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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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ディスティニー・ナビゲーター 1

『構わない! 俺を……俺たちごと撃て‼︎』


 <アマテラス>のブリッジに、迷い無き男の声が、力強く響き渡る。


「アラン⁉︎」キャプテンシートのカミラは、唇を振るわせ、通信モニターの向こうを覗きこんだ。


 いつもなら、自分の傍らにいて冷静に状況を分析し、支えてくれる副長。それが当たり前だった——その男、アランは、通信モニターを隔てた向こう。ミッションを共にする僚船、<ノルン>のブリッジから、カミラを真っ直ぐ見つめている。


『カミラさん……こんな事になってしまってごめんなさい。でも……私も……世界を守りたい。大好きな皆が生きる世界を……』


 <ノルン>のブリッジ床上にへたり込み、アランに細身の身体をもたれかけている女が言う。細面で白銀に近いブロンドが美しい、その女の肩を包むアランの手に力がこもる。カミラは、返す言葉もなく、奥歯を噛み締めた。


「ダメだ、隊長! こんな事は!」


 <アマテラス>ブリッジ前列のコ・パイロット、風間直人が振り返り、童顔を険しく顰めて叫ぶ。


『やるんだ! カミラ!』直人の声に被せて、アランは声を張り上げた。


『……約束したはずだ……どんな事になっても……キミを守ると……約束を、果たさせてくれ』


「アラン……くっ!」


 カミラは一度、両目をきつく閉じると、再び見開き、正面モニターを見据える。


 幾重にも重なる、まるで雲のような時空の畝りを表す光の渦の只中、<ノルン>は、こちらを向いて静かに佇んでいる。その機関部である三つの球体構造上部、及び下部からは、光の柱が伸び、上部は絡み合って天空へ、下方も同様に遥か次元の彼方まで伸びている。


 下方を見やれば、果てなく広がる、何処かの都市のような光景が広がり、天空には、青みがかった、鉛のような鈍い光を放つ、地球によく似た惑星のようなのものが、朧げに浮かんでいる。


 ……なぜ……どうして、こんなことに……


 湧き上がってくる苛立ちと、やりきれない思いを抑え付け、カミラは、眉を吊り上げて、口を開く。


「PSI波動砲! 発射準備‼︎ 目標……<ノルン>‼︎」————



 ……柔らかな日差し……


 ……可愛らしい……小鳥達の囁く声……


 ……あぁ……神は、もう目覚めよと呼びたもう……この哀れな子羊さんに……


 ……でも……あともう少し……もう少しだけ……お願い……神様……


 …………はぁ…………芳しい香り……


『おはよう……』


 ……神様……それはズルい……


『ソフィア……もう朝だぞ』


 ……その甘い声で呼ばれたら……もう……


『ソフィア……さぁカプチーノを……』


 ……あぁ……もっと……もっとワタシの名前を……


『ソフィア……』


 ……あぁ……アラン……ワタシの……


 ……お願い……目覚めのキスを……そしたら起きてあげる……さぁ……キス……キス……


 キス……キス……キス……キス……キ……キ、キ、ギィ……


 太ももにじわじわと食い込む、鈍く尖った痛みが、甘いカプチーノの香りと、幻想の靄を吹き飛ばす。


「ギャァアアア‼︎」「ふみゃああああ〜〜」


 悲鳴と共に跳ね上がった女に驚いた黒猫は、膝の上から飛び降りると、琥珀色の瞳で不満を訴えた。


「ア……アラン‼︎ こら‼︎ 痛いじゃない‼︎」


『……どうした、ソフィア? 呼んだか?』


 ソフィアのヒステリックな声に呼応して、ドーム状の全周モニターに開いた通信ウィンドウに武骨な顔立ちの男が現れる。


「え、あ、えっ〜〜〜と……うぅんん、猫の方よ。へへ……何でもないの」


 猫のアランは、捕獲しようとするソフィアの腕からスルリと抜け、ソフィアの座っていたシートに跳びのると、何食わぬ顔で丸まって、再び眠りにつこうとする。


『……そうか……やはり紛らわしいな。猫が同じ名前では』「言ったでしょ? あの時……貴方がワタシを一人にした腹いせでつい。またこうやって、一緒に仕事できるなんて……思ってなかったんだもん」


