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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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時の交わるところ 1

「時空間パラメーター、追跡コードナンバー42。PSIパルス探知……感なし……」


 サニの落胆した声に、<アマテラス>の一同は声もなく項垂れる。


「ここもダメか……アムネリア、どう?」


 カミラは、副長席の方を向いて、PSI-Linkモジュールの感応光に煌々と浮かび上がる少女に声をかけた。


「……事象の底で枝分かれし、もうひとつの世界……その先に微かな……あの残響が……」


「座標は?」


「特定は難しい……仮に行けたとしても……急速に離れていく二つの宇宙……そこから帰ってくることは……」


「……それでも、行かなきゃ。僅かな可能性があるなら」『そうだよ! ソフィアを助けに行こう‼︎』身を硬くして呟く直人に続いて、<アマテラス>ブリッジの中央に立つ、フォログラムの亜夢は、メラメラと燃え上がる光彩を描きながら、声を上げる。二人に鼓舞された皆は、頷きあって、互いの覚悟を確かめ合う。


『ダメだ‼︎』


 氷の刃のような男の声が突き刺さり、ブリッジの熱量を忽ち奪っていく。皆は、通信ウインドウを見つめる。そこには苦渋に顔を歪ませ、俯くアランの姿があった。


「アラン……」カミラは顔を上げ、アランを見つめる。アランは、カミラと目を合わせることなく話し始めた。


『……アムネリアの言うとおり……コントロール・コア(ここ)に残った、ユグドラシルの枝分かれも、それを裏付けている』


「けどよ、副長! あんた、それでいいのかよ‼︎」「少しの時間しかなかったけど、ソフィアもインナーノーツ(私たち)の仲間よ! 見捨てられないわ!」ティムとサニが捲し立てても、アランは頑なに顔を顰め、首を横に振る。


『いいんだ‼︎ ……いいんだ、これで……これが、アイツが、ソフィアが見つけたクリティカルパスなら……』


 アランは、拳を硬く握りしめ、大きな肩を揺らしていた。その震える右の拳の手袋には、薄っすらと桜色の何かが付着していた——



 鮮烈な黄金の世界樹の輝きと、渦巻く光の畝り。無限の彼方へと過ぎ去りゆく調べの中、重なっていた唇の実感がどんどんと薄れていく。


 ……ソフィア……ソフィア⁉︎ ……


 光の渦はソフィアを取り巻き、静かに包み込んでゆく。


 …………これは……ワタシの成すべきこと……そして……この先にも……


 ……待て! ……行くな! オレも一緒に‼︎ ……


 …………貴方はこの世界に……成すべきことを……


 ……ワタシはずっと……貴方のそばに……ずっと一緒よ……


 ……アラン……愛してる……アラン………………


 全てが真っ白な光に溶け込む。何も見えない、何も感じない。無と完全な調和の世界——宇宙の始まりと終わりを漂う中で、微かな声が聞こえてくる。


 …………閉じ込められた猫。さてさて、次に開けた時、果たしてアランは生きてるでしょうか? それともぉ〜? どっ〜〜ちだ?? …………


「‼︎」


『アラーーーン‼︎』カミラの絶叫が遠くに聞こえる。


 しだいに意識がはっきりしてくると、そこはIN-PSID EU支部内、<ノルン>コントロール・コアと呼ばれる場所だと、アランは気づく。彼は、コントロール・コア後方、いつもソフィアが使用している席に、呆然となって座っていた。


 目の前のコンソールモニターに、映像通信が回復してくる。<アマテラス>からのものであろう。いくつかの通信ウインドウに、<ノルン>が、光り輝く光球となりアナザーアース諸共、空間から消滅していく様子、そして、同時にアトランティスがゆっくりと沈んでいくのが見えた。


 ふと、唇にヌルッとした違和感を感じ、握った右手で擦る。手を離して見ると、手袋の縁に薄く照かりのある桜色の何かが付着していた。


「これは……⁉︎」


 ……覚えてないのぉ。血色が良く見えるって〜……


 出発前、そう言って見せつけてきたソフィアの唇の色。ソフィアの口紅の色。


「ソフィア……なぜ……ああっ‼︎」強烈な頭痛と眩暈に襲われ、コンソールに伏せる。何とか顔をあげれば、目の前には、ユグドラシルのフォログラムが眩い光を湛えたまま、聳え立っていた。<ノルン>が失われてなお、ユグドラシルの幹と、枝の一つを黄金の光の筋が貫いている。


