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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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世界樹の下で 5

「えっ! 何⁉︎ 波動収束反応⁉︎」<アマテラス>のブリッジはにわかに慌しくなる。皆、弁当もそのままに、警戒態勢に入る。


「もう、何なの⁉︎ ビジュアル構成! 感度、自動! モニタリング開始!」サニが急いで波動収束フィールドを、感知したPSIパルスに合わて調整してゆくと、あたりはまたもや海底の様相を浮かび上がらせる。


 再び、天変地異の只中に放り込まれるのであろうか? インナーノーツは、身体を強張らせて、モニターを見回す。


「右舷より収束反応、多数‼︎」


「ナオ、シールド、右舷に集中展開‼︎」「は、はい‼︎」皆は、息を潜めて、右舷モニターに注視する。


「来ます‼︎」サニの張り上げた声と共に、波動収束フィールド内に数千の黒々とした点が現れる。点の群れは、水面から差し込む日の光に、燻し銀のような輝きを散りばめながら急速に近づいてくる。


「な、ななんじゃ……これ」


「魚? ……鮭だ!」


 力強く身をくねらせ、突き進む鮭の群に、<アマテラス>はあっという間に包み込まれる。ただひたすらに、生まれし故郷の川へと帰りつき、子を残さんとする崇高な使命に突き動かされるその瞳は、巡礼者の眼差しか。


 生き残る——ただそれだけの為に、生きる姿に、インナーノーツは、生命の本質を感じずにはいられない。


 群れに混じって、魚か、海蛇か、そんな半身をもつ人影、いや、人魚が舞い踊る。


「あれは⁉︎」直人はそれに気づいて、アムネリアの方を振り返り見る。アムネリアは、握り飯を両手に持ったまま、呆然と何か呟いている。


「……はぁぁ…………ああ、大海原を彼の群れはゆく……ただ、ひたすらに……生命の限りを燃やし尽くして」


「か、下方から! な、なんか伸びてくる‼︎」サニが言い終わるより先に、今度はモニターいっぱいに、緑がかった黒々とした帯のような影が、ゆらゆらと立ち昇ってきた。それを追って上方モニターを見上げれば、黄金色の無数の粒の煌めきが差し込んでくる。


「猛々しき勇者の帰還を祝福する、黒き舞姫らが、大海の調べに踊り、黄金の民らが恭しく首を垂れる!」感極まるアムネリアの声が、ブリッジに木霊する。


「猛々しき勇者……?」「黒き舞姫……?」ティムと直人は、顔を見合わせる。ふと何かに気づいた直人は、弁当へと視線を移す。


「あ……」鮭の握り飯が一つ、そしてワカメご飯の握り飯がもう一つ。しっかりと握られた米が、瑞々しい輝きを煌めかせている。


「……これが……食す……わ、我は、今、猛烈に感動している……」アムネリアは、握り飯に再び、大きく口を開き、かぶりつこうとしていた。それに合わせて、人魚の泳ぎが作り出す波が空間全体を揺さぶり、モニターの奇妙な世界は、激しく波打ち始める。波の蠢きが、<アマテラス>を巻き込んで、ブリッジが攪拌される。


「は、波動収束フィールドが‼︎」レーダー盤の時空情報チャートが入り乱れ、サニは焦りを隠さず叫ぶ。


『アムネリアの感情がリークして、波動収束フィールドに転写されているのか!』『まずいぞ! 急いで彼女のPSI-Link同調感度を下げるんだ!』通信ウィンドウ向こうから顔を青くして捲し立ててくる東、そしてアラン。カミラは、すぐに対処にあたるが、PSI-Linkシステムに深く同調するアムネリアのPSIパルスは、抑えきれない。


「だ、だめよ! アムネリア‼︎」カミラは、血相を変えて叫ぶ。瞳を潤ませ、身体を小刻みに震わせるアムネリアに、その声は届かない。


 もみくちゃの時空変動が、鮭の大群、ワカメ、稲穂を巻き込んだ波動衝撃となって、<アマテラス>のシールドのみならず、PSIバリアの許容限界を超えるアラームが、ブリッジにけたたましく鳴り響く。


「しょ、衝撃に備え‼︎」皆、覚悟を決め、対衝撃態勢をとり、身構えた。


 アムネリアの口が、握り飯に触れた瞬間——


「はむぅ‼︎」抑え込まれた野性を取り戻した亜夢の肉体が、握り飯に激しく喰らいつく。まるで、狩られたばかりの獲物に歯牙を立てる獅子の子のように。


 <アマテラス>の一同が、恐る恐るモニターを見回せば、先ほどまでの混沌とした奇妙な感動ワールドは、嘘のように消し飛んでいた。


「はむはむはむはむ! うぐっ……ふぁああ! おいし〜〜‼︎」肉体に戻った亜夢は、あっという間に握り飯を平らげ、手掴みで念願の唐揚げを口に頬張る。


『はっ⁉︎ 我は……何を……亜夢⁉︎』


 フォログラムは再び像を結び、長い髪を両肩の前で束ねたアムネリアの姿を映し出す。それに気づいた亜夢は、大きく頬を膨らませたまま弁当を両手で覆い隠し、死守する構えを見せた。


