叛逆 4
「音……音声変換されている? 時計?」
音声変換は、PSIパルスをオート解析し、音で表現できる場合は、それを近い意味合いの音声で出力する。直人は、それが、アナログ時計の針が時を刻む音だと気づく。
「発振元特定! あのリングの回転が、この音を刻んでいるんだわ」「おい、見ろ!」サニの報告に重ねて、ティムが何かに気づいて、天井モニターを指さしていた。
モニターに映し出された銀色の惑星『アナザーアース』がゆっくりと自転を始める。
「音に合わせて、動いているようね」カミラが言うように、時計を刻む音に続いて、コマ送りの様な不自然な動きをみせている。
『運命の律動と、星の鼓動……互いが重なる時……アトランティスは転送される』フォログラムのままのアムネリアが星を見上げて呟く。
「それは?」カミラは聞き返した。
『今、あの船を支配する者が、そのように……』ブリッジの皆は、息を呑む。
「……まずいわね……アムネリア、この時空の時間軸パラメータで、リングの周期と、あの星の運動周期が一致するまでの予測時間を算出できる?」カミラに頷いたアムネリアは、ふっとフォログラムから姿を消す。同時に、副長席の亜夢の身体が、大きく退けぞっていた。
『わっ⁉︎ えっ⁉︎』戸惑う亜夢の声と共に、ブリッジ中央のフォログラムが仄かに赤く色づき、再び人影を作り出す一方で、副長席の亜夢の身体がゆっくりと姿勢を戻している。
『もぉ〜〜‼︎』肉体を追い出され、フォログラムに封じられた亜夢が抗議の叫びをあげるも、アムネリアは構うことなく、PSI-Linkモジュールを通して、副長席の解析アルゴリズムへとイメージを流し込む。
「……感じ取ったままを……転写します……」
アムネリアの声と同期して、アナザーアースを映し出すモニターに、カウントダウンの表示が現れた。
「あと四〇分……」そこから刻一刻と減っていく残り時間を、カミラは歯噛みして睨みつける。
「くそ! このまま何もできないのかよ!」「アラン達に賭けるしかない……」苛立つティムを諭しながら、カミラは自分に言い聞かせていた。
……アラン……お願い……アラン…………
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草の香り……花の香り……大地と空……可愛い動物たち……大木の幹に抱かれた女にとって、それが世界の全てだった。
何も求める必要はない……時折、男が運んでくる何かを口にし、ただ、眠り続けるだけでいい。
ただ、世界の一つとして在れば、それでいい。全てが満たされた、そこは楽園——
…… ! ……
耳にそよぐ風が、女の眠りを揺さぶる。
……? ……
風に誘われて、少しだけ外界を覗いてみる。微睡みながらも女は、その瞬間、大木の中にあって、どこか異質な部位を感じてしまう。
……な……に……これ……
感覚はどんどん広がっていく。忘れかけていた自我が、手の、足の身体の形を次第に取り戻していくようだ。
……わ……たし……
手足の自由は効かない。四肢は大木の幹に絡み取られている。それを不思議そうに見つめながら、次第に女は、それまで一つだと感じていた大木と、自分は異なる存在なのだと、感じてくる。
…… ‼︎ ……
また、何かの声が聞こえてくる。
…………わたしを……呼ぶのは誰? ……
………そ……ふぃ……うーん、何……それ……
……風さんが、からかっているのね……
…………ダメよ、この木の実は……たとえ風さんでも………
一陣の風が、吹き付ける。巻き上がる草と花弁に混じって、何かの音が僅かに聞こえてくる。苦しげに呻き、嘆くかのような音——
…… ‼︎ ……
……だからぁ……なんで、そんなに呼ぶの……わたしはぁ……
音は次第に、意味のある旋律となっていく。繰り返される不安定で解決されない減五短七の和音の響きが、この安定と調和に満たされた楽園に埋もれていた、不安の影をもたらす。
……わたしは…………
半音階の上行を繰り返し、緊迫していく音楽。
……私は……
張り詰めた弦が切れんばかりの、弦楽器の打ち鳴らすピッチィカートが弾ける。
……そう…………私は、イゾルデ……
女が、自身をそう認識したのと同時に、楽園は様相を一変させた。一瞬にして、あたりは薄暗い木造船の船室——歌劇場の大舞台に造形された、大掛かりなセットだ。
……ソフィ…………イゾルデお嬢様……
自分を呼ぶ声がはっきりと聞こえ、女は寝椅子に横たえた身体をゆっくりと起こす。いつの間にか、四肢の自由は戻り、刺繍が施された青のドレスを着ている。
女はハッとなって、暗い客席を見渡す。そこに居るのが誰なのか……誰一人、わからないまま、音楽と共に物語は進んでゆく。
……私はイゾルデ……私を呼ぶのは、あなた? ……
女の口は、自ずと言葉を紡ぎ、歌となって流れ出す。女は今、まさにイゾルデだった。
……あなたは…………ブランゲーネ……
スポットライトが移った先に、少女が一人。
美しい銀髪の前髪やサイドを特徴的に切り揃えた、均整の取れた美しい少女だ。イゾルデより控えめなグレーのドレスを靡かせ、駆け寄ってイゾルデの手をとる。
……ええ、私はブランゲーネ……あなた様の忠実な侍女……ブランゲーネ……
スポットライトは、船の甲板へとあたる。黒いローブを羽織り、腰に剣を下げた騎士が、風を孕む帆を見上げている。
……あのお方は……
…………どなたの事でしょう? ……
……あの……勇者ですよ……
イゾルデは、その大柄な騎士から目が離せない。
…………私の眼差しから……目を背け続けるあのお方…………ブランゲーネ……貴女には、どう思えて?
……トリスタン様のことをおっしゃていますか? ……
…………トリスタン……? ……え、ええ……トリス? ……タン? ……
……あの人は……そうできる時ですら、私に近づくことをためらう……
……ここ最近……わかってる……音楽に乗らない呟きが、女の口からふと、溢れていた。
……君主のため手に入れた花嫁は、まるで屍のよう……そうよ……
……だって、いつもそうやって、黙って自分の仕事だけ……呟きが、また一つ。
……貴女には暗すぎるかしら? こんな話は? ……
……お嬢様? ……
……私には、何も言わないけど……わかってる……
ふと見上げた客席に、淡いピンクのワンピースの女性が浮かび上がる。隣には、大柄な男性が座っているようだ。二人とも影が濃く、それ以上は見えない。
…………私に……告げるべきことがあるのよ……あの人には……
客席の女性が、ふと顎を持ち上げ、隣に座る男性を一瞥し、すぐにこちらの方へ向き直ったように見えた。男の方は、全く気づいていない。
……ブランゲーネ! ……
女はイゾルデに戻り、かしこまる忠実な侍女に、胸の辺りのざわつきを歌に乗せて吐き出した。
……あの人に聞いてみなさい! ……私に近づいて、話すべきことを話す勇気があるのかと‼︎ ……さあ、行って命じるのよ! あの男に! ……ここに来て、貴方の話を、包み隠さず、話すようにと‼︎ ……