愛の死 8
アトランティスは、次々と文明の利器である武器を繰り出し、<アマテラス>と<ノルン>に襲いかかる。攻撃の様相は、次第にレールガン、レーザーキャノン、PSI誘導弾……果ては、この時代にもまだ実現されていないような兵器の攻撃も含まれていた。<アマテラス>にも<ノルン>にも、次第にダメージが蓄積する。
「……左舷……後方翼、被弾……誘導パルス放射器……大破……使用不能……機関稼働効率……二十パーセント低下……」アムネリアは、PSI-Linkシステムに上がってくるダメージ情報を読み取りながら、シールドとバリアをコントロールして、ダメージ箇所を保護する。
「そっちはいい! アムネリア、シールドはブリッジと機関部の守りに回して!」「はい」
「PSI誘導弾、第三波‼︎ 収束数八〇!」サニがレーダーに現れた反応に、血相を変える。
「トドメを刺しにきたか⁉︎」ティムは<アマテラス>を向かい来る攻撃へ真正面に向け、<ノルン>を庇う。
「撃ち落とせ!」腕を横に払いながら命じるカミラに直人は、PSIブラスターとトランサーデコイで応じる。
忽ち、火球の一群が正面モニターを覆い尽くす。その光景に、一同が唖然とするも束の間。アラートが鳴り響く。十程の反応が依然、迫ってくる。
「くそ、抜けた‼︎ 亜夢‼︎」
『通さないよ‼︎』
鳳凰の羽ばたきが、熱壁となって遮る。だが反応がやや遅い。
一発は、<アマテラス>の右舷トランサーデコイランチャーを砕き、もう一発は、<ノルン>の船首を火球に包み込む。
「アラン‼︎」被弾した<ノルン>を捉えた上部モニターを見上げ、カミラは叫んでいた。
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「く、スクルド!」被弾の衝撃が、<ノルン>のブリッジを激しく揺らす。立ったままベルザンディと手を繋ぎ、深い瞑想に入ったソフィアを、アランは咄嗟に支えながら叫ぶ。「ダメージコントロール! なんとか、機関だけは!」
『結界弾ジェネレーター、閉鎖。伝導ユニット、パージ。これでしばらくは。ウルズ姉さん、時空間転移は、まだなの⁉︎』
『準備はできている。あとはソフィア次第……』
ウルズとスクルドの視線が、ソフィアに集まる。
「……n n〜n〜〜n〜……」
ソフィアの口から漏れ出す声に気づき、アランは、彼女を背後から支えたまま、その声に聞き耳を立てる。
『何?』『これは……ソフィアの……あの歌……』スクルドとウルズもソフィアの声に気づく。
『えっ、歌? もう、何⁉︎ こんな時に!』
「……こ、この歌は……」アランは、その歌に聞き覚えがある。
『……ええ。トリスタンとイゾルデ……愛の死……貴方との大切な思い出にある歌……』瞑想にあるソフィアに変わって、ベルザンディが答えた。
「愛の……死……ああ、あの……あの歌か。ソフィア……そうか……やはり、お前は……予感していたのか……こうなる事を……俺たちの運めを……」ソフィアを支えていた腕に力が籠り、アランはソフィアを庇うように抱きしめていた。
『……ソフィア……』
ベルザンディはソフィアの歌声に合わせて、データバンクからソフィアが愛聴していた『愛の死』の演奏を再生した。
『こ、こんな時に! ベル姉さんまで!』『いい、スクルド……耳を……いえ……感じてごらんなさい……貴女の感覚回路の全てで……ソフィアの想いが……私達の心にも届いてくる……』『えっ……』
『これは……これが……心……』スクルドの身体が震えだす。
『この歌を感じていれば……行手を見失わない……時空間転移……座標特定……入力』
「いよいよか……今度こそ、さよならだ、皆……カミラ……」
『PSIバリア……パラメーターセット。偏向開始』
****
来たりくる定めの時へ、ストリングスの騒めきがせき立てる。
"見て!"
"感じないの? 見えないの?"
"この調べを聞いているのは ワタシだけなの?"
黄金に輝くユグドラシルの幹から芽吹いた新たな枝は、歌に導かれるように、アナザーアースへと向かって伸びてゆく。
"こんなにも素晴らしく、静かに、
喜びを嘆いて、この宇宙のすべてを語る……"
"おだやかで、なだめながら、ワタシを中から揺さぶり、こだまし、私の周りにまで響き出す、この調べを!"
枝はアナザーアースへと達し、小枝を広げて星を包み込みながら太く光り輝く。それこそ、まさにソフィアの見つけた、クリティカルパス。
音楽の高鳴りと共に、<ノルン>は光と一体となりながら、眩く輝きを増す。
三連符の調べに乗って、寄せては返す波のように歓喜の渦が流れ出し、高らかな悦びの歌を運ぶ。
"おお! さらに明るく 鳴り響くいて‼︎"
"ワタシの周りに打ち寄せるのは、あなた?"
