真紅のインナーノーツ 2
「ふん、いいザマよ」と、サニは、白々しく言い放つ。
時空の彼方へ引きずり込まれ、行方不明とはいえ、<天仙娘娘>が一先ず無事であろうとわかると、腹に溜めていた彼女達への苛立ちが、沸々と湧き上がってきた。
彼女達、<天仙娘娘>チームとは、まだ二時間程度の付き合いだ。にも関わらず、彼女らへの困惑とフラストレーションは、<アマテラス>チームの胸にしっかりと刻み込まれていた。
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二十二世紀の半ば、PSIテクノロジーの世界的普及に伴い、インナースペースから現象界への影響による災禍、PSID(PSI Disaster)や、心身への病理現象、PSIシンドロームもまた、世界に拡がりつつある問題となっていた。
これに対処すべく設立されたIN-PSIDは、日本本部での<アマテラス>チームによるインナーミッション成功を受け、世界各地のIN-PSID支部におけるインナーミッションの順次稼働開始を進めるに至る。
日本本部のインナーノーツ、"<アマテラス>チーム"は、世界各支部のインナーミッション早期立ち上げの為、そのファーストミッションを順次支援して回る任務にあたっていた。IN-PSID Chinaは、その最初の支援拠点である。
——二時間ほど前——
一足先にChina支部の専用ポートに入り、システム連携の準備を進めていた<イワクラ>の時空間誘導によって、<アマテラス>は、インナースペースを経由した時空間転移によって合流する。
<アマテラス>が<イワクラ>のドッキングポートに半次元浮上し、合同ミッションに際した、原点時空間座標の調整、China支部のシステムとの連携セッティングを進める間、<アマテラス>チームの五人は、一度下船し、支部代表、容麗の案内で、China支部の中枢施設へと招き入れられていた。
China支部の建造物や各部屋は、基本設計こそ日本本部をベースにした作りとはいえ、風水(PSIテクノロジー普及によって、価値が見直され、伝統的PSIテクノロジーと位置づけられている)に基づく設計思想もふんだんに取り入れられており、曲線が多用された廊下、赤や黄などの極彩色で華やかに彩られた装飾、水や緑と融合した有機的な環境などによって、一見、研究施設らしからぬ異彩を放っている。
エキゾチックな施設の様相を楽しんでいるうちに、<アマテラス>チームは、『仙界作戦司令部』と表示されたChina支部のIMCへと通された。
複数のモニターには、簡体字の羅列が並ぶ。その合間に数字やアルファベットが現れては、グラフや図を表示している。日本本部のIMCより幾分広いこの部屋に、十数名ほどのスタッフが詰めており、ひっきりなしに中国語の会話が飛び交っていた。
日本本部にあるような、対人インナーミッションブースは無く、代わりに巨大なモニターとフォログラム投影機が、中央に配置されている。
巨大モニターは、十二に分割され、それぞれ異なる医療機関から送られてくるリアルタイム映像を映していた。
患者らしき人影を収容した、複数のカプセル状の保護装置、それらを繋いでコントロールするのであろう、大型の設備——これから臨む、対PSIシンドローム集団ミッションの施設と対象者達である事を<アマテラス>チームは、皆一目で理解した。
『遅くなりました。日本チームの皆さんですね?』
背後からかけられた中国語に、<アマテラス>チームの五人は振り返った。馴染みのない中国語は、彼らの持つ翻訳装置によって、理解できる言語になって脳内に響いている。(インナーノーツのユニフォームに組み込まれた通信端末の機能。通信やリアルタイムに翻訳した言葉を脳内に響かせるPSIテクノロジーの一つ。『テレパス技術』を採用している)
真紅のユニフォームに身を包んだ、五人の女性達が入室してくる。彼女達は、不敵な笑みを浮かべ、<アマテラス>チームを観察するようにマジマジと見つめていた。
「ええ、紹介します。日本の本部から支援に来て頂いた<アマテラス>チームの皆さんよ」容麗は、返答して簡単に紹介すると、今度は<アマテラス>チームの方へ向き直り、真紅のインナーノーツ五名が、前に進み出る。
「こちらが我がChina支部仙界防災隊、<天仙娘娘>チームです」
容麗の紹介に続いて、漆黒の髪を眉のあたりで切り揃えた、引き締まった体付きの隊員が一歩前へ出る。
「初めまして。<天仙娘娘>チーム隊長の劉慧琳です」
劉は、短く自己紹介を済ませる。切長の目は、迷う事なくカミラを見据えていた。
北京出身、PSI医療博士である彼女は、軍医の経験を持ち、PSID被災地等で、急性PSIシンドローム患者の救助にもあたってきたという。<天仙娘娘>チーム結成にあたり、中国軍からスカウトしたと、容は紹介を補足した。
「<アマテラス>チームの隊長、カミラ・キャリーです。全力でバックアップさせてもらうわ」カミラは、そっと右手を差し出しながら名乗る。だが、劉はすぐにその手をとろうとしなかった。
「ん?」「……い、いえ。よろしくお願いします」どこかぎこちなく、カミラの手を取り、握手を交わす、両隊長。劉は、瞬きも少なく、ジッとカミラの瞳を見つめると、握手を解いた。
「ウチのメンバーを紹介します」
そう口にする劉の声は、平坦だった。