんに着付けて貰い、これまたプロのメイクアップアーティストさんにお化粧を施して貰った上で最高の一枚を撮影する。
そんな変身写真は、この台湾島の中華民国で沢山の人達に親しまれているアクティビティなんだ。
「撮影用の衣装で美しく着飾って、彼氏さんの前に出て御覧よ。『こうして変身写真で着飾れる程に、私は社交的になれたよ!』ってアピールが出来るじゃない。」
「成る程、それは確かに…」
高校の同級生の提案は、実に筋が通っていた。
しかも彼女は更なる御膳立てまで用意してくれたの。
「白姫さんと彼氏さんはモニターだから、タダで構わないよ。それなら白姫さんも彼氏さんを誘いやすいでしょ。」
「えっ?良いの、そこまでして貰っちゃって…」
あまりの気前の良さに、私も流石に申し訳なくなっちゃったの。
「気にしないで、白姫さん。うちの写真館が新しい貸衣装や小物類を導入したからね。そのPRも兼ねているの。それに私も写真館の娘として、実家の家業を勉強するのも悪くないかなってね。」
確かに設備投資は大切だけど、それにかかった資金の回収も考えないといけないものね。
経営者の子供は、本当に抜け目ない。
高校時代の同級生である玉燕を見る目が、大きく変わった瞬間だったわ。
「当日は私も白姫さんの着付けとか撮影補助とかで携わるから、安心して委ねてくれて良いからね。」
「ありがとう、玉燕。私、貴女と同じクラスで本当に良かったわ。」
こうしてトントン拍子に話が進んでいったのだけど、当時の私はまだ知らなかったの。
私が思っていた以上に、玉燕が抜け目なかった事を。
写真館で私と小竜君の二人を出迎えてくれた玉燕は、至ってテキパキと変身写真の準備を進めていったの。
「彼氏さんには、こちらのタキシードがお似合いだと思います。私の方は白姫さんの衣装選びと着付けを行いますので、分からない事があれば父にお聞き下さい。」
そうして別室に案内された私は、玉燕がどんな衣装を用意してくれるのかと期待に胸を膨らませていたの。
何しろ小竜君に充てがわれたタキシードが、まるで西欧の貴公子の衣装みたいに仕立てが良かったからね。
「白姫さんに着て貰うのは新作なんだ。彼氏さんのタキシードに似合う衣装だから、きっと期待を裏切らないよ。」
「待ち遠しいわ、玉燕。早く見せてよ。」
タキシードに似合う衣装ならば、ハイソなパーティーや舞踏会のドレスコードも楽々クリア出来るセレブリティなイブニングドレスに違いない。
私は頭の中でそう決めつけていたの。
「白姫さんはグラビアアイドル並みに良い身体をしているからね。この新作、絶対に似合うよ!」
「えっ、これって…?」
だから玉燕が自信満々に衣装を広げた瞬間、あまりの事に私は唖然としてしまったの。
天井で輝くLED灯の明かりを反射する光沢を帯びたレオタードの生地は、一瞥しただけで目が覚めるかのよう。
大きく開いた胸元や大胆な角度のハイレグもそうだけど、手首のカフスや網タイツといった小物類は、それがどういう衣装か一目瞭然だったの。
ましてやレオタードと同じ色味をした、ウサギ耳の生えたカチューシャときたら…
「待って、玉燕!この衣装って…?」
「そうよ、白姫さん。ご覧の通りのバニーガール。これを白姫さんに着て欲しくてね。」
戸惑う私とは対照的に、玉燕は実に楽しそうだったの。
「でも、小竜君が着ているのはタキシードよ。私がバニーガールだと、流石におかしくならないかしら?」
「だからこそだよ、白姫さん。格調高いタキシードと、特別感に満ちたバニーガール。こんなピッタリな組み合わせはないじゃない。それにバニーガールのいるような社交場には、タキシードでビシッと決めなきゃ格好がつかないんだよ。」
玉燕の理論武装は完璧で、まるで隙なんてなかったの。
そもそも私はモニターという立場なのだから、あんまり難色を示す訳にもいかないのよね。
それに玉燕の放った次の一言と来た日には…
「白姫さんは彼氏さんに、『こうして変身写真で着飾れる程に、私は社交的になれたよ!』ってアピールしたいんだよね。気兼ねなく自分を曝け出せるようになったアピールとしては、バニーガールはうってつけだと思うけど?」
「う〜ん、そう言われてみれば…」
実家の写真館の手伝いという意味合いも強いけれども、玉燕は私のために力を貸してくれている。
その好意を無にしちゃ、友達失格よね。
「手にとってみて改めて実感したけど、随分と切れ込みの深いハイレグね…これじゃ下着なんて着れないでしょ?」
「パッドや裏地がしっかりしているから、素肌に直接着れば良いんだよ。ワンピース水着みたいな感覚で着られるから。」
確かに玉燕の言う通りだったわ。
上下の繋がった一体型のデザインで生地も伸縮性があって身体にピッタリとフィットするし、何より手足や胸元が素肌剥き出しという高い露出度は、ワンピース水着に着替えた時とそっくりね。
「引っ掛けずに履けたけど…なまじ網タイツを履くと生足より扇情的になっちゃうのね。」
「そこは『セクシー』って言った方が良いよ、白姫さん。これはニーハイタイプだから普通の網タイツより履きやすいからね。絶対領域って奴だよ。」
