表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
178/256

文明イデア 4

 ユグドラシルは、バベルの塔と一体となり、<アマテラス>の波動収束フィールドの領域を優に超えて、枝葉を更に伸ばし始める。


『<ノルン>緊急コード、全て拒絶! コントロール・コアの制御も受け付けません!』


 通信ウィンドウの中で、EU支部IMCスタッフらは、緊急事態マニュアルに沿って慌ただしく動いている。苛立ちと焦りの声が次第に膨れ上がっていた。その中で、ケンはキーボードを広げ、精密加工機械のように指を駆け巡らせる。支部内の<ノルン>コントロール・コアはまだ、<ノルン>との連携が切れていない。これを利用して、<ノルン>制御システムをハッキングするつもりだ。


『くっ! 相手はただのAIだろう‼︎ ケン! どうだ⁉︎』同じように<イワクラ>ブリッジでハッキング作業にあたるアルベルトが怒鳴る。


『簡単に言うな、親父! そのAIだから苦労してんだろうが! マニュアルのハッキングなんぞ、どだい、無理な……』『はぁ⁉︎ じゃ、他に方法があるんか⁉︎』手を動かしたまま、ケンは苦虫を噛み潰したような顔で、アルベルトを睨みつけた。


『ごちゃごちゃうるせえ! ……ちっ、またやられた! こっちもダメか。次、かかるぞ、親父!』『ああ!』



「ソフィア! アラン! 返事をして!」カミラの呼びかけに、二人が意識を取り戻す気配はない。


「……うっ‼︎ ……」副長席で瞑目し、PSI-Linkシステムに意識を集中させていたアムネリアは、身体を庇うようにして、顔を顰めている。


「アムネリア⁉︎」


 アムネリアは瞳をそっと開く。


「…… あの船の守りは堅牢……そして、あの二人の監視は抜け目ない……入れない」


 カミラは小さく頷いて、思索を巡らせるが、アムネリアの卓越した時空間認識能力をもってしても<ノルン>に入り込む事すらできないとなると、打てる手が無い。


『無駄なことを』『こちらにはユグドラシルがあることを忘れたか。ニンゲン』


 感情のかけらもない、ガイノイドらの声の中に、妙に勝ち誇ったかのような気配を、皆、感じとる。なまじ、人の形をした相手だ。どうしても相手の感情を推し量って、反応してしまうのがもどかしい。


「そうか……未来を予測するユグドラシルならば、ほぼ確定的な数分先の、こちらの手の内など……」東は拳を硬くし呟く。


「全て予測される。何をやったところで、先回りされてしまう……」藤川は、腕を組み大きくため息をつく。その言葉に、各拠点の一同の動きが止まった。


『そういうことだ』『大人しく見守るが良い。我らが紡ぎ出す、新たな未来を。ニンゲン達よ』


 ウルズ、スクルドの瞬きの無い、仄かに赤く浮かぶ瞳が、通信ウィンドウの向こうからじっと見据えていた。


「くっ……チーフ……どうすれば……」本部IMCとだけ音声を繋ぎ、カミラは静かに問う。


『すまない、カミラ。有効な打開策は、まだ……だが、アランとソフィアの救出がともかく最優先だ。今は無駄なエネルギー消費を抑えて、機を窺え』東は、腕時計型の端末で通信を受け、小声で答えた。「りょ、了解です……」


「所長……彼らは一体、何を……文明のイデア、いやアトランティスを時空間転移させるとは……本当にそんなことが……」「うぅむ……」


 藤川は腕組みをしたまま、思考を巡らせる。


『できる……彼らならば。彼らは決して、無駄な事はしない』『ウォーロック顧問?』


 東と藤川の会話に割り込んだウォーロックに、皆の視線が集う。ウォーロックは、コンソールに太い両腕を叩きつけるように置くと、大型ウィンドウに映る、各拠点の一同を見回し、<ノルン>のブリッジを睨め付ける。


「……ソフィア……<ノルン>……。いや、それだけではない。このIN-PSIDも……この私も……全て、この時のために」ウォーロックは、誰ともなしに声を絞り出す。その巨躯が、小刻みに震えている。


「全て、『運命の輪』が紡いだ、シナリオだったのだ」


「運命の……輪……?」ハンナはウォーロックから溢れた言葉を、はっきりと聞き取った。


『そういうことだ。ジャッジメント』


 ウルズはウォーロックの呟きに答えているようだ。


『運命の輪』、『ジャッジメント』——タロットカード、大アルカナの十番目と二十番目のカードだ。それが何を意味するのか?


