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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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冥界下り 4

 <アマテラス>、<イシュタル>両船のブリッジモニターの蠢きが、次第に何かを描き出す。


 砂煙舞う、中東の乾いた空。交差する爆炎と曳航弾の軌跡。それは、生々しい戦闘空域——


 目の前で火球と化す敵機。その爆風と破片の間を掻い潜り、視界はどんどん地上へと降りてゆく。隣にチームを組む、ガムに口をモゴモゴと動かす女が、スカイダイビングでもするかのようなポーズで、隣に寄せてきた。その時、地上からの弾丸が、彼女の身体を貫く。が、彼女の身体は鮮血を吹き出すこともなく、苦痛に喘ぐこともない。弾は、ただすり抜けて、上空を飛行する味方の戦闘機を追っていた。


 そう、見えている彼女も、そして今、モニターに記憶を映し出しているカミラも、『風』なのだ。現世からわずかに外れた現象境界と呼ばれる最浅隣接余剰次元に『サイコスキャミング』の波となって、敵地へと降下するのだ。


 ガムの女が、早くも敵地の拠点施設への侵入路を見出し、サインを送るや否や、索敵行動の一番槍はもらったとばかりの笑みを浮かべ、消えていった。


 あたりを見回せば、下降してきた『プロビデンス隊』の仲間は、次々と同じように姿を消し、これから功を競い合う。


 だが、カミラの視点は一人、その街が見渡せる高度で急に止まった。


 ブリッジに音声変換される、鼓動音、そして呼吸の息遣い——カミラは肉体と精神の狭間に意識を集中させ、大きく息を吸い込んだ。


 すると、たちまち街の建物が透けて見えてくる。映るものは、その距離に関係なく、意識を向ければハッキリとわかる。まず見えてきたのは、シェルターに身を寄せる民間人。子供もいる。民間人を撃つことは許されない。そうしたエリアへの攻撃禁止シグナルを『意識する』ことで発し、次は刺々しい殺気へと意識を向ける。明らかに武装しているのが分かれば、それは攻撃許可のシグナルを出す。


 憎しみ、恐怖、怒り……あらゆる想念が、カミラが呼吸するたびに、呼応するように吸い寄せ(・・・・)られてくる。


『フォイア‼︎』


 後方に聞こえた機長の号令と共に、カミラが見つけ出したターゲットへと瞬時に誘導弾が飛ぶ。


 <アマテラス>、<イシュタル>ブリッジの両モニターに、同時にその戦果(スコア)が、表示される。あっという間に、カミラの索敵による攻撃が、トップスコアを弾き出す。


『ちぃ‼︎』隣の女のガムをすり潰す歯軋りが聞こえる。『この、魔ぁあ女がぁ!』嫌みたらしい声で罵ってくる。


『……魔女……この私が……』カミラの心の声が、音声変換となってブリッジに溢れる。


『違う……』その声と、救護カプセル内のカミラがロザリオに無意識に力を込めるのは同時だった。


『……私は……魔女なんかじゃない…………そう、私は……魔を狩るもの……悪魔を倒す! ……それがこの私‼︎』


 カミラの音声変換された声と共に、誘導弾に焼き払われたその街の炎に、何かが映り込む。アンティークな西洋建築のホール。その中央に大きな階段……上品な調度品と、長椅子やソファの並ぶ絨毯は轟々と煙を立て、壁一面に炎が広がっている。


 モニターのその光景に、アランは眉を顰めた。


 煙と炎が渦巻くと、何かの不気味な表情のように見えてくる。<アマテラス>、<イシュタル>の皆は、背筋にぞくりとした感触を覚えながら、その形に見入った。


 それは、まるで山羊の顔を逆さまにしたような形となって炎の中に浮き立ってくる。


『ふふ……ふふふふ……そうさ……そうだよ、カミラ……』


 山羊の顔のようなものの口が、揺らめき、言葉を吐き出してくる。


『……悪魔め……』


『ふふふ……さぁ、おいで……そんなところで見てないで……僕を探しにおいでよ……』


『ニコラス……貴様ぁ……』


『おぉっと……こわい、こわい……僕は、居るよ。君の近くにね……ふふふふ』


『私は……お前を許さない!』


 すると、モニターの炎の中に、逆さの山羊の顔が、あちこちに、吹き上がる。それを追って、幾つものターゲティングマークが開く。


『必ず……見つけ出して、焼き尽くす‼︎』


 再び、誘導弾が飛ぶ。ターゲットされたポイントはあっという間に火の海だ。


『ふふふ……そいつは嬉しいねぇ……そんなに僕を求めてくれるなんて……』


『くっ‼︎ そこ‼︎』


 カミラは声の方へ再びターゲットを振り分ける。即座に誘導弾が飛び、カミラのスコアがまた一つ、また一つと伸びてゆく。他の追従をまるで許さない。


『ほら、カミラ。こっちだ……ふふふ』


 ターゲットマーカーを即座に振り向ける。そこに収まったのは、避難を急ぐ親子連れ。


『あっ‼︎』咄嗟にカミラは禁止シグナルに切り替える。


『卑怯者‼︎ 姿を見せろ‼︎ ニコラス‼︎』思わず声に出して叫んでいたようだ。『……な、なんでも……ないわ』カミラが呟くように言うのが聞こえた。機内の仲間たちの視線が、こちらに向いている気配をインナーノーツも感じざるを得ない。


『はははは! ムキになるなよ、カミラ……すぐに会える。そうさ、また、すぐに……』『くっ‼︎』


 その声と共に、炎は渦を巻き、逆さの山羊の顔の影はその中へと溶け込んでゆく。まるでインナーノーツを闇の深淵へと誘わんばかりに。


 機関の軽妙な振動が、ブリッジを揺らす。


「なんだ⁉︎ 動き出したぞ!」ティムの操船コントロールなしに<アマテラス>は、微速前進を始めた。逆さ山羊の顔の消えた、その暗闇へと向かって。


「カミラの意志だ。総員、第一種警戒態勢で進む!」アランは声を張る。この先に何が待ち受けているのか、アランにはわかる。


 進む<アマテラス>に曳航され、その後を進むしかない赤き船<イシュタル>。


 その赤き船が名を冠する、古代メソポタミアの女神イシュタルには、『イシュタル(イナンナとも呼ばれる)の冥界下り』という物語がある。イシュタルはある時、姉とされる女神、エレシュキガルの治める冥界へと降りてゆく。その動機は明確にはされていないが(姉の夫の葬儀に参列するため、あるいはメーと呼ばれる神力を求めていったなどのヴァリエーションがある)、死の危険を冒しても、冥界へと向かった。七つの守りとされる、聖なる力を宿す装飾品を身につけて。しかし、その七つの力は、姉によって閉ざされた七つの門で一つ一つ剥ぎ取られ、全ての力を失った彼女は、冥府の底で、一度死を迎える。生殖と豊穣の神であるイシュタルを失った地上は、あらゆる生産が止まり、動物も人間も新たな命を産み出すことを止めたという。


 太陽神、天照の天岩戸隠れにも通ずる物語——


 今まさに、<アマテラス>と<イシュタル>は、ともに冥府への門を潜ろうとしているのは、なんという宿命なのであろうか? アランはそう思わざるを得ない。


 そう、この先は『地獄』。なのだから……

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