そう言って玉燕は軽口を叩きながらも、背中や脇に皺が寄らないように私のレオタードを丁寧に整えてくれる。
その繊細な手付きが、妙に心地良かったのよね。
「そこまで丁寧にやってくれるのね、玉燕。触り方が凄く優しいから…」
「ドキッとしちゃったのかな、白姫さん?駄目だよ、彼氏さんがいるんじゃない。」
こうして和気藹々と着付けをしていくうちに、だんだん私はバニーガールの衣装を着るのが楽しくなってきたの。
カフスと蝶ネクタイを付けてバニーイヤーのカチューシャを装着する頃には、鼻歌混じりでやっていたわ。
「どうよ、白姫さん?大したもんだと思わない?」
「うーむ、これは何とも…」
そうして玉燕に手を引かれて向かい合わされた姿見の鏡面には、一分の隙もないバニーガールの装いとなった私が写っていたの。
肩や胸元は丸見えだし身体のラインもクッキリ際立っているけど、不思議な程に心地良かった。
それは恐らく、普段着とは全く異なる解放感と高揚感が為せる業かも知れないわね。
そしてその解放感と高揚感を更に盛り上げているのは、ここだけは旧に復した茶髪の地毛だと思うのよ。
もしも黒染めしたままだったなら、ここまでの心地良さは得られなかったかも知れないわ。
そうして感慨に浸っていた私は、玉燕が何をしているかに全く注意を払っていなかったの。
「それでね、白姫さん。オプションの小物なんだけど…」
「そうなのよ、玉燕。私もそれが気になってて…って、ちょっと!」
カチャリという軽い音が聞こえた頃には、もう遅かったの。
私の左右の手首には、金属の質感を模したプラスチック製の手枷が食い込んでいたの。
しかもご丁寧な事に、メタリックに塗装されたプラチェーンまで付いていたのだから。
「えっ、何これ?オプションの小物類って、そういう事なの?」
これには流石に、私も穏やかではいられなかったわ。
後ろ手にされてチェーンを巻かれたり壁のフックにでも固定されたら、そのまま動けなくなるもの。
今はまだ、両手を自由に動かせるけど。
「良いじゃん、白姫さん!とってもセクシーだよ!白姫さんの御希望とあれば、好きなポーズで両手を連結してあげて構わないけど…」
「そ、そこまでしなくて良いから!」
玉燕のブレーキが辛うじて効いているのに安堵しながら、私は更衣室として使われている別室を後にしたの。
全く、凄い事になっちゃったなあ…
撮影スタジオも兼ねている豪華な洋室で待っていた小竜君は、見違える程に立派な身なりになっていたの。
パリッとした黒いタキシードも凛々しいけど、首から上も素晴らしいわ。
軽いメイクとヘアセットも施されているから、実に凛々しい青年紳士という趣だったの。
「シャ、小竜君…凄いじゃない。」
「凄いのは君もだよ、白姫さん。何と言うか、その…凄く大人っぽいというのか、セクシーというのか…」
言葉選びに迷ってはいるけれども、小竜君の声色に嫌悪感は少しも感じられなかった。
レオタードに包まれた肢体や頭のバニーイヤー等に視線が注がれているのはヒシヒシと伝わるけど、その視線にいやらしさは全く含まれていなかったわ。
そして意を決したように、小竜君は切り出したの。
「やっぱり僕が思った通りだったよ、白姫さん。白姫さんはやっぱり、ありのままの茶髪の方が可愛いよ!」
「小竜君!」
その一言に弾かれるように、私は小竜君の元へ駆け寄ってしまったの。
身体にフィットしたハイレグのレオタードに締め付けられる感覚や手枷のプラチェーンが揺れる感触を否応なしに実感させられるけど、それらの全てが今は心地良かったわ。
「そのピンクのバニーガールの服に、白姫さんの茶髪はよく似合ってる。ありのままの白姫さんが、一番可愛いと思うんだ。」
「ありがとう、小竜君!小竜君があの時そう言ってくれたから、私はここまで変われたんだよ!」
この一言を、やっと言えた。
バニーガールの格好で手枷をされる。
全く予想外のシチュエーションだったけど、この一言が言えたのは本当に万感の思いだったんだ。
そうして互いに思いの丈を吐露して前よりも仲良くなった私と小竜君は、玉燕のカメラにエスコートされながら和気藹々と変身写真を楽しんだんだ。
「諜報組織のエージェントという体裁でモデルガンを小道具に貸して貰ったけど、これは手枷をつけられた白姫さんにも似合うんじゃないかな?バニーガールに変装して潜入中に捕まった女スパイが、手枷を拳銃で撃って脱出したって感じで。」
BB弾どころか音も出ないモデルガンであるにも関わらず、小竜君はグリップの方を私に差し出してくれたの。
その些細な気配りが、本当に紳士的でスマートだったわ。
「おっ、彼氏さんナイス!それじゃ白姫さん、左手の手枷に銃口を向けてみよっか?」
「驚いちゃうなあ、小竜君も玉燕も。バニーガールの私を、今度は女スパイに仕立てるだなんて。」
だけど言われた通りに拳銃を構える辺り、私もこのシチュエーションをかなり楽しんでいるんだよね。
小竜君が望むなら、またバニーガールになるのも悪くないかな。