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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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世界樹の下で 4

「<ノルン>の全作業が完了するまで、船内時間でおよそ……一時間半か」<ノルン>から送られて来た進捗チャートを自端末で確認しながら、カミラは言った。


「えぇ〜、そんなにかかるのぉ。はぁ、なんかお腹空いてきちゃった」サニは、わざとらしく腹を押さえて、アピールする。日本時間で、午後六時半を回る頃。確かに小腹の空きは感じる時間だ。


「そうね。チーフ、そろそろ?」カミラは、通信ウィンドウ向こうの東に確認する。


『ああ、食事をとってもらって構わんぞ。ただし、周辺監視は怠るな』「そう来なくっちゃ! あ、あたし。弁当、とってきます!」サニは勢いよく立ち上がると、すぐにブリッジの出入り口へと向かう。


「ええ、お願いね」カミラが言うより早く、サニはブリッジから退室していた。


『こちらも準備します』『ああ、頼む』通信ウィンドウ向こうの日本本部IMCでも、真世が席を立ち、休憩ブースの方へと向かっていた。


「ユグドラシル……ソフィアは、終わるまでずっとあれにかかりきりか。ハードだな」正面モニターに、絶え間なくキラキラと輝くユグドラシルを見つめながら、ティムは呟く。


『今回のサンプリングがうまくいけば、今後の負担は、グッと少なくなるはずだ』通信ウィンドウに出たアランは、説明する。


『<ノルン>ブリッジと、EU支部(ここ)のコントロール・コアは、量子もつれによる連携をとっていてな。ゆくゆく、ソフィアは、そこから<ノルン>を指揮できるようになる』『<ノルン>は、最終的にノルン・ガイノイドのみの完全無人機での運用を目指しているの。事象観測には、ある程度の時間経過が必要になってくる。最長一週間のインナースペース連続観測を可能にする計画も進めているのよ』ケンとハンナが、立て続けにアランの説明を補足した。


「完全無人で、一週間も……」「すごい……」ティムと直人は思わず顔を見合わせた。



「ノードナンバー28……チェック……フィックス……29……チェック……パス……リターン……28……」<ノルン>のブリッジで、変性意識状態を保ち、ソフィア作業を続ける。ダイレクト接続の負荷をベルザンディのサポートで軽減しているとはいえ、心身への負担は大きい。時折、苦悶に顔を顰め、二基のPSI-Linkモジュールに乗せた両の手に力がこもり、額には薄っすらと汗を滲ませている。


『こっちはもういい……ベルちゃん……ナンバー20から24へ……』『ノードナンバー24……チェック……』息苦しさの混ざるソフィアの声に、<アマテラス>の皆は、眉を顰めたが、通信ウィンドウ向こうのハンナは、表情ひとつ変えず、毅然として言う。


『今回のミッションは、無人観測に向けて、その基礎データとなる、主要幹枝サンプリングを行います。これを分析すれば、ガイアソウル輻射と、今後三十年相当の現象界に起こりうる事象の全体像を把握することが可能となるはずよ』


 ブリッジの少し気重になった空気を、入り口の開閉音が打ち払う。


「戦闘配食〜‼︎ お待たせぇ〜!」肩にランチバックをかけたサニが足取り軽くブリッジに入ってきて、入り口付近でバッグを開け始めた。


「おっ、来た来た! 弁当付きミッションなんて、初めてじゃね?」「だね」ティムと直人は、席を立ち、弁当を受け取りに行く。


「はい、センパイ。ティム」「ありがとう」「サンクス!」サニは、二人に弁当を渡すと、二つとって席にいるアムネリアとカミラに渡しに行く。


「はい、隊長」「ありがとう」


「アムネリアも」「……我も……ですか?」「ん? もちろんよ」「ありがとう……ございます」アムネリアは、目をパチクリとしながら、ぎこちなく受け取っていた。その様子に、ブリッジの中央のフォログラムがメラメラと赤く気色ばんでいく。


『あー、ちょっとぉ〜! ズルいぃ〜〜。亜夢が食べるぅ‼︎』フォログラムの亜夢は、眉を吊り上げ、今はアムネリアに支配されている、自身の肉体の手の内にある弁当を睨みつけた。


「なりません。任されたこの席、離れるわけには」そう言いながら、アムネリアは亜夢に背中を向け、簡易テーブルを引き出し弁当箱を乗せた。


『はぁああ⁉︎ やだぁあ‼︎』


「亜夢……身体は同じ……我が食そうと、同じこと……」


 アムネリアは静かに弁当を開ける。三角に握られた握り飯が二つ。おかずに鶏唐揚げ、根菜の煮物。定番の献立ではあるが、綺麗な盛り付けと、箱に封じられていた香りに、アムネリアは思わず息を飲む。


『やだったらやだ‼︎』


「……それでは、謹んで……いただきます」どこで覚えたのか、アムネリアは自然と手を合わせ、弁当に一礼していた。皆も一斉に、弁当を開け始めている。


『お、握り飯か、いいな。こっちで三日ほどだが、日本の米が無性に食べたくなる』アランが、通信ウィンドウの向こうから覗き込んでいる。


「わかるぅ〜、それ!」「はは、副長もサニも、すっかり日本人だな」ティムは早速、握り飯を口に頬張る。


「……ぅんまい‼︎」「そういうアンタもね、ティム」サニも弁当に箸をつけ始めた。


「悪いわね、アラン」アランは<ノルン>で作業の手を動かし続けている。


『気にするな。こちらは出発前に済ませている』「ソフィアさんも?」『さっき、移動中に携行食を』


「え、そんなんでいいの?」握り飯に大きく開いた口を止め、サニはバツが悪そうに訊く。


『元々、あまり食べない方でな。食べる時間も彼女の気分次第……』


「クク、筋金入りのマイペースさんか。サニ以上じゃね!」そう笑い飛ばして、ティムが握り飯に二度、三度かぶりついている間に、ティムの弁当箱にさっと箸が伸びる。気づいた直人が知らせる間も無い。


「って! おい、オレの唐揚げ……」振り返ったティムは、大きく頬を膨らまし、口をもぐもぐさせているサニと目が合う。べー! と、サニは、小さく舌を出し、下まぶたを引き下げて見せ、さっさと自席に引き上げていった。


「やるよ、ティム」直人は、弁当箱を差し出して、ティムに勧める。


「ん? いいんか?」


「さっきので……胃がまだ……油っぽいのは……」


「そっか。じゃあ遠慮なく……」ティムが、直人の弁当箱に箸をのばしかけたその時。ゾワっとした感覚に、ティムは唐揚げをとった箸を止めた。


「って……なんだこの殺気⁉︎」目が合った直人も、同じ気配を感じているようだ。ゆっくりと後ろを振り向く。サニも気づいたらしく、そちらへ身体を向け、カミラは、目を丸くしている。


「あ、亜夢⁉︎」


『ふぅ……ふしゅるる……』音声変換は、亜夢のよだれを啜る音まで、忠実に再現し、フォログラムは、全身から真っ赤な焔を立ち上らせ、ユラユラと揺らめいている。


『とりにくぅ〜〜……食べたい〜〜うぅうう〜〜』


 ティムの箸から、唐揚げが、弁当箱に静かに転げ落ちたのと、警戒警報が<アマテラス>のブリッジに鳴り響き始めたのは、ほぼ同時であった。

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