記憶の間 2
『はぁ‼︎ あぁああぁああ‼︎』
アムネリアの絶叫が、<アマテラス>ブリッジに木霊する。幾多のイメージが、先ほどより鮮明にモニターの中で、目まぐるしく構成される。ビジュアル構成処理がとても追いつかず、モニターの各所は暗転するものの、おそらく、この古代民族の歴史、いつの時代かも、わからないが、火山の噴火や、高波の映像、石造りの神殿のような場所らしき映像……人なのか、それとも未知の生命なのかしれぬ存在……果てしなく続く宇宙空間などが、かろうじて見て取れる。
それに重なって、モニターには赤々と警告のアラートが次々と立ち上がった。
「何だ⁉︎ PSIパルス同調率急激に上昇! PSI-Linkシステムに膨大な時空間情報が! このままでは、システムがダウンする!」「同調率下げ! 赤五十!」「……コントロール不能!」
ブリッジ中央、娃と重なった、アムネリアを映し出すフォログラムの映像もまた、時に、メルジーネ、炎らしき存在、サラマンダー、亜夢、何者か知れない、茜色の髪の少女、水の流れ、燃え盛る火柱と、目まぐるしく変容している。
『……あ、む……亜夢……だよ……』
「亜夢ちゃん!」モニターの中苦悶の表情を浮かべ、何かを呟く亜夢に、真世は呼びかける。
IN-PSID本部IMCで、結界保護カプセルに収容された亜夢の、生体バイタルモニターは、大きく変動を見せていた。アムネリアのフォログラムが変容する度、亜夢の肉体も反応しているのか、モニターに映し出される亜夢の表情が、様々に変容しているように、真世には見えていた。
もう一つ、真世の視界を通して、その様子を見守る冷徹な視線がある。
真世の身体のうちに取り憑いた、霊的存在——式神、彩女。
主、神取に事の一部始終を伝えるべく、インナーノーツのミッションと亜夢の状況を事細かに、自身の思念に刻み込む。真世は、その存在に、未だ気づく事はない。
『……我は……ラァ……ム……ア……あああああ‼︎』
「アムネリア‼︎……くっ! 今行く!」直人は、PSI-Linkシステムモジュールに、念を込め意識を深く落としていく。
「待ちなさい! ナオ!」カミラの制止は、直人には届かない。
『……定め……受け入れ…………なれど……』
『……アムネリア! こっちだ! ……アムネリア! ……うわ!』直人は、PSI-Linkシステムを通して、船と一体となっているアムネリアの魂に呼びかける。情報の洪水が、直人の心象にも流れ込む。一瞬でも気を抜けば、その奔流の中に意識を奪われるであろう。
直人の意識体は、その奔流の中に感じるアムネリアの気配へと、手を伸ばす。
『……我は……共に……あな……たと……生き……て……ああぁあああ‼︎』
直人の手を取ろうと、アムネリアの魂が形作る手が、奔流の中に見え隠れしているが、直人はそこまで辿り着けない。
……くっそぉおお! ……⁉︎ ……
手を伸ばす意識体の指先に、生暖かい感覚を覚えた、その時。
……生きたい……生きたいの……
聞き覚えのある声がしたかと思うと、直人の意識は、船に置いた、自らの肉体へと引き戻されていた。
「生きる⁉︎ ……そうか、亜夢!」
『所長‼︎』藤川は、直人の意図を理解し、すぐに指示を出す。
「うむ! 真世、亜夢のPSIパルスコードを<アマテラス>へ!」
「え⁉︎」真世は、半ば動転したまま振り向いた。視界に入ったモニターの中で、<イワクラ>のアイリーンが、鋭い眼差しで真世の気を引きつける。
『真世! コードをこっちへ! 中継するわ!』
「急げ!」東が、戸惑いを隠せないままの真世を促す。
「は、はい!」真世は、すぐに作業に入った。
すぐに、アランの担当するPSIパルスリンク監視モニターに、新たなパラメータコードが浮かび上がり、同調率を示す横棒ゲージが、急速に伸びてゆく。
『亜夢‼︎ 頼む、来てくれ!』直人は、再びPSI-Linkシステムにダイレクト接続し、亜夢の魂の気配を掴み取る。
「副長!」直人が叫ぶ。
「よし!」アランは、亜夢のPSIパルス同調をシステムに解放してゆく。直人の意識体は、システムの中を駆け巡る、情報の渦を瞬く間に炎の壁が遮断していく様子を見る。同時に、<アマテラス>のモニターも同様の光景を映し出し、紅蓮の光に包まれた。
「異常同期が、止まったぞ! システムへの情報流入も抑え込んでくれている!」アランは、声を張って報告する。
「これって……」サニは、呆然と赤く焼けたモニターを見つめながら呟く。
「まさに"ファイヤーウォール"だな」と言うティムは、我ながら、言い当て妙だと思った。
