天の楽園 5
「ムサーイド支部長が……亡くなった⁉︎」東は、たった今入った連絡に、動揺を隠せない。
インナーノーツのミッション報告など、定例のミッション事後処理を終え、ミッションの緊張がすっかり和らいだIN-PSID日本本部IMCに、戦慄が走る。
「どういうことかね?」藤川は、信じられないとの面持ちで、壁面メインモニターに映るバビロニア支部IMCミッションチーフ、方へと問いかける。
『何者かに、毒を盛られ……殺害されたようです……』と方は俯き、顔を曇らせたまま、状況をかいつまんで説明を始めた。彼の後ろには、初ミッションからの帰還を喜ぶ暇もなく、意気消沈となった<イシュタル>のメンバーが見える。彼らと衝突しながらも、死線を共に潜り抜け、最後には仲間意識も芽生えた、直人ら<アマテラス>クルーらも、彼らへの同情を禁じ得ない。ミッションに臨む前、<アマテラス>クルーらを気さくに迎え入れた、ムサーイドの朗らかな人柄が思い出され、とても殺されるような人間ではないのに、と直人達は思う。
「毒……」『ええ……これから警察の方で検死になりますが、おそらく青酸カリのようです……』
「しかし、なぜ? 警戒も厳重な、支部の……それも支部長室で……犯人はどうやって⁉︎ いったい、誰がそんな事を……」東は、皆の疑問を口にする。
『……ミッション直前……支部長は客に会うと言ってました。おそらくはその連中ではないかと……』「客……?」
方は頷く。
『我が国は、ようやく国として機能し始めたとはいえ……まだまだ、あの戦争の残火を抱えています。中には、我が国が国連に加盟したことを良く思わない連中も……』
そう言うと、方は顔をふせ、しばらく口を閉じる。
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四輪駆動のタイヤが、赤焼けた砂を巻き上げ、剥き出しのジープの車内へと容赦なく放り込む。熾恩は、顔をすっぽり覆うアフガンストールをたくし上げて押さえ、口と鼻に砂が入り込むのを懸命に防ぐ。
「くそ! なんでオレたちがテロリスト扱いなんだよ!」後部シートで不満をぶちまける。
「まぁ〜〜、似たようなぁ〜〜もんだってぇ〜〜ケェケケ」飛煽の奇妙な笑い声が、熾恩をさらにイラつかせる。
「追っ手は?」「ああ、十分引き離してある。追いつけやしないさ」助手席に座る煌玲に、運転席の焔凱は、バックミラーを覗き込んで言った。
「いい塩梅だな」「ええ、あの方ってヤツ、手練れっすよ」焔凱は、煌玲に同意する。
「チッ……方のやつ……アイツが、まさか、なぁ……」熾恩は、砂塵に霞む空を見上げ、ほんの数十分ほど前の出来事を思い返していた——
静かに開く支部長室の扉。ムサーイドの遺体を隠す暇もない。やむなく火雀衆は、扉の両サイドに分かれて立ち、入室してきた者の意識を飛ばす呪法を仕掛けようと待ち構えていた。
扉が開く。しかし、入室してくるものはいない……。
「お静かに……火雀衆の皆さん」の声だけが室内に忍び込む。
「私は敵ではありません。風辰翁より、貴方様方のフォローを承っています」
「……貴様は?」
「『烏』に名など無いことは、あなた方はよくご存知のはず。ここでは、方永凌と名乗っています。ムサーイドの目付けとして、二年前から入り込んでいます」——
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「テロリスト……」藤川は眉を顰め、顔を強張らせる。
『はい。旧建国軍の一部には過激な思想を持つものもあり……国連からの脱退、あの戦争で敵対した多国籍軍の主要な国々への派兵を訴え、終戦後、正規軍を離れ、我が国の各地に潜伏。国連との協調を進める政治家や団体を狙って、襲撃を繰り返しています』
「それで……IN-PSIDも……か……」東は腕を組み、唸るように呟く。
『ええ。我々の元にも、度々脅迫があり……その度に、支部長は金で解決を図っていました』
「金?」『資金難の彼らは、脅迫しつつ、支部長を頼って金の無心をしていたのです。テロリストとはいえ……彼らは支部長にとっては元同胞……見捨てられなかったのでしょう。彼らの生活援助をしつつ、テロから手を引くよう説得していたようです……ですが、それがアダとなったのかと……』方はそこまで言って、口を固く結ぶ。
「そうか……ムサーイド君……大変、残念だ……」藤川も口を閉ざし、首を垂れて暫し黙祷する。IMCに集った一同も、藤川に倣い、黙祷を捧げた。
『……皆さんのお気持ち……感謝します』
「これからどうするつもりかね?」
『……犯人の追跡は警察に任せました。当面は副支部長と相談しながら、運営していきます。……まぁ……ほとんど私に丸投げされると思いますがね……』方は、わずかばかり苦笑してみせる。副支部長は、『バビロニア連合共和国』政府の天下りで、ほとんど肩書きのためだけに籍を置いているような人物だと、以前、会合でムサーイドがぼやいていたことを、藤川は思い出す。
「わかった。困ったことがあれば、いつでも連絡を」藤川のかけた言葉に、方は、頭を下げて礼を述べる。
『ところで……カミラは? 大丈夫なのか?』方の背後に<イシュタル>メンバーと共に佇んでいたアディルが問いかけてくる。皆、カミラの姿が見えないことを気にしていたようだ。
「体力が著しく低下しているようだ……それに、身体のダメージも……これから詳しく検査するところだ」アランが答える。
『そうか……そちらも大変だな。大事にしてやれよ、アラン』アディルが真顔で言う。
「ああ……もちろんだ」アランは、アディルに答えながら、自分の胸の裡に、そう誓っていた。
本部、支部の双方は短く挨拶を交わすと、通信を切った。重い空気が本部IMCに残り、しばらく、身動きするものはいなかった。
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「火雀衆……現地、烏の誘導に従い、回収ポイントに到達した模様」「夜間のうちに手配した輸送機にて帰国するとのこと。到着は日本時間、明朝〇六一〇を予定」
地下の土間空間に設けられた御所の情報集積室で、烏と呼ばれる黒づくめの男たちが各自の端末に向かい、集まってくる情報に対応している。
「火雀衆、帰還は明朝六時十分とのことです」
烏衆の現頭目、闘が駆け寄り報告する。長い白髪を垂らした和装の老翁は、静かに頷いた。
「闘よ。方といったか……あの優秀な部下に助けられたな」「は! っえ、ええ、まぁ……」しどろもどろに返答する闘を、老翁、風辰の鋭い眼光が突き刺さる。
「……貴様も精進することだ」「は、はい!」
闘の返事が終わるのを待たず、風辰は徐に腰を上げる。
「『ヒルコ』が動き出す……」そういって、傍に控えていた中年の尼僧に向き合う。
「警戒が必要だな。三宝神器を動かすぞ」
「御意」短く答えた尼僧は、軽く頭を下げて、身を翻し、部屋を後にした。




