ディスティニー・ナビゲーター 5
「おぉ、これが<アマテラス>か。いい船だな、オヤジ」歳の頃は、三十中程、がっしりした体格の男は、<イワクラ>最下部、コネクションポートのプール水面から船体の上半分を浮き上がらせた<アマテラス>を見つめ、隣に立つ、禿げ上がった頭の男に声をかける。
揃って腕組みをして立つ二人の親子の顔は、どことなく似ているが、顎髭面の父親、アルベルトに対して、息子は髭を綺麗に剃り落とし、精悍さが際立つ。やや癖のある、濃いブラウンの豊かな頭髪を、短く七三にまとめた髪型は、清潔さを感じさせる。
「ったり前よ。誰が面倒見てると思ってんだ?」「はは、オヤジのことだ、相当弄り回してんだろうよ」
そうこう話しているうちに、<アマテラス>上部ハッチが開き、タラップが掛けられ、クルーらが船内から昇降機で上がってきた。
「出てきたな」
<アマテラス>のクルー五人は、順にタラップを渡ってくる。最後に降りてきた隊長、カミラは、アルベルトの姿を認め、口を開く。
「お疲れ様です、部長。船のほう、よろしくお願いします。こちらは……もしかして?」
「ああ、息子のケンだ。ここのミッション・チーフをやっている」
「初めまして。ケン・ノイマンです。父がいつも、お世話になって……」ケンは、慣れた日本語で挨拶をしながら、<アマテラス>クルーらに握手を求めるが……
「バロゥ! 世話してんはこっちだ。コイツら、とにかく船の扱いが酷くてなぁ。オレの可愛い『アマテラス』を、いつもいつも……」と、息子の挨拶も遮って、喚き散らすアルベルトに、皆、開いた口が塞がらない。
「め、めんどくさい親父でしょ、はは」「い、いえいえ」
「ったく、実の親に向かって。あぁ、コイツも元々、技術屋なんだ。今回、お前たちがサポートする<ノルン>の開発メンバーの一人だ。<アマテラス>を見たいってんでな」「ははは、技術屋の血が騒ぐもんで。よろしいですか?」
「えっ、ええ、勿論」カミラは、苦笑いから笑顔を作り直し、快く返事した。
「ありがとうございます」
「じゃ、さっそく始めるぞ。ケン、お前も手伝えよ」「ああ。では後ほど」
ケンは、一つ会釈し、アルベルトと、彼の部下らと共に<アマテラス>へと向かう。
「部長……あの……ア、アランは?」タラップを中ほどまで進んだアルベルトに、カミラが声をかけた。
「そういや、出迎えに来るとか言ってたが……あいつにしては遅いな。ま、そのうち……」言いながら、ポート区画の出入り口を見やる。カミラ達も振り返ると、出入り口に、肩を上下させるアランの姿があった。
「来たようだな」アルベルトはそう言うと、<アマテラス>の内部へと降りていった。
「はぁ……はぁ……待ってよぉ〜〜アラン」
アランの後に、大きく息を切らせた女が、ふらふらと続く。女は扉口に寄りかかって立ち止まり、ねだるように手を伸ばす。アランは、仕方なさそうにその手をとって、引きずるようにして、カミラ達の前へと連れてくる。
「……遅くなってすまん、カミラ」「……え、ええ……」
アランがカミラと、視線を合わせたのも束の間。
「はぁ……はぁ……あぁ〜〜もう……動けない〜〜」「お、おい!」
後ろの女は、アランに抱きつくようにしてもたれかかる。カミラの眉が、ピクリと動いたのを、サニは見逃さない。
「ん? あの人、だぁれ?」直人の後ろから、少し背伸びをして覗き込む亜夢。
「そっか、亜夢は聞いてなかったっけ? ソフィアさん。副長の昔の友達だって」直人は、ここに来る前に聞いたままを亜夢に伝えた。