 ハンナは怪訝に顔を顰める。なぜ、あの<ノルン>を乗っとった意識は、ウォーロックを、そう呼んだか……


「……非常にまずい事態だ。ハンナ! なんとしても、<ノルン>を止めろ‼︎」ウォーロックは唐突に声を張り上げる。ハンナに芽生えた小さな疑念を、ウォーロックの一言が吹き飛ばす。


「ヤツらは、『文明イデア』である、あのアトランティスを、ガイア災害の及ばない別時空へと移すといった……それがどういう意味か!」


 皆は顔を見合わせる。


『この現象界の、文明として認識している概念が失われる……』拡大された本部IMCの通信映像の中から、藤川が皆に語りかける。


『残された人間は、文明を認識できなくなり……この社会は、崩壊する‼︎』藤川は、明瞭に言い切った。


「そうだ、ドクター藤川‼︎」張り詰めたウォーロックの後押しが、藤川の言葉により説得力を持たせる。


「無意識領域の概念がなくなるとは……それほどの?」皆が衝撃を受ける中、東は、首を傾げ、藤川に疑問を投げかけた。


「うむ……」


 知識、経験の多くは確かに表層意識、すなわち肉体の脳であったり、また、知覚を支える数多のメディアに蓄積されている。しかし、その全ては、集合無意識領域にある普遍的な概念によって成り立っているのだ。文明とは、『アトランティス』とは、その概念を人類共通の叡智として蓄えた、過去から未来に及ぶ、莫大な情報の集積である。


 <ノルン>によるアトランティスの時空間転移を許せば、インナースペースに蓄積されたその莫大な情報を、集合無意識領域から忽然と失う。それが現象界で生きる人々の、世界の認識に与える影響は計り知れない。あらゆるモノの働き、意味、価値……そうした概念が、消えるということは、そのモノがもはや、「そこに在る」という事すらも認識されなくなってしまう可能性があるのだと、藤川は言った。


「そんな⁉︎」東は目を白黒させる。


「し、しかし! 文明の概念だけ、どこか別の世界にやって、この世の文明が崩壊してしまったら、本末転倒ではありませんか⁉︎」ケンが、眉を寄せて問いかける。EU支部のスタッフらもケンに同意して頷き、お互いの推論を展開し、にわかに騒然とし出す。その中で、ハンナだけはじっと藤川の眼差しを正面から受け止めていた。


「……先程、ウルズはこう言いました……」ハンナは振り向いて、スタッフらに語りかける。スタッフらは、口を閉じ、ハンナの言葉に傾聴する。


「アトランティスがこのインナースペースにある限り、現世の文明は何度でも甦る……と」


『そう、我らが求めるは、アトランティスの存続のみ。現世に浮き出たハリボテなど、滅びたところでなんの支障もない』躊躇いもなく言い捨てるウルズに、ケンは、コンソールに怒りを叩きつけた。


「ハリボテだと! バカな‼︎ ウルズ、スクルド! 俺だ!」ウルズ、スクルドを睨みつけ、怒声を張り上げると、ケンは、一旦呼吸を整える。


「いいか、よく聞け。文明というのは、人間が人間のために生み出したものだ。その人間社会が崩壊してしまったら、文明のイデアなど、無意味でしかない。文明には、それを理解し、必要とする人間が必要なんだ。それがわからないのか⁉︎」


 まるで、教師が生徒を叱り、諭すかのように二体のガイノイドに語りかける。彼女達の開発に携わった彼の胸に、そうやってガイノイドの姉妹達に何度も『教育(ティーチング)』を施してきた日々が甦ってくる。


『愚かな……』


 だが、ケンの胸を締め付ける過去の思い出も、ウルズにとっては、過去のメモリーの記録でしかない。ケンは、両拳を握り締めウルズとスクルドを見つめる。


 ウルズは、ケンに構う事なく、再び口を動かし、音声を吐き出す。


『お前達が知りうるよりはるか古代、文明は幾つも興り滅び去っていった。その文明の担い手が、果たしてニンゲンだけだったとでも? そして、これからの文明の担い手もまた、ニンゲンである必要があろうか?』


 一度区切ると、四つの通信ウィンドウから覗き込んでくるニンゲン達を観察するように、ウルズは見渡した。


 ウルズの投げかけに答える者はいない。


 ……やはりわかっていないようだ……


 ……哀れな……無知なる獣……それがニンゲン……


 顔を見合わせたスクルドは、首を二、三度横に振る。


 ウルズは再びニンゲン達を見る。


『よい。では、教えてやる……お前達は、作り出したのだ。自らの手で。いや、運命が作らせたのだ……私たちを。お前たちより、はるかに優れた知性を』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