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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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世界樹の下で 1

「風間くんのバイタルチェック結果……出ました。自動診断では、ミッションへの支障はないと……」


 真世の報告に、藤川は顔を和らげ、ゆっくりと頷いた。


「所長……直人のあれは……」藤川の隣に立つ東は、厳しい表情を崩さず、通信ウィンドウ向こうの直人を見つめ続けている。


「……だが、自重を促したところで、やめないだろう……」藤川も通信ウィンドウを見やり、ため息混じりに言った。「あれは贖罪なのだ……直人にとって……」と、眉を顰める。


「……贖罪……そんな……」祖父の発した言葉に、真世の唇が震え出す。


 …………あたし……


 ……⁉︎ ……


 何かの声が、真世の胸の裡でざわめきだす。


 ……あたし………………恨んだ……風間くんのこと……恨んだのぉ……


 自分の声色にそっくりに湧きあがってくる声に、ハッとなって、真世は目を見開く。


 ……誰⁉︎ ……また、あんた⁉︎ ……


 ……ママは……ママはぁ〜〜今でも苦しんでるぅぅ……くくく……


 いつからか、自分の心の内に棲みついている悪魔……もう一人の自分だと名乗る悪魔……事あるごとに、その女の声は顕れ、真世の心をかき乱す。


 ……やめて! ……もう、やめて‼︎ ……


 ……ひひ、全部お前の言葉さぁ〜〜……


 ……あたしの……言葉……


 …………堪えたろうねぇ、これは……


 ……お前の言葉が……あの坊やを苦しめている……あの坊やの気持ちを知りながら……


 ……投げかけた言葉がこれじゃあ……


 ……あたし……あたしが……風間……くんを……


 ……そんな……違う……わたしじゃ……ない……


 ……だって……仕方……ないじゃ……ない……


 ……そうさぁ……お前じゃあ……ない……あれは……見てみな……ほら……お前は、妾、妾はお前……くくく……


 真世が監視するバイタルモニターに映り込む真世の顔は、どんどん青白くなり、いつか見た、あの能面のような女の顔が浮かび上がる。


「真世!」藤川の呼びかけが、妖の顔を一瞬で打ち払い、真世は突然起こされたかのように、あたりを見回して動揺する。


「な、何? おじいちゃん?」「んん? ……」


 藤川は怪訝そうに真世を見つめたが、すぐに用件を伝える。


「真世、念の為、直人のデータを貴美子にも送って、確認してもらってくれ」「あ……はい」


 真世は、動揺を隠して、医師である祖母、貴美子に、データを送信する作業に入った。



 ****


「次元深度4.5……目標座標まで、推定二十分」


 ミッション開始からもうじき、二時間。<アマテラス>、<ノルン>は、大きなトラブルもなく進んでいる。変わり映えのしないモニターを退屈気に眺めながら、ティムは口を開く。


「あそこを突破してからは、やけに順調だな」


「アムネリアの導きのおかげよ。波動収束フィールドも、航行に必要な感度にギリギリ抑えているけど、見て」サニは、レーダーが捉えた周辺情報を左舷側のサブモニターに投影した。


 モニターには幾重にもおり重なり、絶え間なく揺れ動く時空波動の波模様が描かれる。


「少しでも感度の閾値を越えれば、さっきみたいなのが出てくるわよ」日本の幽霊のような仕草をしながら、サニは戯けてみせた。


「おー怖……けど、いったい、周りはどうなってんのかねぇ。モヤモヤばかりで、ぶっちゃけ飽きてきたぜ」ティムの言葉に、皆は自然と頷いてしまう。何事もない航海は、願ったり叶ったりのはずなのだが……


 メインモニターを見上げれば、<ノルン>の通信ウィンドウの向こうで、ソフィアがあれやこれやしゃべり、面倒げに、こちらを気にしながら相槌を打つアランが見える。こちらに気遣ってか、ソフィアのおしゃべりが始まってから、音声はミュートされたままになっていた。


「なぁに盛り上がってんのかね、向こうさん」ティムの声に、カミラは不意に視線を向けた。


 カミラは、無言でアランとソフィアを見つめる。


「いいの? 隊長?」サニが意地悪気に問う。


「か、関係ないわ……そ、それよりもうじき目標座標。た、確かに、周りの状況も知りたいところね……どう、アムネリア?」


「やってみましょう」アムネリアは、PSI-Linkモジュールに意識を集中させ始めた。



 ****


「……でねぇ、アランってば! プイってしてたくせにさ、ワタシが寝ちゃうと、絶対膝の上で丸まってるの! あのコ、ほんと、ツンデレなのよ〜〜」


 キャプテンシートから身を乗り出し、ややオーバーな手振りをつけながら、ソフィアは夢中になって、アランに話しかけている。


「……そ……そうか……」自分の作業に手を動かしながら、アランはソフィアに適当に相槌を打っていた。


 通信コールが鳴っていることに、ベルザンディは気づいて、キャプテンシート上のソフィアを仰ぎ見た。が、ソフィアは気づかない。アランもソフィアの声に気を取られ、気づいていないようだ。


