運命の岐路 3
「時空間転移明け、確認! 時空間座標解析……およそ四千三百年前、現在の河南省付近に比定!」楊は、八卦盤のモニターに表示された解析結果を読み取って報告した。
「古国時代……後期龍山文化あたりが、付合しそうですね」
フォログラムの羅針盤は、次の目的地を探すように、ゆっくりと針を回している。脱出は、一足跳びとはいかず、何度か時空間転移を繰り返す必要がありそうだと、劉は思った。
「他に情報は?」「待ってください、波動収束フィールドに反応が!」
波動収束フィールドが、何かの映像を浮かび上がらせる。大量の土砂を含む、水の塊が、正面から迫っていた。
「ゲゲゲ、またかよ!」明明は、身を乗り出してモニターに食い入る。
「上げ舵六十! 回避!」
劉の発令に、静が素早く反応すると、<天仙娘娘>は、濁流の荒波をスレスレでかわし、豪雨の暗雲垂れ込める空へと飛翔した。
すると豪雨は、モゾモゾと蠢き、何かの形を作りながら<天仙娘娘>に襲い来る。
「上方! 収束率七十五パーセント!」
木片や水、石の塊のようなものに人か、獣の顔のようなものが浮かび上がる。
「まさに、『魑魅魍魎』ネ!」「下方からも来るよ!」
荒狂う波飛沫が、奇妙な足や、翼を持つ魚となって飛び出し、<天仙娘娘>目掛けて飛び掛かって来る。
「楊姐のフルコース、まだ続いてんのかよ⁉︎」
「知らんがナ‼︎」
「デコイで散らしながら回避!」
<天仙娘娘>が四方八方へとトランサーデコイを放出すると、怪奇の塊は、それに釣られ、波動収束フィールド外へと去ってゆく。
何とか第一波をやり過ごすが、敵は絶える事なく現れ来る。
「拡散仙術波は使えますか⁉︎」劉が楊に問う。
「八卦システム起動時は、ターゲットとのPSIパルス同期ができない! 撃っても効果ないヨ!」楊は、にべも無く答える。そんなところだろうと、劉も割り切って楊の答えを受け入れた。
「仕方ありません。全門、ブラスターモードへ切り替え! 迎撃です、明明!」
「了解!」明明は、PSI-Linkインターフェースモジュールを握りしめ、野生味ある笑顔を浮かべている。
「収束数、上方、約五〇、下方七〇! かなりの数ヨ! いける⁉︎」不安気味に楊は告げた。
「へっ! アタイだって!」楊の心配を他所に、舌舐めずりしながら、迎撃態勢を整える明明は、意気揚々としている。
「左舷! 第二波!」「食らいやがれ!」
船体各部の全周共振PSI波動スプレッド発振器は、個々に目標を狙い、機銃のように弾幕を張る。不安定なPSIクラスターに、毛が生えた程度の魑魅魍魎は、あっという間に、情報素子の輝点となって、空間の彼方へ消えていく。
「よっしゃ、次!」第二、第三波を難なく迎撃した明明は、興奮を隠しきれない。だが、撃退した敵群の影から第四、第五波が<天仙娘娘>に突撃。シールドが辛うじてダメージを抑えるが、船体は大きく揺さぶられる。
「うわあああ!」「まだ来る!」
明明は、必死に応戦するが、魑魅魍魎は、倍々と増えていく。
「くっ、静! 上昇プラス三〇〇! 続いて回避行動! 楊は、羅針盤の針路特定に集中! 急いでください!」「あ、あいよ!」
「針路が割り出されるまで、明明を支援します! ブラスターコントロールを分割! 智愛、私とあなたにも割り振りなさい」「は、はい!」
「えぇ⁉︎ まだ、やれる!」劉の判断に、明明は抗議の声を上げた。
「この数、一人では無茶です」「そんな! だって、直人は!」
「明明! 今、そんな事言ってる場合⁉︎」八卦羅針盤を再調整しながら、楊は怒鳴る。歯軋りしながら、渋々、明明は上官に従う。
