宿命の船出 2
『カミラ、すまないな。間もなくソフィアも来る。ミッション開始時間は、〇八二五でセット。時空間パラメータは、こちらの起点座標に同期してくれ』
<アマテラス>ブリッジのメインモニターに、<ノルン>との通信ウインドウが立ち上がっている。ウインドウの向こうから、<ノルン>に乗り込んだアランは、渋い顔をしている。
「わかったわ、アラン。どう、<ノルン>の方は?」カミラは、小さく微笑んで問いかけた。
『急拵えだが、乗り心地は悪くない』「そう、ならよかった」
『……カミラ……』アランは、じっとカミラを見つめてくる。
『……戻ったら……話そう……色々と……』
「……ええ」カミラも、アランのくすんだ琥珀のような瞳を覗き込んでいた。
<ノルン>のブリッジ入り口のドアが開く音に、アランとカミラは、視線を外す。
『お待たせぇ〜〜』
<アマテラス>クルーらと同じ、インナーノーツのユニフォーム(インナー色はパープル)に身を包んだソフィアが、ベルザンディを伴って、まるでファッションモデルのような足取りで、ブリッジに入ってくる。
「!」「って、おいおい、気合い入ってんなぁ」
クセを生かしてボリュームを出し、やや無造作にセットしたブロンドの髪、そして黄色味を帯びた目元や頬が、ブリッジの照明に、キラッ、キラッと煌めきを散らす。
「うわぁ〜〜〜」モニター越しにもわかるメイクアップに、サニは呆気にとられ、ティムと直人は目を見開いた。
「なんか……キラキラしてる!」亜夢は、立ち上がって目を輝かせる。
ソフィアは、アランの前に進み出て、腰に手を当てポーズを決めてみせた。
『どう、アラン!』『あ、ああ。いいんじゃ……ないか。それより……』
『でしょ! 今年の流行はぁ、ゴールドらしいの! リップはぁ、アランが気に入ってくれた、この色! 覚えてる??』グロス艶のあるピンクに色付いた唇を、キスでも求めるかのように突き出して、アランに見せる。
『え、あ……いや……』無遠慮に顔を近づけるソフィアに、アランは、困惑して身体をのけ反らせていた。
『えぇ? 覚えてないのぉ。血色が良く見えるって〜』『……そ、そうだったかな……とにかく……』
「いいなぁ〜〜キラキラ〜〜亜夢もしたい〜〜」
亜夢の声にソフィアはハッとなり、辺りを見回して、<アマテラス>との通信ウインドウにようやく気づく。
『え⁉︎ あっ‼︎ やだ、つ、通信入ってるの?? ご、ご、ごめんなさい! 遅くなって……すぐに、準備しますので! カミラさん!』
あたふたとキャプテンシートに着くソフィアに、<アマテラス>の皆は、呆然となって、返す言葉もない。
『カ……カミラ……さん?』
通信ウインドウの向こうのカミラは、微動だにせず、ソフィアを見つめている。
『あ、あの……怒ってます? 怒ってますよね……やっぱり……』
「隊長。返事してあげなよ」目を見開いて、押し黙ったままのカミラを見かねて、サニが促した。
「え⁉︎ あ、ええ。すごい……良く似合ってるわ。ゴールドなんて、なかなか使えない色を……見事だわ」「えっ、そこ?」カミラの返答に、サニは、シートの背もたれで、肩をずり下げた。
『え、そ、そう……あ、ありがとうございます!』「……是非、今度……メイクの秘訣を」『はい! もち……』「亜夢も‼︎」『え、えぇ、じゃあ、終わったらぁ……』
『そこまでだ、三人とも! 何の話だ。カミラまで……』さすがにアランの顔にも、苛立ちが浮かぶ。
「⁉︎ そ、そうね……ア、アラン……準備の方は……」カミラは顔を伏せ、シートに付属するコンソールをいじりながら言う。
アランがブリッジを見渡せば、ウルズとスクルドの、こちらへ向けられた冷ややかな視線が刺さる。その視線から逃れるように、ベルザンディの方を見やれば、彼女はすでに自身のガイノイドポートに立ち、準備が出来ていることを微笑みで伝えてくる。
『……あとはソフィアだけだ』アランは、ため息混じりに伝える。
『す、すぐに〜〜』
自席のコンソールに視線を落とし、何やら手を動かしているカミラと、ワタワタと準備を進めるソフィア。サニは二人を見比べて、大きくため息をつくと、コンソールにもたれて、頬杖をつく。
「……もう……マジで不安になってきたわ……」ボヤきが、口をついて出ていた。
****
『トランジッションカタパルト。進路クリア。<ノルン>、発進ゲートへ!』
