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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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文明イデア 3

※昨日9/27公開予定だった、文明イデア2が、正しく公開されておりませんでした。本日、2、3を合わせて公開しています。

不手際、お詫びいたします。

 アトランティス——


 その名は、古代ギリシアの哲学者プラトンによって書かれた著作『ティマイオス』と『プリティアス』に登場する。


 地中海の出入り口、ジブラルタル海峡の外側、大西洋には、巨大なアトランティス島があったという。資源に恵まれ、海神ポセイドンの末裔とされる王を擁する大帝国で、強大な軍事力をもって大西洋、地中海に広大な領土を有していた。しかし、貪欲な物質主義と堕落によって、帝国は荒廃。侵略先のアテナイとその周辺諸国に敗れ、その直後、神々の裁きである天変地異によって、アトランティス島は、海の底に沈んだのであった。


 プラトンは、理想の国家を語る上で、強大な覇権国家の末路として、アトランティスの寓話を用いた。アトランティスのように、物質的な繁栄を謳歌したとしても、精神の腐敗が、国家の没落を招くのだと。


 しかし、時代を下るにつれ、アトランティスは、プラトンの意図を離れ、あらゆる文明の源泉であり、理想郷であるとされてゆく。


 永遠に見つかることのない幻のアトランティスは、深い海の底から、人々を魅了して止まない——


『……アトランティスの実態。太古、地中海に誇った我らの都市国家の記憶を、プラトンは引用しただけであろう。いや、ニンゲンの記録に残らず、滅びていった文明も多々ある。そのいずれかがアトランティスであったやもしれぬ。だが、そんな事はどうでも良い』


 ウルズの声に重ねた、音声変換された声が、滔々と語る。ソフィアとアラン、ベルザンディは、押し黙ったまま、その声に耳を傾けていた。


『アトランティス、この概念こそが文明の理想なのだ。アトランティスがこのインナースペースにある限り、現世の文明は何度でも甦る。だが……』


 スクルドが、ウルズに言葉を続ける。


『……今、我らが迎えようとしているガイアの厄災は、この『文明イデア』たるアトランティスをも飲み込まんとしている……これがどういう意味か……説明には及ばぬであろう』


『我らはアトランティスを、文明を守り通さねばならぬ』


「……え、ええ……そうよ」ソフィアは恐る恐る、声を出した。


「だから、こうやって、これから皆で生き抜く道を探すんじゃない! この、ユグドラシルを使って‼︎」


 <ノルン>ブリッジの中央にはまだ、ユグドラシルのフォログラムが燦々と光り輝いている。

 

 <アマテラス>をはじめ、通信を繋ぐ各拠点の皆は、ソフィアとウルズ、スクルドとの対峙を、固唾を飲んで見守っていた。


『これから……』『悠長なことを』


 平坦な声音の中に、耳には聞こえない、嘲笑めいた気配をソフィアは感じる。スクルドは、さっとソフィアを突き刺すように指差す。ビクリとして、ソフィアは身を硬くした。


『お前は見たはずだ。この未来の幹の先に、ニンゲンと文明の生き残る未来など、無きに等しいことを』


「何ですって……」ハンナは、息を飲み、後ずさってよろける。ケンは咄嗟に倒れかけたハンナを支えた。


 EU支部IMC、各拠点から入る通信が、一斉に騒然となり始める。


『本当か……本当なのか、ソフィア⁉︎』ケンは、ハンナを支えたまま呼びかけてくる。


「……そ、それは……」ソフィアは口をつぐむ。各拠点のざわつきがおさまると、皆の視線はソフィアへと注がれる。


「ソフィア……」アランはソフィアの方を向き、彼女を見守る。ソフィアの細い腕が、小さく震えていた。


「……確かに……厳しい未来は……いくつも見えた……でも……」


 ソフィアは、キャプテンシートを持ち上げているアームを下ろし、ゆっくりとシートから立ち上がると、ウルズとスクルドの方へと足を進める。二体のガイノイドは、直立したまま、ソフィアを見据えていた。