「友達ねぇ……センパイ……マジで言ってる?」呆れ顔のサニは、横目で直人を見る。
「は? だって、副長が……そう」
サニは小馬鹿にする風にため息をつく。
「さぁっすが、チェリーハート」
「どう見ても、ありゃ、元カノ……だろうぜ」困惑する直人の肩に手を置を置いたティムは、苦笑いを浮かべながら小声で言った。
「えっ……ええぇ??」
ソフィアは、アランに寄りかかったまま、肩を上下させている。アランが、離れるよう促すが、首を振って拒んでいる。
「隠さなくてもいいのにねぇ〜、どーせバレバレなんだから」白々しー、とばかりに、サニはアランとその元カノをジト目で見つめた。
「お前みたいのがいるからだろ?」「何ヨォ〜それ」突っ込まずにはいられないティムに、サニは睨み返す。二人のお決まりの応酬に、直人は笑う気にもならない。
そうこうしている間に、亜夢はいつの間にか、アランの前に進み出ていた。
「ねぇ、『もとか……ん?』って、何?」
あっけらかんとした亜夢の問いに、アランとカミラの肩が、同時にビクリと動く。二人は目を丸めてマジマジと亜夢を覗きこむ。
その間にソフィアが、何とかゆっくりと身をおこし始めたので、アランは、歪な形に口を開いた。
「しょ、紹介する。ソフィア・エルミだ。ソフィア、ほら」
アランは、ソフィアを皆の前に立たせる。彼女の肩は、まだ大きく上下していた。
「はぁ、はぁ……ふぅ……あっ、ソ、ソフィアです。ご、ごめんなさい。走り、過ぎちゃって……い、息が……はぁ……はぁ……」
「ソフィアさん……いいから……呼吸をゆっくり」見兼ねてカミラは、ソフィアの肩に手を置き、ゆっくりと深呼吸してみせる。それに合わせて、ソフィアもやっと呼吸を整え始めた。
「……ふぅ……やっと、落ち着いてきたわ……あ、ありがとう。貴女、カミラさんね?」
「え、ええ……初めまして」薄く笑顔を作って、カミラはソフィアに握手を求めた。応えたソフィアの手は、走った後にも関わらず、ずいぶんと冷たいとカミラは思った。
ソフィアは、カミラの顔を覗き込み、不意に嘆息を漏らす。
「ステキ……」「はっ?」
瞬きなく、真っ直ぐに見つめてくる、ソフィアのブルーグレーの大きな瞳に、カミラは思わず視線を外し、アランを一瞥する。アランは、肩をすくめて、視線を落としている。
「あ、いえ‼︎ ご活躍、EUでも話題になってて! ずっと憧れてましたの‼︎」
ソフィアは急に握手を解くと、カミラに近い方から順に握手を求めていく。
「皆さんにも、お会いできて、嬉しい! ええっと……」「サニよ」少し、頬を膨らませ、サニは答える。
ソフィアは、続いて直人、ティムとも握手を交わすも、やはり名前が出てこない。事前予習は昨夜したはず……? なのだが……。ソフィアは、頭の後ろを掻くような仕草と愛想笑いで、皆をもてなすことにした。
「……で、貴女は……えっとぉ……」「亜夢だよ! ねぇ、『もとかぁ……?』……ってなぁに?」握手に応えながら、亜夢は首を傾げて、ソフィアに訊ねてみた。
「お、おい!」とティムが止めるが、既に遅い。
「ん? 『モトカ……』……」ソフィアの脳内再生型自動翻訳が、うまく変換できていないようだ。アランは、ソフィアに意味を耳打ちすると同時に、サニ、ティムに鋭い視線を投げつけている。
「Oh! それは……ええっと……」ソフィアの頬が、僅かに上気したように、亜夢には見えた。
ソフィアは、カミラをチラリと見て、もう一度、亜夢に向き直る。
