世界樹の下で 6
十数名の黒づくめの男たちが詰める、土壁の土間の中央で、大型光ディスプレイが煌々と灯っている。ここに足を踏み入れた中年の尼僧には、その映像が、かの『異界船』の活動を捉えたものであることが、すぐにわかる。
「……見逃せ……と。そう言うのだな、其方は?」
部屋の中央で、椅子に腰掛け、映像を眺めたままの、長い白髪を垂れ流した老人が問い正してくる。
「端的に申し上げて」尼僧は、ディスプレイの光の中で、黒々とした影を作る老人の背に首を垂れたまま、短く答えた。
「三宝神器……捨ておけば、あれの実態を漏らされかねん。王統派に知られれば、必ずや我らの障害となる。我らに失敗は許されぬのだ」その老人、ここ、御所を束ねる実権者、風辰は、振り返ることなく、淡々と言った。
「なればこそ!」不意に顔を上げ、尼僧は語気を強めた。
「あの娘を逆に王統派への抑えとして、お使いになればよろしい。それに、あの娘の能力は……」「くどいぞ!」尼僧の言葉は、風辰の苛立ちのこもった一言に打ち切られた。
風辰は、椅子を立ち、尼僧の方へと振り返った。
「どうした? らしくないぞ。何故、あの娘に、そこまで。ただの後継なら、他でもよかろう?」
風辰は、愛用の扇子で、自分の肩をトントンと叩きながら、怪訝そうに、尼僧を見つめる。いつもの冷徹な片腕、夢見頭の顔であろうか? その顔は……何とも言えぬ、居心地の悪さを感じ、風辰は眉を顰めた。
「……娘……やも、しれませぬ……あの娘は……小夜は……」俯き加減に、夢見頭は呟く。
「娘……だと……」風辰は顔を歪め、夢見頭を覗き込む。
「確証はありませぬ……我らはただ子を成す為の道具……産後、我が子とはすぐに引き離されますゆえ……されど、感じるのです!」
「子か……くくく……ふはははは!」
嘲り蔑むような笑いが、土間に響き渡り、詰めていた黒づくめの男たちが思わず、顔を上げる。
「其方から、そのような言葉が出ようとは」
風辰の口からはまだ、乾いた笑いが漏れている。夢見頭は首を垂れたまま、微動だにしない。
「……忘れてやる。これ以上、話すことはない。下がれ」風辰は、吐き捨てるように言うと、自席に戻り、モニターへと視線を向ける。
「血は水よりも濃し……とは申しますが……」夢見頭は面をあげ、風辰の背をじっと見つめた。
「……私目には、娘だけではなく……父と感ずる方もおりまする……あなた様にも、子を成した覚えがございましょう……」
風辰は何も答えない。
「後悔なきよう……」夢見頭は、踵を返し、その土間の部屋を後にする。
黒づくめの男達は、呆然と夢見頭が去った方を見つめていた。風辰が、手にした扇子を一つ鳴らすと、男達は、モニターへと向き直る。
ムサーイドの義眼が捉えた映像は、あの『<アマテラス>』のブリッジだ。求める『神子』の魂は、今この船を依代としている。
ブリッジ中央にフォログラムで現れた『神子』は、口元に手をやり、先程の食事の余韻に浸っているようだ。
「……たわけが!」苛立ちが、風辰の口をついて出る。土間の天井隅の影溜まりが、ゆっくりと消えていった。
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EU支部IMCの大型モニターに、<ノルン>から送られてくる情報が次々と表示される。オペレーター達は、その情報のチェックに追われていた。
「ユグドラシル、波動収束フィールド充填率九十パーセント! フラクタルサルプリングをコントロール・コアに展開中」
オペレーターの報告に頷くと、ケンは<ノルン>との通信ウィンドウに向かって声を張る。
「アラン! もういいぞ! ソフィアを解放してくれ」
『わかった! PSI-Link同調ダウン! ベルザンディ!」『はい!』
ベルザンディの瞳に灯る青い稼働光と、ソフィアの手が置かれたPSI-Linkモジュールの翡翠色の感応光が消えていく。キャプテンシート上で、ソフィアはぐったりと倒れ込む。
「ソフィア! 起きろ!」自席を立って、アランは呼びかけた。
「……ん、んん〜……」気怠さの残る身体を持ち上げ、ソフィアは頭を抑えながら首を二、三度振る。
「大丈夫か、ソフィア」「え、ええ」
アランは、安堵してソフィアに微笑みかけ、ブリッジの中央の方を向く。
「見てみろ、ほら」アランに促され、顔を上げたソフィアの目の前に、無数に張り巡らされた枝をブリッジいっぱいに広げた黄金の大木が、誇らしげに屹立している。
「お前が描き出した、ユグドラシルだ」
ソフィアは、見開いた両眼を潤ませ、頷いた。
「これが……自分で言うのもなんだけど……すごい……」「ああ……」
『よくやったわ、ソフィア。これで、今回のミッションの目的は達した。詳細な分析はこれからだけど、まずは無事に戻ってきなさい』
「わかりました! ハンナ所長!」
EU支部IMCのスタッフは、皆、晴れやかな笑顔で、ソフィアを見つめていた。続いて、<アマテラス>との通信ウィンドウが拡大される。
『ミッション成功、おめでとう、ソフィア』
「あ、ありがとうございます! カミラさん。皆さんがいてくれて、とても心強かったです!」
アランはカミラを一瞥し、シートに戻ると、すぐに各部の点検を始めながら、口を開く。
「気を抜くのはまだ早いぞ。帰り着くまでがミッションだからな」『わかってるわよ、アラン』
『帰りも先導するわ。しっかり着いてきて』「はい!」カミラは、サムズアップをして、通信を終える。
「え、なに? これで、お終い?」サニは、きょとんとなって呟いた。
「はは、新人引率、弁当食って帰るだけ。遠足だな、こりゃ」ティムは、サニの方を向いて小笑いしている。
「……いいじゃん。たまにはこういうのも」直人がそう言うと、大きなトラブルもなく、順調に運んだミッションは、これまで、そうなかったなと改めて思う。「まぁ、な」とティムは短く返した。
『楽しかったぁ〜〜! お弁当、またみんなで食べようね! ね‼︎』フォログラムに戻った亜夢は、満面の笑みだ。一方で、再び、亜夢の肉体に覚醒したアムネリアは、食したものが身体に染み渡り、命と心の一部となっていくのを実感している。
「各部チェック、出航配置! <ノルン>が戻り次第、帰還する」カミラの凜と響く声が、<アマテラス>ブリッジに緊張を取り戻す。