「ア……アラン、このまま亜夢との同調を維持。アムネリアは⁉︎」カミラは、形を失って、火の玉のようになっている目の前のフォログラムを固唾を飲んで見守る。
「だ……大丈夫……」朦朧としながら、振り向いた直人がそう言うと、火の玉は二人の人の形を取り始めた。
「アムネリア、……それに亜夢……」カミラの目の前に、自力で立つのがやっとのようなアムネリアと、それを支える亜夢の姿が現れる。そのままの体勢で、アムネリアは、静かに口を開いた。
『……あの、船の気配が……行き先を、示し……ます……こ、この場から……早く……』
「<天仙娘娘>が、近くに⁉︎」
カミラの問いに、アムネリアは小さく頷く。
「カミラ、急いだ方がいい」リンクモニターを監視し続けるアランの促しに、カミラは迷いなく顔を上げた。
「よし! 直ちに時空間転移!」
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「す、すげぇ……」
全周モニターいっぱいに映し出された、巨大な土壁に、明明はポカンと口を開け見入る。視点は、高さ五メートルほどの壁を見上げながら、壁に設けられた、細い水門をくぐってゆく。壁は、水害対策のための堤防。水門が狭く作られているのも、災害時に密閉を容易にするためであろうことが伺える。
水路を進む<天仙娘娘>の視界に、幾つもの家屋が立ち並んだ街が見えてくる。水路の両岸には、領民が立ち並び、歓声を上げている。口々に"鯀"の名を呼び、讃えているようだ。
「四千年前に、こんな城が……」静、智愛も共に目を丸めていた。
「これが中華第一城、ありし日の姿なのネ……」楊は、時空間転移開けの座標から、この地が、かの良渚文化、莫角山遺跡近傍に比定されると分析していた。
上海で生まれ育った楊にとっては、近場のこの地の遺跡は、何度か訪れたことがある場所だ。古代中国に発生した城壁で囲われた都市、すなわち『国』の起源が、この良渚文化ではないかと考えられており、『中華第一城』とも呼ばれている。楊は、不思議とこの遺跡に、幼い頃から魅了されていたことを思い出していた。その理由が、今、わかったような気がする。
街は、城壁の完成祝賀祭に沸いている。その喧騒を離れたかと思うと、モニターの映像が変わり、高い場所から、壁に囲われた市街地を俯瞰した景観を映し出した。
周辺の構成状況を示す、波動収束フィールドマップから、そこは、市街地から一段高い場所に建てられた、物見台と思われる構造物の上とわかる。
『遂に、完成しましたな』『浮遊か』
PSIパルス同調した、鯀のフォログラムが振り向くと同時に、モニター正面に、見覚えのある小男が浮かび上がる。
『定められし十年。良くぞここまで。黄帝もさぞやお悦びになる事でしょう』『うむ……』
小男の言葉に、気の無い返事を返しながら、鯀は空を見上げた。曇天が長く続く中で、久々に晴れ渡った夏の青空が眩しい。
ふと、白い何かが、空を流れる。王宮の方へと飛んでいったように、見えた。
『鳥……?』
手を翳しながら鯀が呟いていたが、<天仙娘娘>のクルーらは、それに気付くことはなかった。
『如何したので?』小男が、不審そうに見上げている。
『いや……その事だが……浮遊』『はっ……』
『もう暫く、帝への報告は、待ってはもらえぬか?』
『……正大母様ですな?』王宮の方を向いて、浮遊は言った。
『うむ……建て直したとはいえ、国力は衰え、中原はおろか、新興の国々にもいずれ脅かされる。国を譲り、黄帝の庇護に下る事こそ、この地も民も、栄えるであろう。娃には、その事を理解して貰わねばならぬ。力ずくで進めとうはない』
『承知いたしました。されど、あまり猶予はございませぬぞ。それに、あのお方を説き伏せられましょうか? 何せ、あのお方は……』
そう言いながら、浮遊は、王宮の後方を見遣る。
王宮の更に奥……堀に囲まれた古い宮殿。周りの建物とは、若干様式が違うようにも見える。
鯀の視線がそちらに向けられると共に、<天仙娘娘>モニターに映し出される映像が拡大する。フォログラムの鯀の背は、微動だにしない。ただ、ザワザワとした感触が、<天仙娘娘>チームの身体に擦り寄ってくる。鯀にとって、只ならぬ事情が、その宮殿にあることは、想像に難くない。
すると、厳重に閉ざされていた宮殿の出入り口の縄を、突然、衛兵が解き、閂を外し始めた。鯀の肩がびくりと跳ね、<天仙娘娘>の船体揺らす。
彼は、明らかに動揺している——
中から、人影がゆっくりと姿を表した。だが、<天仙娘娘>のモニターに映るその人影は、なぜか靄がかかっており、はっきりと判別できない。
『あ、娃!』鯀は叫びながら、物見台を降りてゆく。




