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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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時の交わるところ 3

 ペット用の皿に残った猫の餌、積み置かれた衣類や生活用品を入れたケース類、シートに置かれたままのブランケットとピンクのクッション……<ノルン>コントロール・コアには、ソフィアの生活がそのまま残されている。


 床に直座りしたアランは、呆然と部屋を見渡し、入り口の方を見やる。閉ざされた扉が開き、部屋の主が現れることはない。数時間前の、この部屋での出来事を辿る。その記憶を確かめるように。


 <ノルン>出発の直前——


 出航準備を進める<ノルン>のブリッジに、まだ姿を見せないソフィアから通信が入る。アランに、至急、コントロール・コアまで来て欲しいと。ただでさえ遅れている状況で、ソフィアの突然の頼みに苛立ちを覚えながらも、アランは<ノルン>を下船し、コントロール・コアに入った。


 猫のアランの、食事を準備していなかったことが気になったと言うソフィアは、彼を閉じ込めたコントロール・コアに立ち寄ったらしい。そこで<ノルン>と、こことのPSI-Link接続が安定していないことに気づいたという。


 アランも調べたところ、コントロール・コアの方も有人でPSI-Link操作すれば、何とか制御できそうだとわかった。


「PSI-Linkシステムを扱えるのは、貴方しか。貴方がここで私たちを見守ってくれていれば安心よ」とソフィアはアランにその制御を頼み込む。


 アランには断る理由はなかった。


「このコは連れて行くわ。貴方の代わり。ふふ、シュレディンガーの猫は貴方ね」そう言って黒猫を抱き上げ、ソフィアは笑顔を残して、コントロール・コアの扉を閉ざした——


 またも頭痛を感じ始めたところで、扉が開く。


 ケンとハンナが入室してくる。続いて、IN-PSID EU支部に帰還していた<アマテラス>の一同が入ってきた。


 アランは立ち上がって、皆を迎え入れる。彼の仲間たちは、アランの姿に目を見張る。まるで幽霊でも見ているかのようだ。


 最後に入室したカミラと視線が重なる。二人はしばらく見つめ合い、同時に視線を外す。アランは日本の本部、<イワクラ>と通信を繋ぎ直し、話を始める。今、自分と彼らに起こっている、この奇妙な現象のことを……



 ****


「時空間……転移?」カミラは、大きく瞬きをしながら聞き返した。


「それじゃあ……私たちも、あの時……」


「ああ……そうとしか考えられない。これを見てくれ」アランが室内の照明を落とし、フォログラム投影機を操作すると、すぐに光り輝く大樹が、室内中央に立ち現れてくる。


「ユグドラシル……」「ああ、<ノルン>が最期に送ってきたデータを投影している」


 大樹の全体が浮かび上がり、幹と一つの枝には黄金の道筋が描かれた。


「ソフィアさんが、残してくれた……クリティカルパス……」カミラの言葉に、皆、俯く。アランにかける言葉もない。


「そうだ」アランは、声を張ってその場の重い空気を祓う。皆が顔をあげたのを見て、アランは黄金の一筋の枝先をクローズアップした。


「オレ達は今、ここだ」


「何だ……この枝?」ティムは、首を傾げる。


 その箇所は、一本の枝が二つに分かれ、しめ縄のように捻れ合わさっていた。結び合い、一つになった先は、また二つに枝分かれし、一つはクリティカルパスの輝きへ続き、もう一方は、雲のように像がぶれ、霧中に消える。アランはその霞んだ枝にポインターを表示する。


「<ノルン>と、あのアナザーアースは、おそらくこの時空へと飛んだ。逆に、お前たちの<アマテラス>は……」言いながらアランは、クリティカルパスへ続く枝の方にポインターを動かす。「この枝が示す時空間、つまりこの世界に時空間転移したんだ。<ノルン>の転移の反動か……あるいはソフィアがそうしたのか……」