<ノルン>は、EU支部地下専用ドッグから、隣接の発進ゲートへと搬送されていく。EU支部の<ノルン>運用機構は、本部<アマテラス>のそれとよく似ている。二拠点は、ほぼ同時期に設立され、基本設計のコンセプトを共有していた。本来、IN-PSIDは、EUに本部を置く事を想定していたが、インナースペースのPSI情報現象化が関与する、PSID(PSI特性災害)やPSIシンドロームが深刻化していた日本で、その解決にあたりたいと願う、藤川の強い要望に応え、日本に本部が置かれた経緯がある。
「こちら、<アマテラス>。発進準備、全て完了している。そちらのエントリー信号を確認次第、現象境界への再突入を行う。あちらで会いましょう、アラン、ソフィア」
カミラは、通信ウインドウ向こうの二人に呼びかける。二人は頷いて答えた。
通信ウインドウの隣には、トランジッションカタパルトの射出位置に固定された<ノルン>の映像が映し出されている。<ノルン>の外観もまた、特徴的な三基の機関部を有する船体後部以外は、<アマテラス>と似ている。船体の基本設計も共有している、姉妹船であることがよくわかる。
「アムネリア。<ノルン>とのデータLink、通信の調整、それにこの船の維持……アランの代わりは大変でしょうけど、頼むわね」
いつもはアランが座る席のアムネリアに、カミラは声をかける。
「お任せください」アムネリアは、頷いて答えると、ブリッジ中央を向く。
「亜夢。我は船と一体となって役割を果たします。貴女もしっかり」
ブリッジ中央、フォログラム投影機が映し出す光像は、亜夢の姿をしていた。
『わかってるよ!』亜夢の魂のイメージフォログラムは、両手を握り締めガッツポーズを作り、自信たっぷりの笑みを浮かべた。
通信を求めるコールが鳴る。EU支部IMCからのようだ。
「さっそくね。アムネリア、メインに出して」「はい」カミラの指示に、アムネリアはPSI-Linkコントロールでメインモニターにもう一つ、通信ウインドウを立ち上げた。連動して同時に日本本部IMCとの通信ウインドウが、小さく立ち上がる。
『両船とも、準備は良いみたいね』ウインドウにはEU支部長ハンナ、ミッションチーフのケン、その後ろにウォーロックの姿が見える。
『今回は、<ノルン>にとっては初仕事。でもガイアソウル変動の実態を掴む、重要なミッションになるわ。期待しています。……コウゾウ、貴方からは?』
『うむ……』藤川の声に反応して、本部IMCのウインドウが拡大する。
『探査領域は、集合無意識領域、一歩手前のLV5となる。個の存在でいられるギリギリの領域……船が万全であっても、危険な領域だ。くれぐれも、無理をしないように。帰ってきたら、<ノルン>ファーストミッションの祝杯をあげよう』皆、無言で頷き、藤川の言葉を受け入れた。
『では、そろそろ時間だ』ケンが時間を確認しながら言った。スタートまであと二分。
「……ん、あれれ??」「どうした、ソフィア?」アランが振り向くと、ソフィアは忙しなく自席のコンソールに指を走らせていた。
『何なの?』『発進よ、ソフィア。集中なさい』振り向いたウルズとスクルドが、冷たく言い放つ。
『まあまあ、二人とも……』ベルザンディは二人を嗜めるように微笑みかけると、ソフィアを一瞥する。まだ、何か手を動かしている。
「うん、ちょっと待って……あ、っと。これでよし……ごめんね、もう大丈夫!」
顔を上げたソフィアは、通信の繋がる各拠点に、笑顔を投げかけた。
『いいか、ソフィア?』ケンは、ソフィアの意志を確認するように、モニター向こうから力強い眼差しを向けてくる。
「はい!」凛としたソフィアの返事が、通信で繋がる全拠点に響き渡った。
『〇八二五、ミッションスタート! <ノルン>、発進せよ!』
『第一PSIバリア展開。コントロール・コア同期信号確認、リンク正常』『スロットル開放60パーセント、機関出力上昇。発進一〇秒前』
スクルドが正確なカウントダウンを始める。
「アラン、いい?」「ああ」ソフィアとアランは、アイコンタクトを交わし、すぐに前を向く。<ノルン>の船体が、高まる機関の振動に打ち震えている。
『3……2……1……』『イングニッション』
ウルズがスロットルを開くと、メインノズルが青白いジェットを吹き出す。
『<ノルン>、いきまぁす!』
ソフィアの発声と共に、ロックが外れた<ノルン>は、黄泉へと続くトランジッションカタパルトのトンネルを、放たれた矢のように突き抜けていった。