ディスティニー・ナビゲーター 4
「<イワクラ>誘導ビーコンキャッチ! コースセット!」<アマテラス>観測士、サニは、すっかり慣れた手順の作業を淡々と進める。
「オーライ! さっそくランデブーといきますぜ、隊長」軽い口調で隊長の許可を求めるティムに返事を返す事なく、カミラはぼんやりと、モニターに映る、地中海の海底に差し込む朝日が作る光模様を見つめていた。
「ん、隊長? 良いっすよね?」ティムは怪訝そうに眉を顰め、振り返って隊長に念押しする。
「えっ……あ、ええ。進めてちょうだい」はっとして返す返事も、どこか上の空。そんなカミラをサニは、キッとした目付きで一瞥する。
「……自動操縦、ビーコンに同期。微速前進!」
地中海海底の余剰次元をゆっくりと進む<アマテラス>。その先に<イワクラ>の船底が見えてくる。
「ははぁ〜ん」サニは、シートを回して、振り返ると、覗き込むようにして、キャプテンシートの上のカミラをじっと見上げた。
「な、何よ……」
「アラン副長……心配ですよねぇ〜」
「し、心配なんか! あ、あの人は、古い友人でしょ⁉︎ ……そ、それに、わ、私たちは……そんな……」
「あの人ぉ? 私たちぃ?」「えっ……」
サニは、ニヤリと口角を上げ、シートを元の向きに戻し、カミラに背を向けた。
「副長、今回、<ノルン>の方に乗るんでしょ? こっちは頼れる副長不在。アムネリアは心強いけど……副長の代行は流石に……」
「サ、サニィ〜」身を乗り出して歯噛みするカミラを背中に感じながら、サニはほくそ笑む。
「大丈夫!」アランの代わりに副長席に座っていた亜夢は、唐突に立ち上がって、満面の笑みをブリッジに振り撒く。
「亜夢、頑張るよ! だから……⁉︎」亜夢は、言いかけて突然、睡魔に襲われたように項垂れ、脱力した。倒れそうになる亜夢の体が、何かに操られたようにゆっくりと起き上がる。先程までの少女のような表情は失われ、清らかな湖畔のような気配を伴う、彼女の身体に宿る、もう一人の存在が顕れる。
「……はしゃがない…………なおと……きっと……お役に」
その存在、アムネリアの視線は、ブリッジ前列に座る直人へと真っ直ぐ向けられていた。
「う、うん」直人は、少々、気圧されながら頷く。それを見て、アムネリアが微笑み返すも束の間……
「あっ……」
「ちょっと!」眉を吊り上げた亜夢の表情が戻ってくると、自分の身体の内側に向かって抗議の声を上げた。
「まだ出て来ないでって……」だが、亜夢の抵抗は、再び清涼なる気品の中に抑え込まれてしまう。
「……じき、お役目の時間……そろそろ、お眠りなさい、亜夢……はぅ⁉︎」「……やぁだ‼︎」
亜夢とアムネリア。<アマテラス>のブリッジ一同は、二人の人格の攻防を呆気にとられて、見守る他ない。
「……一人二役も板についてきたな」「はは……」面白がるティムに、直人はただ、苦笑いで返す。
「本気で不安になってきたぁ〜〜」サニは、ウェーブがかった髪を持ち上げるようにして、頭を抱え、大きなため息を漏らしていた。
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「……ソフィア……ソフィア! ……」
……あぁ、神様…………また、目覚めよと呼びたもうのね……
「ソフィア‼︎」
……ふふん……そんな声で呼んでも、どうせ、猫ちゃんでしょ〜〜……子羊さんは目覚めませんよ〜〜……
「いい加減、起きろ‼︎」「……んん……もう、うるさいなぁ……アランはぁ……あぁ、ゴハンね? はいはい……えっ…………」
肩を揺さぶられ、ようやく気怠そうに開きかけたソフィアの瞳に、癖の強い巻き毛を小綺麗に整えた、面長の男の顔がぼんやりと像を結び始める。
「アラン……?」
「何時だと思ってるんだ、ソフィア!」
「⁉︎ ……アラン⁉︎ わぁ‼︎ やったぁああ‼︎」
コントロール・コア中央のシートの上で、まだ夢うつつなソフィアをアランは、もう一度揺さぶる。
「ベルちゃん、ベルちゃん! ねぇ、コレって……うぎゃっ‼︎」ソフィアの膝に飛び乗った黒猫の爪が、また容赦なく、ソフィアの膝に突き立てられる。黒猫は、このダラシない女の目覚めさせ方をよく心得ているのだ。
堪らず膝から引っぺがした猫と、眉を顰めた男の、呆れ混じりの良く似た眼差しが並んで、目を白黒させるソフィアに注ぎ込まれている。
「あれ、あれ、あれ……アランと……アラン。ハテナ??」
「ハテナ……じゃない。今何時だ⁉︎」
ぼんやりしたまま、全周モニターに表示されている時計表示へと視線を向けるソフィア。
「……えぇ……とぉ……ちしじ……ひゃんじゅうろ……わぁあああああああ‼︎ ア、ア、<アマテラス>は⁉︎」
ソフィアは、シートから慌ただしく跳ね起きる。弾みで放り出された黒猫は、床上に見事な着地を決めてみせた。
「とっくに到着してる。出迎えに行くんだろ?」
「わぁ! もぅ、なんでぇええ?? なんで起こしてくれないの⁉︎ ベルちゃん⁉︎ あ、あれぇ?」
「お前があんまり起きないから、苦労してたよ、ベルザンディ。オレに任せて、先にIMCへむかった、あの三人は。ったく寝起きの悪さは、全く変わらんな……」
「うぅう……ぴぇん……」ソフィアは眉を八の字にして、両目の下に人差し指を横に当て、泣き顔を作る。
「ぴぇん……じゃない。ほら、急いで!」「う、うん」シートから降りると、ソフィアはアランに促されるまま、出入り口へと向かう。
「わぁっ!」
ほぼ私部屋と化している室内の、床に転がった何かに足をとられ、ソフィアは、よろけた弾みで入退ハッチの開放スイッチを押してしまう。開くドアに、黒猫の瞳がきらりと輝く。
「あ、だめ、アラン!」
一目散に脱走を図る黒猫アラン。間一髪、アランは猫を鷲掴みにして抱き上げると、ソフィアへと返してやった。
「もう、あんたはここで大人しくしてて! また、皆に怒られちゃうんだからぁ」
そう言いながら、部屋の奥へと猫を追いやると、ソフィアはサッと、コントロール・コアから出て、恨めしそうな猫の鳴き声に耳を貸す事なく、すぐにハッチを閉じた。
「これでよし。いい子にお留守番してるのよ、アラン」ハッチの外から声をかけると、ソフィアは、取り繕ったような笑顔を浮かべてアランを見上げた。
「……うぅむ……なんだか妙な気分だ……」アランは、腕組みした片手を顎にあてながら、なんとも渋い表情を浮かべている。
「へへ。閉じ込められた猫。さてさて、次に開けた時、果たしてアランは生きてるでしょうか? それともぉ〜? どっ〜〜ちだ??」
イタズラな笑みでソフィアは問いかける。
「シュレディンガーの猫か……」「ねぇ、どっち?」
学生時代の面影が重なる微笑みに、アランは思わず視線を逸らす。
「やっぱり、猫の名前……変えてくれ」
「ヤァだ!」
早足で歩き出したアランの後を、足取り軽く、ソフィアは小走りで追いかける。