時の交わるところ 2
『海中に時空振動! <アマテラス>、現象境界へ浮上。間もなく、<イワクラ>に帰投します』
間もなく日付が変わる時間帯、日本IN-PSID本部IMCに、<イワクラ>のアイリーンからの報告が響く。いつもなら<アマテラス>の帰還、ミッション終了の安堵から、<イワクラ>オペレーターらのちょっとした雑談の一つ二つあるものだが、今は皆、粛々と作業に徹していた。
<アマテラス>との通信が回復し、通信ウインドウが再びブリッジを映し出す。帰還シーケンスを淡々と進めるクルーの表情は重い。
「アイツらも、辛いでしょうね。ミッションを共にしたインナーノーツの仲間に……初の犠牲者が出てしまった……」東は、沈黙に耐えかねて口を開く。
「うむ……あの世に片足を突っ込む仕事だ。改めてその事を認識させられたよ」ブリッジの映像を見つめたまま、藤川は答えた。
「まったくです……」「ん?」
東の返答は何処か歯切れが悪い。怪訝に思いながら、藤川は東の顔を見上げた。
「どうしたね、東くん?」
東は、腕組みをしながら眉を顰める。
「私だけなのでしょうか? 何かこう……しっくりこない感覚が残っていて……」
「あぁ、それ!」田中が椅子を回して声を上げた。
「チーフもですか? 自分だけなのかなって」
「ううんん……私も……何か忘れてるような……」「えっ、キミも⁉︎」
話に加わる真世も怪訝気な表情を浮かべている。答えを求めるように、皆の視線が藤川に集まった。
「……それは、彼らが一番感じているようだな」
藤川は静かに正面モニターに映る<アマテラス>ブリッジへ視線を戻した。
「ええ。しかし、なぜ……彼らは、あんな事を……」そう言いながら、東は、ミッション帰還直前の<アマテラス>クルーらの奇妙な言動を思い返していた——
「<アマテラス>、無事か⁉︎ 応答しろ!」
<ノルン>の生み出す加速時空間に<アマテラス>が突入し、通信が途絶えてから、二〇分ほどが経過していた。回復しつつある<アマテラス>との通信ウインドウに向かって、東は声を大にして呼びかけている。
「……んん……」「つぅ……ど、どうなったんだ
……」東の呼び声に、サニとティムはシートから身を起こす。
『サニ、ティム! 状況は⁉︎ どうなんだ⁉︎』
「あ、ああ……こっちは……大丈夫みたいだな……」ティムは航行機能をざっと見回し、機能低下はあるものの、支障はないことを確認した。
「こっちも何とか……」直人も自分の受け持ちをチェックしつつ、アムネリアの方を振り返ると、ブリッジ中央の亜夢のフォログラムがすっかり消え去っているのに気づく。
「あ、亜夢‼︎」直人は腰を浮かせて顔を青ざめさせる。
「大丈夫……あの子はここに」副長席のアムネリアの声と共に、フォログラムが浮き上がってくる。猫のように丸まって横たわっている。どうやら眠っているようだ。
「あの時空の畝りの中、よく頑張ってくれました。そっとしておきましょう」「?」首を傾げる直人に、アムネリアは静かに微笑む。
「通信を……」アムネリアはカミラに向いて、承認を求める。呆然となったままのカミラは、小さく頷いた。
PSI-Linkモジュールに働きかけるアムネリア。直人もシートに座り直し、正面モニターへ向く。表示されていた通信ウインドウが次第に安定してくると、心配気に覗き込む東と、藤川の姿がはっきりと見えてくる。
『<アマテラス>! ……よ、よかった……無事か⁉︎ 無事なんだな、カミラ⁉︎』
「チ……チーフ……こちらは……なんとか。ですが……<ノルン>が……ソフィアと……ア、アランが……」 『アラン?』
<ノルン>の反応は、完全に失われていた。その実感と共に、<アマテラス>のブリッジに沈鬱な空気が垂れ込めてきた、その時。
『カミラ‼︎ 聞こえるか、カミラ‼︎』
馴染みのある声と共に通信ウインドウが開く。<アマテラス>の一同は、目を丸め、瞬きを失う。
「えっ⁉︎」「うそ⁉︎」
「アラン副長‼︎」
「アラン、アランなの⁉︎」カミラは腰を浮かせて叫ぶ。
「だって、貴方……今! <ノルン>と……」
『あ、ああ……<ノルン>は……ソフィアは……』
通信ウインドウ越しのアランは、頭を押さえて、項垂れて答える。
「そ、そうじゃなくて! 貴方、<ノルン>に乗ってたんじゃないの⁉︎ ……って、そこは……」
『何を言っている? ここは、<ノルン>のコントロールコア……オレはずっとここで、<ノルン>を…………うっ……』「アラン⁉︎」
アランは、苦悶に顔を歪め頭を押さえた左手で髪を握りしめている。
『くっ……確かに、ここにいて<ノルン>を見守って……」
右手に擦り付いた口紅の跡が目に入ると、まるでソフィアと共に、<ノルン>に乗り込んでいたらしい記憶が交錯してくる。
『やはり……オレは……<ノルン>に……ソフィアと一緒に……いた? ……』
よろよろと立ち上がったアランは、何かを求めるように目の前に燦然と輝くユグドラシルに手を伸ばす。
『うぉおおお‼︎ ソフィアー‼︎』
割れんばかりの頭痛と共に、アランはその場に崩れ、倒れ込んだ——
「……アランは<ノルン>に乗っていない。それは確かだ」そう言う藤川に、東は頷く。
「しかし、<アマテラス>のレコーダーからも、カミラ達が言っていることは、確かなようです」東は、タブレットに読み込ませたミッションレコーダーのデータをサブモニターに出しながら言った。
「ユグドラシル……<ノルン>。運命を司る女神の配剤やもしれんな」「は?」
怪訝気な表情を浮かべる東には答えず、藤川は<ノルン>コントロール・コアと繋いだ通信ウインドウを見やる。
「君もそう思っているじゃないかね、アラン?」
『はい……』アランは、眉を顰めて頷いた。