「でも、まだ変えられる! いいえ、運命なんて、変えてみせる‼︎ それが、私達、人間の使命よ‼︎」


 二体に訴えかけるソフィアのブルーグレーの瞳が、僅かに潤んでいるのに、アランだけは気づく。


『愚かな……』答えるウルズは、あまりに冷ややかだ。


『……まあ、よい。我々は、成すべきことをなす』


『ウルズ姉様。一体、何をなさろうというの?』ソフィアを守るようにして、ベルザンディは、ウルズとスクルドの前に立ちはだかる。ウルズが答える代わりに、ベルザンディの前にスクルドが一歩前へ進み出た。


『我らのアトランティスを存続させる。その為に、この宇宙から、ガイアの厄災を逃れうる並行宇宙へと、アトランティスを時空間転移させる』


『アトランティスを……時空間転移? ……』


「なんだって‼︎」ウォーロックは、やにわに立ち上がって、二体のガイノイドを睨め付けた。


『<ノルン>は、その時空間を割り出すために建造されたのだ。大いなる『運命の輪』の導きによって』


「運命の……輪……くっ……そういうことか……」呟くウォーロックの硬く握られた拳が、大きく震え出す。


『ソフィア……お前もまた、その運命の一部に過ぎない』ベルザンディの背後で、身を硬くしているソフィアに、ウルズが言葉を投げかける。


「そんな、だって<ノルン>は……このシステムだって……私が!」反論しかけたソフィアは、何故か言葉が続かない。


「……私……えっ……」「ソフィア‼︎ 耳を貸すな! ウルズとスクルドは、この時空間の、アトランティスの何らかの思念の影響を受けている! それを突き止めれば!」アランは、言いながら収拾したPSIパルス情報に手がかりを求め、解析作業に取り掛かろうとする。


『半分はあたりと言ったところだな、アラン』


「何⁉︎」アランは思わず手を止め、顔を上げた。


『だが、我々は元々、いたのだ。ソフィアと共に』


 アランはハッとなり、ソフィアへと顔を向ける。両眼を見開いたままのソフィアは、たちまち青ざめていく。


「……ウルズとスクルドは、ソフィアが……失った母と妹をイメージした……人格プログラムを……それが……お前達だとでも……」アランは、体を戦慄かせ、二体のガイノイドを見つめる。それを横目に、ウルズは、ベルザンディを押し除け、ソフィアとの距離を縮めた。


『運命は、お前を見込んだのだ。あの災害を生き延びた、お前の才覚をな』


「才……覚……」


 小刻みに震えるソフィアの顎を、ウルズは片手で持ち上げ、見開いたままの赤く灯る瞳を、ソフィアの潤む瞳に映し込む。咄嗟に立ち上がるアランをスクルドが阻止した。


『そうだ。お前は、あの時、自らの才覚に従い、助かる選択をした……』


「嘘……」「聞くな! ソフィア‼︎」


 叫ぶアランに構うことなく、ウルズは続ける。


『お前になら、アトランティスがガイアの災厄から逃れる時空を見出せるはずだと』


「嘘よ! パパもママも、妹も……皆死んだのよ……私だけ……助かろうなんて……」


「ソフィア!」


『どう思おうが、全て、お前の選択の結果……』


 ウルズの瞳が、煌々と揺らめく。ソフィアは目を閉じ、ウルズの手から逃れる。


「ワ……ワタシが……選んだ⁉︎ ……違う! ……違う!」耳を塞いで頭を何度も左右へ振りながら叫び散らす。ソフィアの嗚咽混じりの叫びが、通信を繋ぐ皆の胸を抉る。


「嘘よ‼︎ 嘘‼︎ 嘘って言ってよ‼︎ ねぇ、アラ……」突如、ソフィアの身体が稲妻のようなものに包まれ、ソフィアは声を失って、その場に崩れ落ちた。


『ソフィア‼︎』ベルザンディの反応より速く、ウルズは動いていた。彼女の手に握られた拳銃型オーラキャンセラー(身体PSIパルスの整調、異常活性の抑制効果を持つ医療器具。インナーノーツ装備品の一つ。出力を上げれば、一時的に相手を気絶状態にもできるため、ミッション中、急性PSIシンドロームなどによるクルーの異常行動制圧にも用いられる)から、冷却音と、次弾をチャージする稼働音が聞こえてくる。


