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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第一章 久遠なる記憶
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真紅のインナーノーツ 3

 劉は、<天仙娘娘>チームメンバーの紹介を始める。

 

 最初の一人は、きつね顔を艶やかなメイクで彩った、美貌の副長、楊蘭芳(ヤン・ランファン)。インナースペース情報テクノロジーのスペシャリストだという。出身地の上海を中心にモデルとして活動していた経歴を持つ。

 

「えっとぉ〜。貴方が副長さんネ?」事前に<アマテラス>チームのプロフィールは確認済みらしい。楊は、アランを認めると、ぐいと距離を詰める。

 

「あ、ああ。アランだ」「へぇ〜。写真よりいい男」甘い香水の香りが、アランの鼻腔をくすぐる。楊は、アランに擦り寄るように、さらに距離を縮める。身体を微かにアランに触れさせながら、楊は上目遣いでアランを見上げる。

 

「あとでお茶でも如何?」「ん? あ、ああ」

 

「ちょ……ちょっと!」カミラが、珍しく上擦った声をあげている。アランは、反射的に一歩下がって、楊の視線を避けた。

 

「こわぁ〜。あれ? もしかして……そういうご関係?」

 

「え?」楊の挑発めいた言葉に、ティム、直人は目を丸める。カミラは、顔を引き攣らせたまま硬直していた。

 

「ちょっと、あんた、バカぁ? んな訳ないでしょ!」楊の妖しい態度を不快に感じていたサニは、声を荒げた。

 

「ウチの副長はねぇ、隊長の忠実な僕なの。それ以上でもそれ以下でもないわ!」サニは、挑発めいた口調で息巻く。

 

「し……僕?」アランの目が点になっている。

 

「サ、サニ⁉︎」「居るのよね〜、こういう女狐。煽って、弱み掴んで、マウント取りたいだけ。隊長、構う事ないよ」

 

 サニは、ジト目で楊を睨みつける。だが、女狐は臆することもない。

 

「ふぅ〜ん。貴女は確か、観測手の……」「サニよ」楊は、終始口角を釣り上げたまま、手にしていた端末を操作し始める。

 

「あら、貴女。"男難"の相が出てるわよ。それから……お酒に溺れがちネ」「な……ななな!」

 

 <天仙娘娘>チームにクスりと笑いが溢れる。

 

「当たってんじゃね?」茶化したティムの笑いは、足先に走る激痛によって瞬時に掻き消された。

 

「いでええぇ!」サニは踵をティムの足先に食い込ませ、さらいグイグイと捩る。

 

「な、何なのよ、それ⁉︎」「私が開発した『八卦羅針盤』よ。<天仙娘娘>の装備なんだけど、これはその簡易モジュール」

 

 反論しようとするサニを相手にすることなく、楊は背を向ける。

 

「私、観測手も兼任してるの。よろしくね、同業者さん」楊は振り返ってサニを一瞥し、口元に笑みをもう一度浮かべると、隊列に戻った。

 

 今にも噛みつきそうになるサニを、カミラとティムが取り押さえていた————

 

「あの女狐ぇ〜〜。あーなんか、またムカムカしてきた‼︎」サニは、自席の肘掛けに拳を打ち付ける。

 

「サニ、いい加減にしなさい」カミラは淡々と嗜めた。

 

「で、でもぉ!」「まあまあ。なかなか、いい女だったじゃねぇか、あの楊ってコ。お前とよく似て」

 

「はぁ⁉︎ ティム、あんたそれ、褒めてんの、貶してんの?」「くく、両方」

 

「もう!」ティムからツンと顔を背けるサニ。自席のレーダー監視盤に映り込んだ自分の顔に、振り向いた楊の薄笑いが重なって見えてくる。サニはレーダー盤に向かって一人、縄張り争いをする猫のような唸り声をあげていた。

 

「サニ……」サニが、やり込められるのも珍しいものだと、直人は思った。

 

 ふと隣に目をやると、ティムは淡々と自分の作業を進めていたが、時々手を止めてぼんやりとモニターを眺め、溜息をこぼしていた。

 

「ティムも……災難だったね」直人はそっと声をかけてみた。

 

「……えっ? ってオレ? な、何のことさ、ナオ?」

 

 ティムはどこか達観したような笑顔を作ってみせた。

 

 

 ————「……コホン」容はわざとらしく咳を溢し、劉に目配せして次の紹介を促した。

 