 通信コールにはすぐに応じるよう、プログラムされている。ベルザンディは、構うことなくミュート解除した。


「でね、でね! こーやってぇ、お腹コロコロしてやるとぉ〜。もにゃぁ〜〜って伸びて、もっとやってて顔でこっち見るの。絶対、ドMよ! でもそこが可愛いのよねぇ〜〜、アランはぁ」腹を撫でられる猫の仕草を見せるソフィア。その気配にアランがふと顔を上げると、正面モニターに拡大された<アマテラス>の通信ウィンドウ先から、じっとこちらを窺っているカミラと視線がぶつかる。


「カ、カミラ……」


 カミラは、顔を白くして眉をピクつかせていた。


『……アラン……貴方……そんな性癖があったのね』


「ご、誤解だ、これは! ね、猫の…….」『はぁ?』


 身体を小刻みに震わせているカミラ。いつもの冷静さを失い、あたふたするアラン。笑うに笑えない、凍えた空気が<アマテラス>のブリッジに漂い始める。


 そんな空気を読めないのか、気にもとめないのか、ソフィアは嬉々として話しかけてくる。


「あ、カミラさんも見て! この子!」


 <ノルン>の通信映像が突然切り替わり、黒い何かの影を映し出す。影が少し離れると、それが何なのか、はっきりとわかる——猫だ。


「アランよ!」いや、どう見ても猫だ。


「ね、可愛いでしょ?」ソフィアはにっこり微笑んだ。


『……えっ……ええぇ?』<アマテラス>の一同が、皆揃って口をぽっかり開けている。


「だから……『猫の(・・)アラン』の話なんだって……」額に手を当て、首を振って言うアランに、はぁ、とカミラは気の抜けた返事を返していた。


 猫の居る場所は、<ノルン>の現象界次元ブリッジともいえるコントロール・コアの中。リアルタイムで<ノルン>と通信している。閉じ込めてきた猫のアランが心配になって、様子を確かめていたところだったと、ソフィアは説明した。


『猫?? これが猫??』フォログラムの亜夢は、きょとんとした表情を浮かべ、モニターに映る猫をじっと見つめていた。


『あら、亜夢ちゃん? 猫、知らないのぉ? どう?』『うん』


 ウロウロ歩き回っていた猫のアランは、不意に後ろ足で頭を掻き、毛繕いを始めた。


『猫、可愛い〜〜亜夢も猫欲しい〜〜』亜夢はすっかり猫に魅了されていた。すると猫は、コントロール・コアのソフィアの席に飛び乗り、彼女の愛用のクッションにブチ、ブチと爪を立て始める。


『ああぁあ⁉︎ アラン‼︎ それぇ〜〜‼︎ ダメェ‼︎ やめなさい、アラン‼︎ コラァ‼︎』ソフィアの金切り声が<アマテラス>、そして通信を受信する全ての拠点に響き渡る。EU支部では、見慣れているのか笑いも溢れるが、日本本部のスタッフらは、只々、唖然とするばかり。


 何度も繰り返される、ソフィアの「アラン」の呼び声に、カミラは、額に手を当て俯く。


「……ね、猫……ね……猫がアランで……アランが……猫……アランって……何……」カミラは首を振って、ゲシュタルト崩壊しそうになる意識を必死に繋ぎ止めていた。


「……隊長が……」「う……うん……」「完全に向こうのペースにのまれてる……恐るべし、ソフィア……」ティム、直人、そしてサニも、ここまで狼狽するカミラを見たのは初めてだ。


『ほら、同じ名前なんかにするから! す、すまない、カミラ! それで?』


「えっええ……と……アランは、猫で……その……猫は困ったものね……」『しっかりしろ! 俺だ‼︎』黒猫が、クッションの上で大欠伸する映像が瞬時に切り替わり、人の形をしたアランが、大きく映り出された。


 カミラの意識の中で崩壊していた、「ア・ラ・ン」の意味の欠片が瞬時に統合されていく。


 カミラのよく知る副長アランは、心配と困惑と、どこか焦りをミックスしたような複雑な表情で、カミラを見つめていた。


「……あ、ええ……アラン………」


 アランの見つめるその瞳は、カミラの心の奥底に眠る、何かの記憶を揺さぶる。それを隠して、カミラは気持ちを立て直し、顔を上げた。


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