「はぁ……」シートに深くもたれたサニは、大きくため息を吐き出していた。


「た、助かったみたいだな……よ、よくやったぜ、亜夢!」後ろを振り返り、ティムは言う。米粒を口周りにつけたまま、亜夢は満面の笑みを浮かべていた。


『大丈夫か、カミラ⁉︎』アランが心配気に、こちらを覗き込んでいる。


「え……ええ……何とか……」


『……我としたことが……申し訳ない……』


「いいんだ、アムネリア」項垂れるアムネリアのフォログラムに、直人はシートを立って傍により、語りかける。


「初めてだったんだね……食べるという事が……」


 アムネリアは小さく頷く。


『……ものを喰み、身体に取り入れる感覚だけはわかっておりました……なれど……このような感動は……亜夢が食べる事に夢中になるわけが、ようやく……』


「美味しい……っていうんだ。その感動は……」


『美味しい? これが……美味しい……』アムネリアは、不思議そうに口元に手を当て、直人を見つめている。


「そぅねぇ〜。身体を持った、生きてるもんにしか、味わえない特権かもねぇ」サニは、弁当箱に放り置いた握り飯をとり、口に運んでゆっくりと味わう。


「うん、美味(おい)し!」


『生きている……我は……生きている……』副長席で弁当を食べ終わろうとしている亜夢を、アムネリアは愛おしげに見つめた。


「所長……アムネリアは……」「うむ……死へ向かおうと欲していた、あのメルジーネが……この数ヶ月で、亜夢と共に、彼女もずいぶんと変わったな」一連の騒動を見守っていた本部IMCにも、安堵の空気が戻ってきた。アムネリアの騒動で手をつけられないでいた弁当をようやく開き始める。


 藤川は、早速、握り飯を頬張った。


「うむ……確かに。ずいぶんと美味いな、この握り飯は」アムネリアが感動するだけのことはあると、藤川は、手にした握り飯をまじまじと見つめる。


「ええ……真世、弁当は、食堂に手配を?」東も食事を進めながら訊いた。


「そのつもりだったんだけど……ね、田中さん」

「はい、自分が弁当の件、ぽろっと陽子に話したら、ふふ、張り切っちゃって」妻の話をする田中は、嬉しそうだ。田中が言うには、弁当の食材は、陽子が厳選した、どれも良質なものらしい。


「ああ、どおりで。陽子さん、身体の方は?」「つわりも治って、元気が有り余ってるみたいっすよ。このおにぎりもアイツが握って……」「えっ。一人で?」


 弁当は、<アマテラス>、IMCの他、遅番で当たっている<アマテラス>整備チームなどにも配ったという。ざっと二十人分くらい準備したはずだ。


「いや、さすがに。医学部の若い男衆、二、三人、呼びつけてましたっけ。はは」


『ちょ……ちょっと待て!』握り飯を喰みながら、会話を聞いていたティムは、思わず吹き出しそうになる。


『まさか……医学部の若い男衆って……この間の』サニも箸を止めている。握り飯はすでに無い。


「ああ! ご名答!」カラッとした笑いを立てながら、田中が答えた。田中の隣で、真世も顔を白くして、半分ほど食べた握り飯をそっと置く。


 三人の脳裏に、数週間前、あのプライベートビーチで出会った、マッチョ軍団がモワモワと立ち昇っていた。


「……オゥ……ジーザス……もう食っちまったよ……いや、美味かったよ、マジで……けど」


 逆台形の口の中に、白く輝く歯。満面の笑み。盛り上がった、黒光する筋肉の塊が、汗を迸らせ、ムキムキと握り飯を……


「だ、だめよ……ティム! そっちの想像しちゃ! だ、大丈夫! む、むしろ感謝よ、アタシたちのために、に、に握ってくれたんだから! 感謝! 感謝……」サニは、腹のあたりをさすりながら、顔を歪めている。


「だ、だな……サンクス! サンクス! あ、ああにキィ」気にしない素ぶりで、ティムは握り飯の残りを口に頬張った。


『いやぁ。アイツらが握ったのは、気合いが違うなぁ! 陽子も言ってたっけ。おにぎりは、素手で気持ちを込めたものほど旨いって!』


「えっ……素手……」真世の眉がピクつく。ティムは、喉を詰まらせかけ、ドリンクを流し込む。キチンと手洗い、消毒はさせたからと田中は言うが、そういう問題ではない。


 指先まで鍛え上げたような、節くれだった、ぶっとい指が、ムギュムギュと三角形の握り飯を作り、米の一粒一粒に、肉厚な掌から滲み出す手潮が染み込んでいく。エプロン姿のマッチョたちが、さあ召し上がれとばかりに、握り上がったモノを盆に乗せ、ニカっとポーズを決めて勧めてくる様子がありありとティム、サニ、そして真世の集合無意識に顕在化していた。


「ん、どうした? ……真世?」すっかり青ざめた顔の真世は、心配する祖父に答える代わりに、フラフラと立ち上がって、ドリンクサーバーへ向かい、悪いものを洗い流すかのように、水をがぶ飲みし始めた。


 一方、サニもティムもグダっと、シートに沈み込む。ティムの隣で、直人は美味しそうに握り飯を食べている。何も知らないヤツは、幸せだよ、とティムは思わずにはいられない。


 三人は、自分が食べたのは、陽子が握ってくれたものだと、無理矢理信じ込むことにした。



 ****


「何なんだ? アイツら……」


 アムネリアの騒動から始まり、食事を美味しそうに食べていたかと思えば、突然、ぐったりしているティムとサニ。終始、通信ウィンドウ越しにその様子を眺めていたアランは、怪訝げに首を傾げた——



 ……愚かしい……


 ……実に愚かしい…………これが……ニンゲン……


 …………故に……自らの生み出した文明を持て余す……


 ……やはり……人の手にはもはや委ねてはおけぬ……


 ……なれば、そろそろ……


 ……うむ……全ては、運命の導きのままに……

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