真紅のインナーノーツ 4
「まぁ……人それぞれだからな。今回は縁がなかったってことさ」
ティムは、柔らかな笑顔で笑ってみせた。
乾いた笑いだった。女性へのアプローチで、たまに失敗してもケロッとしているティムが、今回は軽くメンタルを蝕まれている。直人にはそう思えた。
「大丈夫?」
「ああ。あんな三文芝居如き……そ、それよか、お前こそ大丈夫かよ、なんか変なもん食わされたろ?」
「あ、いや、あれは……」————
「最後は、仙術士。蔡明明……あら?」言いかけて、劉は紹介すべき最後のメンバーが、その場から消えていることに気づく。
さっと、楊が指差した方へ、皆の視線が注がれる。壁に向かって隠れるように身を丸めた栗色頭が、モゾモゾと動いている。
劉はツカツカと背後から歩み寄ると、その首根っこを掴んで引っ立てた。
「う……うぐ‼︎ったた!」
「明明! またこんなところで!」
強引に振り向かされた栗色頭の少女の口は、もぐもぐと動いたままだ。赤く色付いた、細長い棒状の、菓子のようなものを手にしている。
<アマテラス>チームは、もう何も言葉が出ない。
「だってさぁ、昼飯、あんなんじゃ足りなくってさぁ……」蔡は悪びた様子も見せない。
「いや、十分食べたでしょ……アンタ」楊は反射的に突っ込んだ。
「はぁ……とにかく、日本の皆さんに挨拶なさい」「ふぁ〜〜い」
蔡は<アマテラス>チームの前に歩み出ると、屈託の無い笑顔を作ってみせる。
「蔡明明だ! ミンミンって呼んでくれ!」
浅黒く日焼けした、健康優良児そのもので、どこか少年のような面持ちの少女だ。
「なにこれ、何の匂い?」
思わずサニは、鼻に手を当てていた。蔡からは、なにやらスパイシーな香りが立ち込めている。
「ああ、これか? 辣条だ! アタイが作った!」
スパイシースティックとも呼ばれる辣条は、小麦粉と唐辛子、その他、数種類の調味料から作られる、辛味と食感が絶妙な人気スナックである。元々、料理人を目指していた蔡は、出身である湖南省発祥のこの辣条を自家製し、携行食としていた。(インナーミッションは、最大六時間に渡る長時間活動となる場合もあるため、携行食が認められている。……が、TPOをわきまえず、食べて良いとはされていない)
「食うか?」蔡は、手にした辣条の袋をぐいと突き出し、サニに勧める。
鼻をつんざくような強烈な香りだ。見れば、劉と楊が小さく首を横に振っている。
「い、いえ……結構よ」
蔡は、構うことなくカミラ、アラン、ティムの三人にも勧めてみた。三人とも丁重にお断りする。蔡は、断られたにも関わらず、ニヤニヤしている。
蔡の視線が、直人に留まる。
「ん? アンタ、風間直人?」「ん、あ……ああ」
「へぇ……こんなヤツだったんだ」「こ……こんなヤツです」
蔡は、舐め回す様に直人を観察している。
「活躍、聞いてるよ。<アマテラス>のエースさん」蔡の大きな瞳が、直人の自由を奪う。
蔡は、袋から辣条をひとつ取り出し、直人に突き出す。見た目からして、ヤバそうなのは明らかだ。
「い、いい……」「いいから、どぉぞ」
横目で仲間を見ると、皆、首を横に振っていた。
「ほら!」薄笑いを浮かべた蔡は、否が応でも直人の口に、真っ赤に染まった得体の知れない物体を捻じ込まんとする。
「わ、わかったから!」止む無く直人は、辣条を受け取る。近くで見れば、まるで辣油を固めたような代物だ。
「い、いただき……ます」
覚悟を決め、直人はそれを口に放りこんで噛み締める。
……い、痛い‼︎……
味があるのかないのか、痛覚と熱のみが口と鼻腔に広がり、直人は反射的に口を覆う。
「どうだい? イケるだろ?」くくくと笑いながら、蔡も一つ、自分の口に放り込む。
「四川人不怕辣 湖南人怕不辣(四川人は辛いのを恐れず、湖南人は辛くないことを恐れる)どうだい、中国最辣! 湖南の味は?」
「う……か、から……」「センパイ!」サニが心配気に声を張り上げた。
「……ん? でも……あれ??」痛覚が麻痺してくると、代わりにほのかな甘みと旨味が、香り立ってくる。
「……うま……いかも……これ」「……えっ?」
「……もう一個、ちょうだい」直人は思わずおかわりをねだっていた。後を引く辛味がクセになる。ついつい手を出したくなる味だ。
「チッ! もうやらねーよ」急に顔を険しくしたかと思うと、蔡は辣条の袋をそそくさとたたみ、そっぽを向いてしまった。
「えっ……」————
「あれ、普通に美味かったよ」直人は、自分の受け持ちのシステムチェックをしながら、何気に答えた。
「そ〜いや、お前、相当な辛党だもんなぁ。くくく、目論見外れたな、あのコ」ティムは、いつもどおりのニヒルな笑みを浮かべて言った。
「目論見?」
「ああ。お前に一泡、噴かせてやりたかったんだろ。ミッションの実力じゃ、お前に勝てるわけ、ねぇからなぁ」
「なんだよ……それ。ミッションは、勝ち負けじゃないのに」
「しょうがないわ。これまでは私たちだけだったけど、『チーム』が増えれば、優劣を競いたくなるもの。私たちも、ウカウカしてられないわよ」カミラが、二人の会話に割り込む。
「いいわよ、あっちがその気なら! どっちが上かはっきりさせてやろーじゃん!」サニが、鼻息を荒げている。
「だな」気持ちを入れ替えたティムの顔も引き締まる。アランは、ティムの言葉に、一人、小さく頷いていた。
『……温かい……これが……人と人の交わり…………』
ブリッジの熱を感じ取ったのか、音声変換された声と共に、フォログラムのアムネリアが、眩く光を放つ。
「……いや、それは、なんかズレてる……」
そう溢しながら振り返った直人に、フォログラムのアムネリアは、穢れを知らぬ、穏やかな笑みを見せていた。
"心がつながっている"と言われても、時々、アムネリアの感性がよくわからないと、直人は思った。