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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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愛の死 5

「ようやくか……流石に肝を冷やしたけど……これで『運命の輪』の企ても……終いね」


 女司祭は、形の見えない椅子に、どっかりと腰を落とし、爪を噛む。


 彼女の周辺空間は、所狭しと、<リーベルタース>のワープ機関によって、転送されてくる、あらゆるヴァーチャルネットワークの転送情報に埋め尽くされていた。それでもまだ、地球の余剰次元に構築されたヴァーチャルネット情報の半分程度。『アトランティス』を失った後、『ワールド』の処理能力をもってしても、この『バックアップ』から、どの程度、文明再興できるものなのか——女司祭は気が気ではなかった。


 振り返り、仰ぎ見る黄金の彫像『ワールド』は、先ほどから黙して何も語らない。その全能力を『バックアップ』データ処理に振り分けているのであろう。


 女司祭は、正面中央に浮かぶモニターに向き直る。<アマテラス>ブリッジのキャプテンシートの上で悶絶していた女は、何とか持ち直し、目標への狙いを定めたようだ。


「ふん……あの女……手こずりおって……所詮、『女』か。カミラ・キャリー……」


 すると、次々と立ち現れる転送情報に紛れ、彼女の周囲に、ふと映像が浮かび上がっている。タロットカード、甘く誘う瞳を持つ黒い影、円形の図象、十字架を掲げる司祭、覗き込む少女の瞳——


 女司祭は、頭を抱え蹲る。


「……カミラ……キャリー……カミラ……お前は…………」



 ****


「八……七……六……」


 静まり返った<アマテラス>ブリッジに、カミラのカウントダウンのみが響く。ティムは、目を閉じ、サニは何かに祈るように両手を合わせて俯いていた。亜夢とアムネリアは、カミラを静かに見守っている。


 直人は、左手をPSI-Linkモジュールに翳してシステムにダイレクト接続し、システムが感知する時空間情報を覗き込み、<ノルン>のアランらを救う手立てを模索し続ける。だが、カミラが操作するPSI波動砲の制御にも、片や、<ノルン>のPSI-Linkシステムにも、入り込む余地はない。


 カミラのPSIパルスの流動は、アランの気配を追って真っ直ぐに伸びている。加速時空間の嵐に覆われ、もはや船影を捉えることはできないが、おそらく、そこに<ノルン>はいる。


 ……何だ、あれ? ……


 加速時空間の奔流の狭間に、時折、翼のような影が、見え隠れしていた。それは、苦悶するかのように、奇妙な形に屈伸を繰り返していた。何とかその正体を捉えようと、直人は集中を深めていく。


 ****


『あが……うぅ………な、何だ、何をした……』『やめ……ろ……ソフィ……アァアア!』ソフィアに抱きしめられたウルズとスクルドの身体が痙攣し、声は明らかにもがき苦しみ出している。


 ソフィアはそれに気づいているのか、いないのか……母親のような微笑みを絶やさず、ウルズとスクルドの背中を愛おしそうに撫でていた。


「ガイノイドにも心はある……心あるからこそ……魂が宿る……」


『ああああああ』『がぐぐぐぁ……ぐ……』



 ****


「四……三……………………」カミラは、PSI波動砲発射装置のグリップを握り直す。震え出す右手を左手でしっかりと握り込む。



 目を閉じたままソフィアは、ウルズ、スクルド、ベルザンディをもう一度、強く抱き寄せた。アランは、そのソフィアの背を守るように包み込み、目を閉じる。


「ウルズ、スクルド、ベルちゃん……皆、愛してるよ」「さらばだ……皆……カミラ……」


 本部、EU両IMC、<イワクラ>、そしてミッションを覗き見る者たち。息を呑み目を見張る者、俯き涙する者、呆然と立ち尽くす者——それぞれの想いを胸に、その最後の瞬間を待つ。


「二……うっう……だめ……だめよ、アラン……」


 グリップを握りしめたまま、カミラは俯き、身悶える。目を塞ぎ、視覚の情報が遮断された瞬間——


 閉ざされた闇の中に、浮かび上がる『ⅩⅤ』の文字。逆五芒星。ヤギのツノを持ち、背にはコウモリの羽を広げた悪魔の瞳が、カミラを真っ直ぐに見つめてくる。


「えっ……⁉︎」


 悪魔の足元を見やれば、鎖で繋がれた、見つめ合う裸の男女。


 ……アラン……ソ……ソフィア……なの……


 間違いない。それはアランとソフィアだ。    


 悪魔の両眼が赤黒い光を放つと、アランとソフィアは動き出し、鎖の導きのまま、互いの距離を縮めていく。赤黒い光は一面に広がる燃え盛る炎と化し、悪魔はゆっくりとその中に溶け込んでいった。