「では次。こちらは、張静(ユン・ジン)。職務は、航仙士……メインパイロット……」「おっ、パイロットきたぁ〜」待ってましたとばかり、今度はティムが一歩進み出た。

 

「<アマテラス>のメインパイロット、ティムだ。よろしく頼むぜ」先ほどのカミラに習って、さっと右手を差し出し、握手を求める。白い歯をのぞかせ、ここ一番の爽やかスマイルを作るティムに、直人はため息をこぼす。

 

 そういえば、ここへ来る前、<天仙娘娘>チームが女性だけのチームだと聞いて、ティムがずいぶんと"予習"していたことを思い出す。大方、パイロット同士という事で、この張という隊員を、最初のターゲットに定めていたのだろう、と直人は思った。

 

 張は、東洋人ではあるが、すきっとした鼻筋に色白の肌、青い瞳、すらりとした長い手足と、西洋人の特徴も目立つ。ハーフ、あるいはクォーターだろうか、容姿もティムの好みのようだ。

 

 だが、差し出されたティムの手を、張は取ろうとはしない。それでも笑みを浮かべ続けるティムから、視線を逸らすと、ひと言「……よろしく」と呟くように答えた。

 

「えっ、あ、はははは……参ったな。ああ、そうそう、キミ、香港出身だろ? 昔、オヤジに連れられて一度行ったことあってさぁ……」

 

 張は視線を外したまま、終始無言だ。ティムの空々しい笑いだけが虚しく響く。

 

 ティムを除いて、時が止まっている。

 

 見てられない。引っ込むタイミングすら失ってしまったティムを助けようと、直人が口を開きかけた時。

 

「もう、いい加減にしてください!」

 

 こんもりと緑色をしたマッシュルームヘアの小柄な少女が、張の腕を引き、強引に後ろに下がらせると、自身は彼女を守るようにして進み出た。

 

「何なの、あなた。初対面の女の子にズケズケと! この変態っ!」

 

「へっ……変態って……また大げさ」

 

「いーえ! あからさまに、静を性的な目で見てましたぁ! このすけべ野郎!」「せ……性的……すけべ……」ティムの顔は、笑顔のまま硬直している。

 

「大丈夫? 怖かったね〜よぉく我慢したヨォ〜」若葉色に染めた少女は背伸びをして、彼女より背の高い張の頭をヨシヨシと撫でている。

 

「……いや、怖くないし……」張は、少女のしたいようにさせたまま、ボソッと溢す。

 

「いいこと! 二度と張に近寄らないで!」若葉頭の少女の剣幕に、さすがにティムも後退りした。

 

「な、いやオレはただ挨拶を……」「まだわからないんですか! 静は、男が! 男が、嫌いなんです!」

 

「……いや、嫌いっ……てわけじゃないし……」

 

 張の言葉を少女は、大きく首を振って聞き入れない。

 

「ん? 嫌い、嫌いだよね! そーだよね⁉︎ 静は女の子が好きで、アタシ、アタシが好き‼︎」少女は、張の腕をぎゅっと抱きしめる。

 

「だよね、そーだよね? 静! お願い、好きって言ってえええぇぇ!」張の腕を千切れんばかりに揺り動かす少女は何故か涙目だ。

 

「や、やめろ、智愛(ジエ)! みんな見てる!」「えっ! なんで、どうして、アタシが嫌い、嫌いなの! そんな! そんなぁ‼︎ どうしてわかってくれないのぉぉお!」緑髪の智愛と呼ばれた少女は、大きな瞳に涙を浮かべ、張に縋り付く。      

 

 その場の一同は、ただ呆然と見守るしかない。

 

「わかった! わかったから、泣くな、智愛! 向こう行こう、ホラ」張は、少女を促し、とりあえず、その場から離れようとする。智愛に寄り添いながら、数歩進んだところで張は振り返り、ティムを無言のまま、責めるような目つきで見詰める。

 

「あ……オレは、その、なんだ……」ティムは何か会話の糸口を探るも、張は相手にすることなく背を向け、啜り泣く智愛を連れて、IMCの隅に設けられたミーティングブースへと引っ込んでしまう。

 

「な……なんだったんだ……」

 

 <アマテラス>チームは固まっている。容は、額に手をやり俯き、楊はココココと小さな笑いをこぼしていた。

 

「紹介が遅れました。あの緑髪は、仙技士、崔智愛(チェ・ジエ)。韓国人です」何事もなかったかのように、劉は表情一つ変えず、泣き上戸の少女を紹介した。

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