"あなたはやわらかな空の波なの? それとも、沸き立つ歓喜の雲なの?"
法悦に包まれた表情を浮かべたソフィアの瞳が、薄っすらと開いていく。
<ノルン>のうねる波動収束フィールドの中で、アトランティスの攻撃も、もはや届かない。加速時空間全体を巻き込みながら、<ノルン>の時空間転移が始まっている。離脱を試みる<アマテラス>。しかし、その引力に引かれ、推力が上がらない。
"あなたがふくらみ、ワタシを取り囲んだら……ワタシはあなたを吸い込み、耳を澄ませば良いの?"
一層の光芒を放ち、<ノルン>とアナザーアースが、惹かれあう男女の呼吸のように、同調して光を波打ち始めた時。
高まり続けた音楽は、一度呼吸を止めたかのようになって、また静かにさざめき出す。
ソフィアは身体を後ろに捻り、アランの頬へと手を沿わせながら、恍惚とした眼差しでアランの瞳を覗きこむ。
ソフィアはまた、歌を紡ぎ始める。
"それとも、あなたを啜り込んで、沈みこめばいいの?"
"それとも甘い香りの中で、消えてしまえばいいの?"
<ノルン>のブリッジは、穏やかな光の渦に包まれ始める。
<アマテラス>は、<ノルン>の波動収束フィールドの波に揉まれながら、脱出の糸口を見出そうともがく。
<アマテラス>からの乱れる映像を<イワクラ>、EU支部、本部の皆は、固唾を飲んで見守る。
ムサーイドは、立ち上がってEU支部から共有されている映像を覗き込む。ムサーイドの義眼を通して、ミッションを見つめる風辰は、手にした扇子を固く握りしめた。暗がりの夢見堂の一室で、事の動向を霊視する夢見頭は、水瓶の波紋に何かの運命を捉え、その一点をじっと見つめている。
キャプテンシートから飛び降り、通信の届かない<ノルン>に向かって何かを叫んでいるカミラ。よろけるカミラを、サニが咄嗟に支える。
カミラの姿を、ヴァーチャル空間の浮かぶモニターの中に見ている女司祭は、その瞬間、現実世界にある肉体が疼くのを感じていた。
乱流に巻き込まれる<アマテラス>。必死に『火の鳥』を維持する亜夢は、ふとソフィアの気配を感じ取り、顔を上げる。
……大丈夫……
そう言って、何かを伝えて去っていった気がした。
"このうねり来る大きな波の中で、
この鳴り渡る、響きの中で……"
あたりが光と時空の畝りに揺れる、<ノルン>ブリッジ。その中でウルズ、スクルドは母と、ソフィアが思い描く妹のような姿を見せながら光の中へ消え、ソフィアは、後ろへ振り返ったまま静かに目を閉じ、アランを求める。
抱擁し合い口付けを交わす二人。
もはや、言葉も感覚も全てがない混ぜになる中、ソフィアの唇の温かさだけが残る。
すでにソフィアは、実体がどこか別にあるような、まるでヴァーチャルの相手のようだ。その事に気付き、アランは愕然となる。
光の霞が辺りを覆い尽くし、アランとソフィアを隔ててゆくと同時に、どこからともなく黒猫が舞い込む。ソフィアはその猫を抱き上げると、前を向く。
音楽が絶頂を迎え、全てが溶け込んでゆく。光り輝く中に。
"全てを 吹き飛ばす……"
アトランティスを縛っていた『運命の輪』は、アナザーアースとの同期が絶たれた事で、回転に狂いが生じ、噛み合わせがズレたブロックのように、歪み、崩れ落ち始める。
最期の足掻きか、或いは断末魔か? アトランティスから聞こえてくる咆哮が、ブリッジに響き渡るのと、<ノルン>が激しい光球に包まれるのは、ほぼ同時だ。
<ノルン>はアナザーアースと共に、徐々に消え去っていく。同時に、運命の輪から解き放たれたアトランティスはゆっくりと、再び集合無意識領域へと姿を消してゆく。
"世界の息吹の中で、
溺れ、沈み、意識が遠のく"
次元の彼方に、アムネリアは消えゆく調べを感じとっていた。
"この上ない 喜びよ"
<アマテラス>もまた、光の渦に飲み込まれていった。カミラの、アランを呼ぶ絶叫を残して——
星と文明の消えたその宇宙には、ただ静寂だけが残っていた。
お越しいただきありがとうございます。
前編クライマックス、いかがでしたでしょうか?
執筆中、ちょうどワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の演奏に加わり、曲のイメージと今回の話が、リンクしてこのようなクライマックスとなりました。
よかったら、「愛の死」をご視聴しながら、物語の情景を浮かべてみてもらえたらと思います。
https://youtu.be/x7urFZGvfwk?si=p_FDcdwOeA6a6iaW
※ソフィアはイタリア人設定なので、マリア・カラス版で。。
次話からは、前半エピローグと後半への繋ぎの回となります。よろしくお願いします。