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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第一章 久遠なる記憶
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混淆 4

「お見事。民主化体制に下ったとはいえ、反体制側を粛清してきた伝統と技は、受け継がれているご様子」コントロールセンターの制圧状況を、同軍病院の医院長室にて、モニターを通して確認した煌玲(おうれい)は、不敵な笑みを浮かべながら、流暢な北京語で言った。

 

「ふん、人聞きの悪い事を。我ら『真中華解放戦線』は、叛逆者どもをこの国から締め出し、強き中華を取り戻す。軍内の我が同志達は、そのための努力は惜しまんのだよ」

 

 そう口にするのは、煌玲の対面のソファーに腰掛けた、齢、七十手前ほどの恰幅の良い老紳士。この軍病院の医院長を務める男である。部屋の入り口には、彼の身の警護のためか、肩に自動小銃をかけた兵士が二人立っている。

 

「良い心掛けです」微笑みながら煌玲は、出されたコーヒーを啜った。

 

「さて、ここまではそちらのシナリオどおり協力させて頂いた。この後はどうするおつもりで?」

 

「ふふ」コーヒーカップを持ったまま、煌玲は窓際に立ち眼下を見下ろす。雲の殆ど見えない青空の下、青々と茂った樹木で囲われた広大な敷地を、来院の車が埋め尽くしている。

 

 幅広くとられた歩行者通行帯は、多数の人が行き交う。平時は民間にも解放されており、中国圏最先端医療を担うこの軍病院には、この地区の一大医療センターとしても機能していた。

 

「ここからの景色は格別ですなぁ」

 

 煌玲は、眼下を見つめる目を細め、医院長に語りかける。

 

「……貴方も、この椅子は手放したくないでしょう?」

 

 医院長席の椅子に手をかけ、静かに微笑む煌玲。入り口の兵士が俄に色めき立ち、肩の銃を構える。

 

 医院長は、手を上げて兵たちに銃を降ろさせると、コーヒーを一口飲み込んだ。

 

「……あの御仁のやり口は、心得ている。我らとしては、あのIN-PSIDのシステムの全容を知り、手中にできればそれで良い……あなた方に、任せて良いのだな?」

 

 医院長は、窓際の煌玲を見遣る。煌玲は「無論です」とだけ、答え、窓際から戻る。コントロールセンターとつながったままのモニターに向かって、声をかけた。

 

焔凱(えんがい)、状況を報告せよ」

 

『状況も何も……こんな感じだ』モニターに現れた、タイトな潜入服からもわかる、がっちりとした筋肉質の中年男、焔凱は、答えながらカメラを切り替える。

 

 切り替わった映像は、兵士らに囲まれ、無気力に脱力したまま、左右の腕を上げ下げする、この場のスタッフらの姿を映し出す。

 

『さ、もう一回練習だぜ』スタッフらの前で、焔凱と同じ潜入服姿の若者が、嬉々として声を上げていた。

 

『右ぃ手あげてぇ〜、左手あぁげない〜〜。左手あぁげないで、右さぁげる。きゃははは、おもしれ〜こいつら』『遊ぶな、熾恩!』

 

 煌玲は、溜め息を一つ漏らすと口を開いた。

 

「よろしい。突入させた軍の部隊は、そのままそいつらの監視と、周辺警戒にあたらせろ」

 

 煌玲の命に従って、熾恩、焔凱、飛煽が動き出そうとしたその時、コントロールブースに通信音声が鳴り響く。

 

『……こちらIN-PSID China、IMC。こちらIN-PSID』

 

「応答しろ」焔凱は、意識の自由を奪ったIN-PSIDスタッフリーダーを促し、通信に返答させる。

 

「……はい」『そちらの集合PSIパルスに、微量変動が出ている。すぐに対処を』「……」

 

 飛煽、熾恩、その場を抑える兵士らは、息を潜めて様子を窺う。

 

『どうかしたか? ……対処は……』「……了解した」

 

 スタッフリーダーは、淡々とすべき作業をこなしている。意識の自由が奪われているとはいえ、作業記憶は働くのだ。

 

「問題……ない」『りょ……了解。確認した。引き続き容態監視を頼む』「……わかった……」

 

 終始、淡々と作業にあたるスタッフリーダーは、焔凱、飛煽、熾恩ら『火雀衆』や兵士達の存在がすっぽりと欠落しているかのように、自分の作業をただ淡々とこなす。

 

「くくく、上出来、上出来」

 

 操り人形と化した彼らの姿に、焔凱は、ほくそ笑むばかりだった。

 


****

 

『ええ、そう……引き続きモニタリングしてちょうだい』

 

「容支部長?」モニター越しに、オペレーターとやりとりを交わしている容の様子に、藤川は目を細めていた。

 

 容は二、三、彼女の部下に言付けると、まだ体中から噴き出してくる、汗のような水をタオルで吸い取りながら向き直る。

 

『失礼しました。ミッション参加拠点の一つ、北京の軍病院のグループなのですが、ミッション開始前から、集合PSIパルスにノイズのようなものが時々入り込んでいて……』「ノイズ?」

