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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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愛の死 4

 通信ウインドウの先で、カミラは、PSI-Linkから心象イメージに雪崩れ込む、フィールド情報のフィードバックに何とか耐えながら、ターゲットスコープに<ノルン>の像を絞り込み、目を見開く。


「カミラ……何でこんな……」<イワクラ>で、ミッションを見守っていたアイリーンは、堪らず涙ぐむ。隣に座る齋藤は、アイリーンは俯き、隊長、如月は仁王立ちのまま、鬼瓦のような顔を強張らせていた。


『機関限界まで、あと十三分。さあ、どうする? カミラ』『それまで、せいぜい苦しみ、もがくがいい。生命であるがゆえに抱えた、この上ない不合理なバグに……』


「バグなんかじゃ……ないよ」「ソフィア?」


 ウルズとスクルドが振り返れば、ソフィアは二体のすぐ後ろに立っている。ソフィアは、微笑みながらウルズに寄ると、その腰に腕を回し、そっと抱き寄せた。


『……なんのつもりだ?』ソフィアの行動を、何の抵抗もなく受け入れしまうウルズ。


『離れぬか』スクルドは、引き離そうとソフィアに手を伸ばすが、ソフィアは、そのスクルドの肩をも抱き寄せる。


「あったかい。ふふ……」そう微笑むソフィアをスクルドもまた、自ずと受け入れていた。


『ただの排熱だ』 にべもなく、スクルドは言う。


「そうかもしれない……でもね、ワタシには大切な温もり……ウルズ、スクルド……貴女達も、ワタシにとっては大切な家族」


 ウルズとスクルドは、表情こそ変えないが、ソフィアの一人語りを不思議と、聞き入れていた。


「あの地震で……ワタシ一人だけ、取り残された。もう、一人残されたくない。……最期くらい……こうしてても、いいでしょ?」


『……』スクルドは、ウルズを窺い見る。『……良かろう。好きにせよ』


 ウルズの返答に微笑み返し、ソフィアは後ろを振り向く。


「ベルちゃん、アランもこっちに」


 ****


「機関昇圧正常、船首、共振……フィールド……うっく……あっ……」カミラの身体のブレが、発射装置による船体姿勢制御を乱し、船体が揺れる。ターゲットスコープと連動して、正面モニターに浮かぶ照準が、何度も<ノルン>から大きく外れる。


「わからない……PSIパルスが……」


 PSI波動砲は、ターゲットとの高次元域でのPSIパルス同調が要求され、砲手の意識活動は、自ずと深層無意識域まで拡張される。船の周辺時空も入り混じるインナースペースの不確定な情報の海に身を投じ、その中から目標のPSIパルスを掴み取るのは、PSI-Linkシステムのサポートがあるとはいえ、訓練されたインナーノーツにとっても至難の業。そのサポートの調整は、これまで経験を積んだ直人に合わせて調整されている上に、<ノルン>の作り出す加速時空間という悪条件。カミラの意識は、すっかり掻き乱されている。


「隊長! いい、オレが! オレがやるから!」


 朦朧としだすカミラを見兼ね、直人は、自席のPSI波動砲システムを立ち上げようとする。しかし、システムは、カミラによってロックされていた。


「ダメ……これは……私が……アラン……どこ、どこなの?」


 ****


 非常灯に赤く照らされる<ノルン>のブリッジで、退避勧告だけが無機質に繰り返されている。


 ソフィアは、ベルザンディを中心に、三体のガイノイドを包み込むように抱き寄せる。まるで、我が子らを抱く母親のようだと思いながら、アランはソフィアの後ろに立ち、その肩にそっと手を添えた。


「覚えてる? ウルズ」安らいだ微笑みを浮かべ、軽く目を閉じて、ソフィアは語り始める。


「貴女は三人の中で一番最初に完成したガイノイド。AIの思考制御は問題なかったけど……動作制御の学習は、ホント苦労したのよ。二人三脚で所内歩き回って……海岸でランニング特訓とか……色々やったね」


 その時、冷却ファンが小さな音と共に回り始めていた事に、ウルズ自身気づいていない。


『まあ、お姉様。そんなご苦労を』「うん、貴女達は、ウルズの学習コピーもらったから、マスターも早かったけど」『……そんな……ことは……もう不要な……うっ…………』


 ウルズの背をソフィアは優しく撫でながら、目をそっと開き、スクルドの顔を見、何かを思い出して、ふふっと笑みを溢す。


「スクルドは、人格プログラムをボディにインストールしても、なかなか動かなくてさ。ふふ……やっと起動できた瞬間、『遅い!』だって。こっちも大変だったんだよ」


『あ、あれは! だってソフィアが……は⁉︎』人形のような顔が崩れ、スクルドは頬に手を当て目を丸めている。


「色々あったけど……ここまで、一緒にこれて、ワタシ、楽しかった。貴女達と……」もう一度、ソフィアは、三()をしっかりと抱き寄せた。


 高まる機体温度、冷却ファンの高速回転音。メモリーファイルが勝手に開放され、それが電気信号となって、ウルズとスクルドの全身を駆け巡る。


『……な、なんだ……』『メモリーの暴走⁉︎ バカな……』スクルドとウルズの、瞳の赤い輝きが明滅し、指や機体各所の関節が、奇妙な動きを始める。


 ソフィアは構わず、ベルザンディに語りかけていた。


「ベルちゃん……ずっと、支えてくれて、ありがと……アランがそばに居てくれてるみたいで……ワタシ」『ソフィア……』


 ベルザンディの共感回路の稼働が高まる。すると、三体の頭部コミュニケーション・ギアが共鳴して光り輝き始めた。


「これは⁉︎」ベルザンディの『共感』がウルズ・スクルドに伝播しているのだ。人と同じように。


『や、やめろ……ソフィア……ボディの排熱が追いつかない……』『あ、熱い! 回路を制御できん』


 アランは悟る。ベルザンディの共感回路は、決して不完全だったのではない。おそらく、コレを恐れていたのだ。ウルズとスクルドを今、支配している者達は。


「大丈夫……それが感情……それが、心よ」


 ウルズ、スクルドは、顔を歪め怯えているかのようだ。ソフィアは、二人の首に腕を回し、後頭部を撫でて宥めている。その隙に、アランはベルザンディの手をとり、共感回路を通して自身のPSIパルスを通信に乗せていく。


 ……カミラ、オレだ! ……


「アラン⁉︎」


 カミラの胸の裡にアランの声が、湧き上がってくるのを感じ取る。


 ……カミラ、オレを見ろ! オレだけを! ……


 カミラは目を閉じ、アランの声を追う。次第に、心象の中で<ノルン>浮かび上がってくる。


 ……オレを見ろ! カミラ‼︎ ……


 次に響いたアランの声は、何故か幼く聞こえた。同時に浮かび上がる、周辺に燃え広がる紅蓮の炎。どこかの部屋。焼け落ちる調度品、家具、机とその上に並べられたタロットカード……フラッシュバックする十字の影——


 ハッとなってカミラが目を見開いた時、ターゲットスコープの中央に<ノルン>が収まり、照準が整う。


「アラン! ……くっ! PSI波動砲……発射十秒前‼︎」


 ……そうだ……それでいい……


 カミラは、アランがそう、呟いたような気がした。

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