 その枝先で、黄金に一際輝く奇妙な枝分かれが、捻り合い、しだいに一つになってゆく様を、アランは、朦朧となる視界の中に見つめていた——



 俯くアランの視界に、右手の手袋に付着した、口紅の色が入り込む。アランは、しばらくその色から目が離せない。


『なぁ、そろそろ聞いていいか……副長』


 通信ウインドウ向こうのティムに声をかけられ、アランはハッとして顔を上げる。


『なんか、俺たちだけ勘違いしてるみたいになってるけどよ。奇妙なのは、あんたの方だぜ。一体どうなってんだよ、ったく』


 ティムは手振りと合わせて顔を顰めている。隣に座る直人も、神妙な面持ちで見つめてくる。


「いいじゃん、副長が無事だっただけでも」ブリッジ後方でサニがボソッという。「そ、そりゃそうだけど……」


「アランは<ノルン>に乗り込んでいた。それは確かなはずなのよ」カミラは、通信ウインドウ向こうのアランをじっと見つめた。サニの言うとおり、アランが無事だったことに、どれだけ安堵したことか……とはいえ、どうしてもわからない。<ノルン>と共に消息を絶ったはずのアランが……一体どうして。


 その疑問に何の答えを得る間もなく、ミッションから一時帰投した<アマテラス>は、必要な補給を終えたのち、蜻蛉返りで<ノルン>の捜索に出ていた。


『ああ。オレにも、なぜかその記憶は……ある……ここにいたはずなのに……ここにいた記憶よりも……ずっと……うっ……』


 アランは思わず頭に手を当てる。何かを思い出そうとすれば、あたかも脳の回路がエラーを起こしているかのように、激しい頭痛が襲ってくる。


『もういいわ、アラン。<アマテラス>の皆さんも……戻ってきてください』


 もう一つの通信ウインドウに現れたハンナは、身を硬くして俯いたまま、僅かに震えた声で言った。


「支部長! ですが!」カミラは喰い下がる。


 EU支部IMCの一同は、皆俯き誰もカミラに答えない。ケンは目頭を押さえ、背を向けた。


 <アマテラス>が捜索に出直してから二時間。ソフィアがうまく脱出ポッドに移っていたとしても、ポッドのPSIバリア限界時間をとうに過ぎている。とても無事とは考えられない。


『できる限りの捜索はしました……ソフィアはもう戻らない……受け入れるしかないわ』


 日本の本部IMC、<イワクラ>の皆も、悲痛な面持ちだ。藤川は、一つ頷いてハンナに同意する。


「……わかりました……帰還します」


 返答するカミラの、アームレストに置かれた硬く握られた拳が小さく震えていた。



 ****


 EU支部IMCの総合モニターから、帰還のため、時空間転移に入った<アマテラス>との通信が消える。落胆、失意……重い空気と咽び泣く声が、IMCを満たしてゆく。


「ハンナ君……私も、そろそろ失礼させてらうよ」ウォーロックはゆっくり立ち上がりながら言った。


「ウォーロック顧問。捜索にも立ち会って頂き、感謝します」「……ソフィアは……残念だった。だが、世界を救ってくれた。我々は、彼女の犠牲を無駄にはできぬ。残されたユグドラシルの解析を急いでくれたまえ」


「はい……」ハンナは、絞り出したような声で返事した。ウォーロックは、IMCの出入り口の方へと足を向ける。


「……あの、顧問?」


「ん、何だね?」呼び止められて、ウォーロックは振り返り、ハンナを見つめる。彼女は視線を合わせない。


「……顧問は知っておられたのですか? ……あの存在を……『運命の輪』と……」


 ハンナのうち震える声に、ウォーロックは表情一つ変わらない。


「『運命の輪』……とは一体…………ソフィアは……ソフィアは、なぜこのような目に! 教えて! 支部長!」悲痛な叫びと共に、身を乗り出してウォーロックに飛びかかりそうなハンナを、ケンが制止する。


 ウォーロックは、俯いて二人に背を向ける。


「……世の中には、知らぬ方が幸せなこともある……だが、これだけは信じてほしい。私は、決して人類を裏切りはしない……悪いようにはせん」そう言い残すと、ウォーロックはもう振り返らず、IMCから退出していった。


「顧問‼︎」


『よそう、ハンナ。顧問にも、話せないこともあろう。我々は今、まだこうして、この世界にいる。文明を失う事なく……これは、ソフィアの意志だ。前を向こう』


「……ええ……わかってる……わかってるわ……」


 通信ウインドウの藤川に背を向けたまま、ハンナはハンカチを目元に当てていた。

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