 燃え盛る炎の中、二人は、情欲のまま、溶け合うかのように抱擁し、唇を重ねる。その二人の頭にも、捻じ曲がった角が現れ、尾骨のあたりから、黒く長い尻尾が伸び出す。


 …………そんな…………


 欲望のままに、アランを求めるソフィア。  


「い、いや! やめて‼︎」突然上がる悲鳴に<アマテラス>の一同は振り向く。カミラはグリップから手を離し、髪をかき上げて悶絶している。


 PSI-Linkモジュールから手を離したにも関わらず、幻影は、カミラの心象世界で、より鮮明に浮かび上がっていた。歓喜と快楽に耽る『その女』とは対照的に、アランは涼やかな笑みで女がしたいようにさせている。


「アランから離れて! ……もうやめて‼︎」「た……隊長⁉︎」「しっかりして‼︎」ティムとサニの呼び声も届かず、カミラは、美しいブロンドをくしゃくしゃに握りしめ、頭を振っている。


 カミラにだけ見えているアランは、ゆっくりと不自然に首を曲げ、カミラを真っ直ぐ見つめた。


 ……‼︎ ……


 何者をも虜にし、飲み込んでしまうような、怪しく黄色に光る瞳。その瞳の色をカミラは、知っている。戦慄が走り、カミラは全身を震わせ、大きく目を見開いた。


「お……お前は‼︎」


 …………ふふ、ふふふ…………


 ……やっと気づいてくれたね……カミラ……


 ……ボクだよ……ボォ〜〜ク……ボクの……かわいい……カミラ……



 ****


『メモリー……制御……暴走……ぅががが』『やめ……ニンゲ……ソフィ……がが……ピィ……ギギ……』


 ウルズとスクルドのボディの熱は上昇し続け、ソフィアは堪らず二体のガイノイドを手放す。二体は、よろけながら後退り、奇妙なダンスを踊るかのようにもがき、床に崩れ落ちた。


「ウルズ⁉︎ スクルド⁉︎」駆け寄ろうとするソフィアを、何かを感知したのか、ベルザンディが引き止める。


 床上でもがいていたウルズとウルズは、不自然な体勢のまま、固まり動作を止めた。保護機能が熱暴走を感知し、強制シャットダウンが作動したのだ。



 ****


 アランの姿をした、黄色の瞳をもつその者は、ぬくっと身体を起こしながら、女の身体を両腕で締め付ける。苦痛と歓喜の咆哮をあげる女を、自らの身体に融合させていくと、どす黒く燃え盛る炎を纏いながら、ぬらりと立ち上がる。


 両性具有の悪魔の姿を顕したその者が、カミラに語りかけてくる。顔半分にソフィアの顔を取り込んだ、アランの顔で。


 ………忘れたかい? ボクは滅ばぬと……いつでも『キミのそばにいる』と……言ったろう? ……


「……そんな……まさか……」


 カミラは胸元を探り、震える手で、ジャケットに潜ませた何かを握りしめた。


 ……どうした? ……さぁ、撃ちなよ……


 甘く艶めかしい、やや高めの男の声が、カミラの胸の奥を締め付ける。


 ……絶好の、『復讐の機会』だろ? ……さぁ‼︎ ……くくく……ふははははは! ……


「……ア……アラン……まさか……あ、貴方が……」


 震えながらカミラが、再びPSI波動砲発射装置のグリップに手をかけた、その時。


「あれは⁉︎」「どうなってる⁉︎」サニとティムが同時に声を上げた。その声にハッとなって、カミラが正面モニターに視線を戻すと、加速時空間の渦の中から、翼のようなものが伸び出している。


 PSI-Linkシステムにダイレクト接続したままの直人は、その一部始終を捉えていた——


 直人が、何とか掴み取った<ノルン>の船影。その左舷、及び右舷の機関部球形部位に立つ光の柱から、翼のようなものが浮き出てくる。


 翼が苦しげに広がりきると、続いて背中、肩、頭部と人のような形が<ノルン>から浮き上がってきた。


 ……コイツらが、<ノルン>を乗っ取ったヤツらの正体⁉︎ ……


 直人は、PSI-Linkモジュールに置いた左手を強く握りしめていた。

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