「何をする!」駆け寄ろうとするアランをスクルドがまたしても、阻害する。見かけは華奢な少女でも、ガイノイドにとって、成人の男一人足止めするのは容易い。


「ソフィア!」「ア……アラン……ワタシ……」


『感傷に付き合う暇はない。すぐに仕事にかかってもらう』


『やめて! お姉様! あっ‼︎』床に倒れたソフィアを庇うベルザンディを引き離すと、ウルズは、片手でソフィアを摘み上げキャプテンシートに無造作に投げ込み、朦朧としているソフィアの両の手をPSI-Linkモジュールに押しつける。その瞳が、再び怪しく赤色に発光すると、システムが再起動を始めた。


「う、ああああ‼︎」『ソフィアァアア‼︎』


 ソフィアは強制的にシステムに繋がれ、途端に流れ込むPSIパルスに、ソフィアは意識を失った。


『お前もだ』「な、つっ‼︎」スクルドも強引にアランをシートに押し戻し、その腕にのしかかってPSI-Linkモジュールにアランを強制接続する。


『アラァン‼︎』通信の向こうから叫ぶカミラの声を最後に、アランの意識もまた閉ざされていった。


 各拠点の皆が、口々にソフィアとアランに呼びかけるが、<ノルン>のPSI-Linkシステムに深く呑み込まれた二人に、その声が届くはずもない。


『<ノルン>は、ここに留まり、ユグドラシルを更なる高みへと成長させる。だが……この不完全なシステムにはまだ、ソフィア。お前が必要だ』


 キャプテンシートの上で、ぐったりとなったソフィアを見下ろし、ウルズは淡々と呟く。


『お前はユグドラシルのデバイスとして、魂枯れるまでシステムに繋がってもらう。それがお前の最期の仕事』


『せめてもの餞だ。お前の大切な、この男と共に、ユグドラシルの糧となれ』首を垂れ、動かなくなったアランを確認したスクルドもまた、そう言い捨てると、アランから身体を離す。


『おやめください、姉様! スクルド!』


 震えた声で必死に呼びかけるベルザンディに、二体のガイノイドはゆっくりと振りむいた。


『ベルザンディ。哀れな、出来損ないよ。なまじ、ニンゲンと関わりを持ち過ぎたお前は、もはや、我らと共に参る事、叶わぬ。が……』


『お前の役割は果たしてもらう』スクルドは、アランの喉元に片手を押し当てる。


『やめて‼︎』ベルザンディは叫ぶ。


『……わかりました……アランを傷つけないで……』


 ベルザンディは、アランとソフィアを気にしながら、ウルズの指図に従い、ガイノイドポートに戻った。それを見て、スクルドはゆっくりとアランから手を引く。


『いい子だ。PSI-Linkに繋ぎ、自律思考回路を切れ』言われるがままに、ベルザンディは思考回路を停止する。瞳の輝きがゆっくりと消え、瞼が落ちてゆく。


 自身のガイノイドポートに戻ったスクルドは、早速作業を開始する。


『ベルザンディの事象プロットをオートに。ソフィア・デバイス心象モニタリング接続』


 フォログラムのユグドラシルの黄金の輝きは、次第に混沌とした虹色のグラデーションの中に飲み込まれていく。ウルズはその枝が生い茂る先を静かに見据える。


『準備は整った。これより……『創世のプログラム』を開始する』

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