混淆 3
「波動収束フィールドさらに反応収束! 高エネルギー場らしきものが形成されて……これは……まさか、時空間転移⁉︎」サニは、レーダーにかじりついたまま報告を挙げる。
「時空間転移ですって⁉︎ アラン、解析は⁉︎」
「輻射スペクトル計測……パターン、データベース識別、特定した」
「まさか⁉︎」「ああ、さっきのPSIボルテックスだ!」
「ティム、反転……」カミラは、眉尻を吊り上げて命じる。だが、それをアランが制した。
「いや、待て! 微弱だが……これは?」
『……碧き小舟……渦の流れのその先に……』
アランの説明を待たず、アムネリアが口を開いた。
「突入しよう、隊長!」
「おい、ナオ! 冗談じゃないぜ! オレたちも<天仙>の二の舞だぞ!」
ボルテックスの作り出す、空間変動に抗い、何とか船を留めながら、ティムは声を張り上げた。
「行かなきゃ、助けられない」「けどヨォ!」
「ん?……ボルテックスとこちらの宙域の同調によって、回廊状のホールを形成しつつある。このホールは何とか航行できそうだ」まるで渦潮ような、空間変異場の解析画像をメインモニターに出しながら、アランは説明した。
「つまり、このホールを辿っていけば<天仙娘娘>に辿り着けるかもしれない、か」
「ああ。だが、ボルテックスとこちらの宇宙、つまり対象者の魂の同調がこのまま進んだ場合、肉体はPSIボルテックスのエネルギーには耐えられないどころか……」「現象化したらPSIDを引き起こしかねない」直人は、モニターを睨め付けながら、アランの言葉をつなぐ。
「そうなる前に<天仙娘娘>を見つけ出し、このPSIボルテックスとの同調も何とかしなきゃってことね」
「そういう事だ。カミラ。同調の確率的時間軸収束プロットから、対象者の耐久可能時間は……約三時間」
「たった三時間⁉︎」サニが、抗議するかのような口調で反応する。「いっつもギリギリなのね! ウチらのミッション」震える操縦桿を押さえつけながら、ティムはボヤく。
「いいわ、やれる事をやるだけ。迷っている時間が惜しい」カミラは、決断する。
『<アマテラス>より、IMC! これより、ホールへの突入を敢行します!』
揺れ動くモニター映像の中で、カミラははっきりとした口調で告げた。
「了解した! <天仙娘娘>を見つけ次第、データリンク回復を急げ。PSIボルテックスの解消も、<天仙娘娘>の協力なければ難しい」
高リスクである事は確かだ。だが、藤川は迷いなく彼らの判断を支持する。
「カミラ! 多元量子マーカー、置いていけよ」アルベルトがモニターの脇から顔を覗かせて言った。
『はい! 多元量子マーカーを回廊縁辺に打ち込みつつ<天仙娘娘>の反応を追跡する』
「<アマテラス>の皆さん、気をつけて」もう一度、立ち上がった容は、モニターの<アマテラス>チーム皆の顔をしっかりと見据え、伝えた。カミラは、頷いて答えると、正面の変異場ホールを睨み、口を開いた。
「機関全速! <アマテラス>、発進」
<アマテラス>の後方メインノズルが力強い推力を与え、船は闇の深淵へと針路をとる。
****
「IN-PSIDからの指示は?」「いえ、まだありません」
北京郊外に創設された、中国圏民主防衛軍立病院の一区画は、IN-PSID Chinaと技術連携したPSIシンドローム特殊医療部とされ、<天仙娘娘>や、それに続く予定の量産PSIクラフトによる集団インナーミッション対象者受け入れセンターとして稼働を始めている。今回の<天仙娘娘>によるスタートミッションにも、他の同様設備を持つ医療機関と共に参画していた。
IN-PSID Chinaから派遣された技術スタッフと、現地病院で今後、正式にインナーミッションのオペレーターとなる予定の医師ら二十名ほどが、インナーミッションの行方を見守っていた。
「患者らの生命活動維持を指示されたまま、一時間経つが……あれっきりなんの音沙汰もない。ミッションの状況はどうなっているんだ?」中年のIN-PSID派遣スタッフリーダーは、焦りの色を滲ませながら、コントロールブースの窓から眼下を見下ろす。
窓越しに、棺のようなミッション対象者収容カプセルが、三十基ほど同心円形に並んでいる。IN-PSID China附属病院の施設と、基本的に同じ作りである。ここでは八人の患者が、ミッション対象者に選ばれていた。
「<天仙娘娘>はまだ……」「いや、もうダメなのかもしれんぞ」技師や、医師らは浮ついている。
<天仙娘娘>が行方不明になっている事は、ミッションに参画している各医療機関に既に通達済みだ。(なお、先進テクノロジーであるPSIクラフトに関する必要な情報も、今回のミッション協力機関に対しては開示している)
「バカ言うな……それなら……」窓の方を向いたままのリーダーが呟いていると、いつのまにか、先程までの会話が途絶えている事に気づき、振り返った。
十名ばかりの潜入服に身を包んだ、軍の小部隊が銃を向けて取り囲んでいる。スタッフらは取り押さえられ、声を発する間もなく、赤い光を発する何かの装置——おそらく、瞬間的な強暗示効果をもたらす、催眠導入装置であろう——によって、既に意識の自由を奪われていた。
「な、なんだ? 君たちは? こ、このエリアは現在、我々IN-PSID Chinaの監督下にある! 軍も、病院側も了解済みだ! 勝手に立ち入ることは……」スタッフリーダーの男は、抵抗を試みる。
「はいはい、そこまでよっと」取り囲む潜入部隊の合間から、斜視の男がにゅっと捩り出た。その男の両目が、勢いよく中央に寄った瞬間、スタッフリーダーの男は、その赤茶けた瞳が、まるで額の裡側に刻印されるような感覚を覚える。彼の意識は急速に遠のき、その場に膝から崩れた。
斜視の男の名は飛煽。仕事をあっさりと片付けた彼は、天井のモニターを見上げ、その先に向かって親指を立てて見せた。