「亜夢……あなたにも、そのうちわかるよ」「そのうち?」きょとんとなって、ソフィアを見上げる亜夢。
「んん〜可愛いコ!」何かきゅんとくるものを感じて、ソフィアは、思わず亜夢にハグする。驚いた亜夢も、悪い気はしないようで、同じようにハグしてみる。
ハグを解くと、二人は、似たような屈託ない笑みを浮かべていた。
「貴女とは気が合いそう。仲良くしましょ」「うん!」
ソフィアと亜夢の意気投合を<アマテラス>チームは、微笑ましく見守る。PSIパルスの波長が良く似ているのかも、と直人は思っていた。
「……と、とにかくIMCへあがろう。支部長がお待ちかねだ」アランは、皆を促す。
「そうね、予定より遅れてしまったわ」アームカバーの情報パネルに表示された時刻を気にしながら、カミラは答えた。
「すまん……ソフィアがなかなか起きなくて……」
「えっ⁉︎」アランの一言に、カミラは瞬きを止める。
「アレェ〜、もしかしてお二人さん。昨夜はお熱い夜だったのかしらん?」ここぞとばかりに、サニは鎌掛ける。
「あ、いや、えぇと……そんな、いやぁ」ソフィアは、身体をウネウネとくねらせ、途端に白い頬を真っ赤にした顔を覆っていた。対照的に、カミラは、時刻を確認したままの姿勢で固まっている。
「ちょ……調整が長引いただけだ。オレのほうもかかったが、ソフィアは、ほぼ徹夜で……」珍しく動揺が口調に出るアランに、サニは笑いを懸命に堪えている。
「……はい、気づいたら寝落ちしてましたぁ……面目ないですぅ〜〜」一気にソフィアの顔の赤みが消えていくのが、見てとれる。ソフィアが項垂れて肩を落とすのをみて、カミラは、小さく息を吐き出していた。
「……おかげで、身支度もできないまま、皆さんの出迎えに……はっ‼︎」急に何かに気づいたソフィアは、自分の身体を見回し、臭いをかいだりして、顔と頭に手をやると、どんどん蒼ざめていく。
「ど、どうした、ソフィア⁉︎」アランは、目を丸くして声をかける。
「ヤバい! メイク落とさないで寝ちゃった⁉︎ 髪も、ああ、グッチャグッチャ?? ……ぅわ⁉︎ 汗くさ……それに、……猫毛だらけじゃん、もう! ヤバい、ヤバい……こんなカッコで皆さんの前に……うわーーーさいあくぅ〜〜〜」「だ、大丈夫、大丈夫だ、ソフィア。しっかりしろ」「だ、だめよ。だめよ! こんな……」
身震いして取り乱すソフィアに、アランの声も届かない。<アマテラス>チームの一同は、ポカンと口を開けている。
「ごめんなさい、ごめんなさい! きったない女でごめんなさぁ〜〜い‼︎ シャ、シャワー浴びてきますうぅ‼︎」一目散に駆け出すソフィア。さっきまで、息も上がるほどだったのではないか?
「ま、待て! ソフィア! そんな時間は!」「す、すぐだからぁ‼︎ ……っわっ⁉︎」アランの呼び止めに振り向いて、壁にぶつかり、尻もちをつくのも気に留めない。
「ソフィア!」「た……た……だ、大丈夫! そ、それじゃ、後で〜〜」脱兎の如く、ソフィアは走り去っていった。
「…………」一同の空いた口が塞がらない。
「か、可愛らしい、人ね……ソフィアさん」呼び止めた姿勢のまま固まっているアランに、カミラは、取り繕ったような声をかけた。
「……とりあえず……行くか……」「そうね……」
二人はそれ以上、言葉を交わす事なく、歩き始める。ティム、サニもそれに続く。
「ねぇ、なおとぉ〜。あ〜ゆぅのが『もとか〜?』?」
「それは、違う……」亜夢にボソッと答えた直人も皆に続いて歩き出す。亜夢は、また首を傾げて、小走りに続いた。