 ソフィアのことを思い出す度に、脳の記憶が錯綜し、頭痛を引き起こす。苦し気に顔を顰めるアランに、カミラは声をかけようとする。それを制し、アランは話を進めた。


「と、とにかく……お前たちはこの、オレが『<ノルン>に乗らなかった』という、極めて近いこの並行宇宙に移った……そして、おそらくオレの意識も」


「えっ……じゃあ、何? ここは……アタシ達のいた……世界じゃない……」サニは身体を震わせる。ティム、カミラ、そして直人もまた、愕然となっていた。


「厳密には……だが、重なり合うほど、隣接した世界だ。違いはオレのことぐらいで、あとは元の世界と全く同じと思ってもらっていい」そこまで言うと、アランは頭を抑えながら室内の照明を戻す。


「同じ……貴方が居るのと、居ないの差だけ⁉︎ バカ言わないで‼︎」カミラが珍しく甲高い声で叫ぶ。皆、一様に目を丸めてカミラを見つめている。構わずカミラはアランの腕をとり、捲し立てる。


「それが、どれだけ大きな差なのか! わかってないの、アラン‼︎」「カミラ……」


『バタフライ効果……という考えが昔から言われている。カミラの言うとおり、キミ一人の存在が世界に与える影響は、キミが思っている以上に大きい』通信ウインドウ越しの藤川が、カミラに気圧され、たじろぐアランに語りかけてくる。藤川の隣では、東が大きく頷いていた。


「……そういうことじゃないのよ、所長……」サニはボソッと呟く。


 藤川の言葉が作り出した妙な空気に、カミラがアランの腕を掴んだ手をそっと戻すと、二人は気まずそうに、ユグドラシルへと視線を戻した。


「けど……それじゃ、オレ達がいた元の世界はどうなるの?」直人が心配気な表情を浮かべて訊ねる。カミラ、サニ、ティムもまた、直人と同じような顔つきだ。


「ユグドラシルで見る限り……ここだ。まるで連理木のようになっている。……もう混じり合って一つになってしまったのだろう」


「今の時点ではね。この先でまた、いくつか枝分かれしている。見て、この光り輝く筋が、ソフィアの見つけたクリティカルパス。我々は、コレを確かにしていかなければならない。<ノルン>の導き無しに……」ハンナが見上げる枝の先を皆、無言で追う。幾つかの枝分かれしながら伸びゆく、その黄金の筋は、先へゆくほど細く、暗くなっている。見つめる一同の表情は硬い。


「大丈夫だよ!」


 場違いなほど陽気な亜夢の声は、皆の視線を一気に引き寄せる。


「ソフィア、言ってたもん。迷ったら教えてくれるって。亜夢、ソフィアの言うとおりに来た! そしたら帰って来れた!」


「それじゃ……あの時、亜夢が<アマテラス>を?」「うん‼︎」直人は思い出す。<ノルン>の時空間転移の余波に<アマテラス>に捕まり、船は航行制御を失い、PSI-Linkシステムの変調が、クルーの意識を奪う。朦朧とする中、亜夢のフォログラムが、白く、激しく燃え上がるのを見た気がしていた。


「大したもんだぜ、なあ、ナオ!」ティムは直人の肩を二、三度叩きながら嬉しそうに言う。


「あ、ああ。ありがとう、亜夢。おかげで無事、この世に帰還できた」


「なおと……う、うん」亜夢は、はにかんで頷くと、もう一度、ユグドラシルの黄金の一筋を見上げる。


「ソフィアはいるよ。近くに。なんか、そんな気がするんだ」


「……そうだな……」アランは亜夢の肩に手を置く。亜夢の微笑みには、人を奮い立たせる生命の力があるとアランは感じていた。


 アランもまた、ユグドラシルに示された、黄金の道標を見上げる。


「魂はインナースペースに生き続ける。進もう、皆。このクリティカルパスを! それが俺たちの成すべきことなんだ」


 ……ソフィア……見ていてくれ……お前の示したこの道を……必ず……

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