ディスティニー・ナビゲーター 7
流しっぱなしのシャワーの音と、やや調子外れな鼻歌が、奇妙なアンサンブルを当直職員用のシャワールームに響かせている。
「n〜〜nn〜〜nn〜〜〜n〜〜……」
シャンプーを流した頭髪をそのままに、ソフィアは手探りでトリートメントを手にとって、髪に馴染ませていく。
「n……あっ……」ブクブクと泡立つ感覚に、手と鼻歌がぴたりと止まる。
「ああ〜〜、これ、シャンプー……まっいっか、もう一回。nn〜〜n〜〜……」
何事もなかったかのように、ソフィアの鼻歌が、再び泡とシャワーの音に溶け込んでいった。
****
「ご存知のとおり、インナースペースの観測、それにPSIクラフトを保護するPSIバリアの維持は、クルーの相互観測と自己認識によって成り立っている。この娘達は、ガイノイドとはいえ、人と同等の形を有する事で、人間と同じレベルの認識効果が得られるのよ」ハンナは、IMC中央の卓状モニターに一同を集め、モニターに資料を広げながら、ガイノイドを使ったインナーミッションの概要を説明する。
「それで、人型ってわけか」何度かわざとらしく頷いたティムは、『はい』と、ベルザンディが可愛いらしい微笑みを見せるので、思わず視線を泳がせた。
『私たちは、完璧に自身の身体と他者を識別し、個としてここに在ると理解している……だが……』『ベル姉さんは、どうもそこが不安定なの』ウルズに続いてそう言うと、スクルドは、不満気な表情を作ってみせた。
「ソフィアとのコミュニケーションに欠かせない共感認識、価値観の共有に関わる機能によるものだ……だが、想定より過度に働いているらしい……」アランは腕組して言う。
『だから、ソフィアとは距離を置いた方がよかったのに』『けれど……それが私の仕事ですもの……』
「まぁ、そういうわけで、ベルザンディをサポートしつつ、実際のミッションで適正化していくのが、今回、俺の、<ノルン>での仕事だ」<アマテラス>の一同は、頷きでアランに答えた。
「大切な副長さんをお借りすることになって、申し訳ないわね、カミラ」ハンナは眉を下げる。
「いえ……もともと、ここに勤めるはずだったアランを、日本に移籍させたのは私です。アラン、残した仕事、しっかりね」「ああ、ありがとう。カミラ」
****
「……優しく……私を取り巻き……鳴り響く……」
ソフィアの歌は高揚し、いよいよ絶頂のボルテージを迎える。歌いながら降り注ぐシャワーに向かって、ソフィアは腕を高らかに伸ばす。
「この調べをー‼︎ イタタタ‼︎」
シャワーの水滴は、容赦なく腕にできた擦り傷を舐めていく。慌てて我に帰り、傷を庇う。
「もう……」身体を見回せば、膝と反対の腕にも擦り傷ができている。あのヘッドスライディングでできた傷だ。
「さ〜〜ら〜〜に〜〜明るく〜〜」何事もなかったかのように、歌を続け、傷ついたところを気にしながら、ソフィアは身体を洗い始めた。
****
『……』『……何よ?』『……如何しましたか……?』
にんまりとした笑顔で、亜夢は三女神ガイノイドの顔を興味津々、順に覗き込む。
「みんな、似てるねぇ〜。さっきの女の人に」「さっきの? ……ソフィアさん?」「そう? ……ん〜言われてみれば、そうかな?」直人とサニも三体の顔を順に見ながら、ソフィアの顔を思い出す。
「三体とも表情や体型は、ソフィアの無意識のイメージからモデリングしているからな。言ってみれば、少しずつ人格の異なる、彼女の分身達さ」アランは説明する。
「……特に、彼女自身が基礎人格設計したウルズとスクルドは、幼い頃亡くなった母親、そして妹のイメージも重ねているそうだ……」
「亡くなった?」カミラが聞き返す。アランは小さく頷くと、話を続けた。
「二十年前……あの、世界同時多発地震。地中海沿岸広域地震で、彼女の一家は……運良く助かったのはソフィアだけだった……」
『世界同時多発地震』。直人はハッとなる。二十年前の世界的災害の被害者が、ここにも……直人は胸の底で蠢くものを抑えつけるように、無意識に胸の辺りを握りしめていた。
「俺と同じ境遇なんだ……あいつは……」アランが付け加えた一言に、直人の胸を握りしめる拳はさらに堅くなり、小さく震え出す。
「それにしても遅いわね、あの子」ハンナは、アンティークのような、アナログの腕時計を見ながら呟く。ミッション開始の予定時間は、とっくに過ぎている。
『支部長さん。<ノルン>との接続具合を確かめたい。我々は先に……』ウルズは至って平坦に言う。
「そうね、行きなさい」『はい』
<アマテラス>チームの一同に挨拶もなく、ウルズは、スクルドを伴って、<ノルン>への直通エレベーターへと向かう。ベルザンディは、愛想のない二人の分も含めて、<アマテラス>チームへ軽く膝を曲げて、カーテシーの仕草を作って挨拶すると、二人を追う。
『……ベル姉さん。貴女はこっちじゃないわ』エレベーターに乗りかけたスクルドが、冷ややかに言う。
『え?』
『ソフィアを連れてきてちょうだい』『この調子じゃ、一、二時間、平気で待たされるわよ!』
『う、うん……わかった』ベルザンディの返事が終わる前に、ウルズとスクルドを乗せたエレベーターの扉が閉まる。ベルザンディは、IMCの出入り口へ向かい、一度振り向いて、室内の皆へ笑顔を見せ、退出していった。