「左右、正面は明明! 智愛は、後方と下方をカバー! 私は手薄なところをカバーします! 砲台は自動選定! 行きますよ!」
「了解!」「ちっくしょおお! やってやる!」
<天仙娘娘>は、妖魔の群れを機銃の如き赤き光弾の弾幕で迎撃しながら、空間中を旋回する。
「副長! まだですか⁉︎」劉は、無駄のない的確な射撃で対応しながら楊を見遣る。
「来い、来い!」PSI-Linkダイレクト接続により、楊は時空間のヒダへと変性意識を合わせ込んでゆく。次第に羅針盤の回転が緩やかになり、一定の方向を指し始める。
「……来た! 羅針盤、まもなく針路特定!」
「静! 羅針盤に沿って、船を進めなさい!」「OK la!」
空間の様相が変異し、何者かの視点が、全周ブリッジモニターにリンクしてくる。
「切り抜けた、のかな?」
明明は、恐る恐る、あたりを見回す。魑魅魍魎の姿は、空間変容の中へと消え去っていた。すると、音声変換された野太い声が、ブリッジを揺らす。思わず、一同は、身をビクつかせた。
『急げ! ここはもうだめだ! 崩れるぞ‼︎』
『逃げろぉ〜〜‼︎』混乱に色めきだつ大勢の人の声も聞こえてくる。
『くっ……これが、黄の河……』『……ああぁ〜……土塁が……』
音声に変換された人の声は、次第に翻訳され、<天仙娘娘>チームの皆も聞き取れるようになる。
『……鯀様でも、この暴れ牛の如き大河は……』
高台に急ぎ登った人々が、眼下で土砂を飲み込み、暴れ狂う大氾濫を、ただ茫然と見守っていた。
『弱音を吐くでない! 天地は確かに強大だ。 されど、最後に勝つのは人の意志じゃ! 我々は、意志の力で、大地を拓いてきたのだ!』
ブリッジ前方、フォログラム投影機に、岩山のような影が立ち現れ、次第に大男の姿を描き出す。
「だ、誰だ? こいつ⁉︎」「楊、分析は?」
「……時間軸、場所ともさっきの地点から大差ないヨ! たぶん、羅針盤が指していたのは、この男……」
智愛は、何かを思いつき顔を上げる。
「ねえ、今、"コン"ってぇ〜? それに、この風景……」
「ええ、私も同じことを考えていました」劉の同意に、静かに頷く楊と静。
「えっとぉ?」一人、明明は、愛想笑いを浮かべて楊を見上げた。
「ちょっとあんた、神話学、サボってるでしょ?」「てへ!」「てへ、じゃない!」
<天仙娘娘>チームの皆は、船のデータベースから、中国古代文献『漢書』や『山海経』を確認し、PSIパルスリンクした意識記憶が、『鯀』である可能性を確認し合う。
「スッゲェ……って事は、鯀は実在したの?」明明は、大きな栗色の瞳を見開いて、モニターの文献に食い入る。
「そこまでは断定できない。インナースペースの情報は、必ずしも現象化した情報だけじゃ、ないからネ」
「とにかく、この男の記憶を辿るしか、帰る道はなさそうですね。タイムリミットは?」
「あと、二時間くらいヨ」
「……リンクを維持しつつ、しばらく様子を伺いましょう。八卦羅針盤はそのまま、エネルギーセーブモードに戻し、オート航法に切り替え。各位、全周観測のまま待機」
「了解‼︎」<天仙娘娘>チームは、シートユニットを散開させ、全員でモニター観測にあたる。
正面には、版築工事途中の小高い土手が決壊し、黄色味を帯びた奔流が、何もかも飲み込んで暴れ狂っている。まるで怒れる猪か、鹿か……森を奪う人へと襲い来る、見境を失った森の神々の姿を彷彿とさせる。
鯀は、手にした石槌の柄を固く握りしめ、自身に言い聞かせるように、咆哮した。
『見ておれ。お主が如何なる化物であろうと……儂は負けぬ!』