 ソフィアは細く蝋人形のように整った顔を、苦笑いに歪めていた。


 六年前——アランとソフィアは、ここ、IN-PSID EU支部と研究提携をしている、欧州PSI開発総合大学の人工知能開発学科の同期であった。しかし、とある事情からアランは卒業を待たず日本に渡り、間もなくIN-PSID本部へと移籍した。


 当時、恋人関係にあったソフィアに、アランは多くを告げず去った。悲嘆の毎日を過ごしながらも、その翌年からソフィアは、EU支部に招かれる。


 支部のある地中海、マルタ島での暮らしは、ソフィアの傷心を慰めるのに十分であった。なにせそこ、マルタ島は、猫の島なのだから。大の猫好き、ソフィアにとって、まさに楽園であったに違いない。


 黒猫、アランは、いつの間にかソフィアに懐いていた野良猫。傷心も癒えた頃、ソフィアは、その黒猫のクールな眼差しに、アランの面影を感じ、自分を捨てた元恋人への当て付けも込めて、アランと名付けて飼い始める。


 今やEU支部内のこの部屋、シミュレーターも兼ねる『<ノルン>コントロール・コア』は、いつの間にか、ソフィアと黒猫アランの『生活の場』とも化していた——


『……すまなかった』


 アランの映る通信モニターの向こうは、EU支部が開発したPSIクラフト(余剰次元探索活動艇)<ノルン>のブリッジ。技術課の作業員らが忙しなく調整作業にあたっている。


「昔の話よ……今回は無理言ってごめんなさい。でも……やっぱりこれはアランでないと……」


「わかっている。こいつはオレの残した課題だ。呼んでくれて、むしろ感謝してる」


「ほ、ほんと⁉︎」『ああ。きっちり仕上げよう』


「え、ええ」ソフィアが、白く透き通る頬を仄かに上気させ、何か言いたげにモジモジとしている間に、アランは通信ウインドウを閉じていた。


『事象分岐シミュレーション判定完了。只今の観測次元……現象化率は過去、五年のうちに三十パーセント……』黒猫アランに乗っ取られたソフィアのシートからみて、左手に背を向けて佇む女が、平坦なトーンの声を発する。腰のあたりまで伸びた、青みがかった灰色の髪が、どこか神秘的だ。


「え、何? ウルズ??」


 ソフィアが顔を上げると、全周モニターに、コーヒーカップを手に、ベッドサイドに腰掛けたアランらしき男性の姿が、モヤモヤと浮かび上がっている。


『未来三ヶ月、四パーセント』ソフィアの問いかけの答えを待たず、今度は右手に佇む、ミディアム程度のカールしたブロンド髪の少女が、声を上げた。


「ちょ、ちょちょちょ! スクルドまで⁉︎」


『よって現時間軸上に、この観測事象収束の可能性はほぼありません』スクルドは、ソフィアを適当にあしらう様に、言い放った。同時に、モヤモヤと浮き上がっていたアランの像は、霧散する雲のように消えていく。


 すると、またモヤモヤとアランが浮かび上がり、しばらくすると霧散する。まるで小馬鹿にでもするように、その映像は何度もループを繰り返していた。


「もう! ウルズ、スクルド‼︎ 二人ともぉ! 何、分析してんのよぉ〜。今のはただの夢〜〜! データ消去ぉぉー」


 スクルドに掴みかかりそうなソフィアは、肩を引き止められて振り向く。彼女と同い年くらいの銀髪の女性が、穏やかな笑みを浮かべていた。


『仕方ないですわ、ソフィア。シミュレーション中にうたた寝なさってしまうから……』


「うぅ……わかってる……わかってるからぁ〜〜ベルちゃんまで、そんなこと言わないでぇ。はぁ……」


 ベルと呼ばれた女は、名をベルザンディという。ウルズ、スクルド、そしてベルザンディは、三人とも、ソフィアによく似た顔立ちをしているが、表情はまるで違う。冷徹なウルズ、勝ち気なスクルドに比べ、ベルザンディは聖母ような和やかな面持ちだ。


 そのベルザンディの優し気な眼差しが、余計に心に突き刺さる。ソフィアは項垂れて肩を落とし、コントロール・コア内を見渡した。


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