 

『小さなものです。ミッションに支障をきたすレベルではありませんが……』

 

「軍の病院だけに……気になるな」

 

『はい、我々もIN-PSIDの基本方針に沿って、軍とはなるべく距離をとってきたのですが、あそこは例の中東PSI戦争に派兵され、その後遺症を抱えた、我が国の兵士も多く……』

 

 そうした背景から、軍病院側は、IN-PSID China発足当初から、IN-PSIDの先進医療の提供を強く求めて来ていたらしい。人道的な観点から、今回の参加を認めたと言う。政府からの要請もあったようだ。

 

『……まあ、今はとにかく<天仙娘娘>です。早く彼女達を救出しないと……』身体にじわじわと噴き出す水が、止まらないようだ。それに伴って、体力も徐々に奪われているのだろう、再び椅子に腰掛け、項垂れている。

 

「大丈夫か?」東は案じて声をかける。『え、えぇ……最後まで、ここで立ち会わさせてください』

 

 容の瞳だけは、強い意志を保っている。藤川も東も、それ以上、声をかけようとはしなかった。

 


****


『よし、焔凱。例の患者は特定出来ているな』「ああ」

 

 コントロールブースのコンソールモニターに、とある男のカルテが浮かび上がっている。写真からすると、中国軍の一兵士であろう。刈り上げられた頭、頬は痩せこけ、目はやや眼窩に落ち込み窪んでいる。その写真の青年は、この世の全てを諦めた虚ろな瞳で、焔凱を見つめていた。

 

『装置の方は?』『こっちも〜、ばっちりぃ〜〜よ』飛煽は、既に持ち込んだ機材をコントロールブースの外部接続端子に接続し、セットアップを終えていた。

 

 飛煽がスイッチを入れると、機材上部が展開し、緑色の光を湛えた、半球体の思念感応モジュールが顕になる。

 

「この受信部を狙って念を送れば、脳にマイクロチップ埋めこんだ、あの患者の意識に潜り込めるってか」興味津々に覗き込みながら、熾恩は言う。

 

「けぇどよ〜〜、あの神子の宿り船、こっちのシステムから〜〜外れちまってるみてぇじゃぁん?」飛煽は斜視の瞳を行ったり来たりさせながら「ど〜〜うすんのよ?」と仲間に問う。

 

 今回のミッション開始以降、火雀衆はミッションの経緯を密かに監視していた。現在、<アマテラス>が、<天仙娘娘>を中核とした集団インナーミッションから離れ、単独行動をしていることは皆承知している。

 

「戻ってくるさ、ヤツは。必ずな」焔凱は、なんの疑いもなく言い放った。

 

「ああ!」熾恩は、自らの掌に拳を打ちつけ、自らを鼓舞する。

 

「今度こそ、アイツらぶっ殺して……‼︎ なっなな……んぐ……んぐ」「殺しちゃだぁ〜〜め」昂る熾恩の口を、いつのまにか背後に回った飛煽の手が、強引に塞いでいる。容赦なく飛煽は、口だけでなく鼻まで塞ぎにかかる。熾恩は、腕をバタつかせているが、飛煽はお構いなしだ。

 

「そうだぞ、熾恩。『風辰翁』の命を忘れるな」顔が赤らんでくる熾恩を諭すように、焔凱は言う。

 

『我々の任務は、あの船に異変無き限り、監視に徹っせよとの(おう)の意向だ。いいな、熾恩!』

 

 さらに赤らんでくる熾恩の顔を気にかける風もなく、火雀衆隊長、煌玲も淡々と告げた。

 

 いよいよ息が詰まりかけ、熾恩が振り向き飛煽に殴りかかろうとするやいなや、飛煽はさっと手を離し、後方へ退く。熾恩の拳が豪快に空振りするのを、飛煽はケタケタと笑いながら見物していた。

 

「はぁ……はぁ……チッ! ……わかってるっ……て」熾恩は、振るった拳に中指を立て、飛煽に抗議した。

 

「ったく、じっちゃん。いっつも回りくどいんだっつうの」

 

「けど……」熾恩の脳裏に、尼僧の冷徹な眼差しが浮かび上がる。

 

 ……風辰翁はああおっしゃるが、『異界船』は、太古の神々の眠りを妨げ、いずれこの世の秩序を破壊する……その兆候あらば、神子を奪い、異界船は沈めよ……熾恩、お前だけが頼りじゃ……

 

 彼ら『火雀衆』が属する日本の奥の院、『御所』。そこで権勢を振るう風辰翁に付き従う尼僧、『夢見頭』は、中国に立つ直前の熾恩一人を呼び止め、そう告げたのだった。

 

 あの"オバさん"は、なぜ自分だけに、そう言ってきかせたのか、目的は何なのか? 疑問がないわけでは無い。しかし、彼女の明確な言葉は、今、この滾る炎の如き若者に、明瞭な目的を与えるに十分であった。

 

「なんかあったら、遠慮なく行かせてもらうぜ」

 

 熾恩の口角が、ひっそりと持ち上がるのを、彼の仲間は誰一人気づいていなかった。

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