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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
151/256

旅立ち 5

 バイクの走行音が止まったのに気づき、穂波は天体望遠鏡から顔を離す。展望台のフェンスに寄ると、馴染みの客の姿が見える。

 

「空いてるわよ」穂波は、展望台の上から声をかけた。

 

 

 しばらくすると、展望台に出る錆がかった古いドアが、開く音がする。

 

「……ふふ。やっぱり戻って来た」穂波は、再び望遠鏡を覗き込みながら言う。

 

「ああ……」ティムは、頭の後ろを掻きながら、バツの悪そうな笑みを溢す。

 

「今夜あたり、来るんじゃないかと思っていたわ」「え?」

 

 そういえば、穂波は大抵、観測ドームで仕事をしている。この間のような、天体教室のようなイベントや、予約でもない限り、屋外展望台の方に居るのは珍しい。

 

「今夜は新月……月の出てない夜がお好きでしょ、あなた?」望遠鏡から目を外し、振り返って微笑みかける穂波。まさか、待っててくれたのか? ティムは淡い期待を抱きながら、穂波の傍へと寄る。

 

「はは……そうだったのかもな」

 

 ティムは、月明かりの無い、澄み切った星空を見上げた。

 

「……もう、怖くなくなった?」

 

 ティムは、小さく頷いて答えた。

 

「月は生命の母……そう言ってたよな」「ええ」

 

 母親か……ふと、今では疎遠になってしまっている実母が思い浮かんでくる。

 

「……ガキの頃……宇宙を飛び回るオヤジは、滅多にオレの家に帰ることはなかった。スペースポートの管制官をしていた母親もいつも仕事、仕事……今思えば、年に数回帰ってくるオヤジをいつも待ち侘びていたんだな……あの人は」

 

 一人語りを始めたティムを、穂波はそっと見上げる。ティムは星空を見上げたまま、続ける。

 

「なかなか構ってはくれなかったけど、オレにとっては、まあ、いい母親だったさ。けど……オレは見ちまった。十歳になるか、ならないか……そんくらいの頃かな。オヤジが帰って来た夜……母親の……月明かりに浮かぶ女の姿を」

 

「…………」穂波は無言のまま、ティムの見つめる先へと視線を移した。

 

「怖かったさ。そこにいたのは、自分の知っている母親ではなかった……でも……どこかで、美しいと感じていた……しばらく、目を離せなくてな」

 

「……その時、母親と目が合った気がして、オレはその場から逃げた。あの目を今でも覚えている……」

 

 苦笑して、穂波の方へと向き直る。穂波も自然とティムの方を向いていた。

 

「月には、そんな怖さをどこかで感じていたのかもしれない。……母であり女……まさにそんな星だったよ、あそこは……」

 

 二人の視線が重なる。星々が、数回、瞬いていた。

 

「……母であり……女か……私はどっちなのかな……ね、ティ……」ティムの太い腕が、穂波の華奢な身体を包み込む。

 

「ティム……」少し驚きながら、でも、熱い胸板の奥から聞こえてくるティムの鼓動に、穂波は、安らぎを覚えながら、そっと頭を預ける。

 

「……私はなれないよ、あなたのお母さんには……」「ったりまえだろ……」

 

 ほんの少し身体を離し、穂波は頭ひとつほど高い、ティムの顔を見上げた。彼の瞳の中に煌めく星々を見たような気がしながら、穂波はそっと瞳を閉じた。

 

 ****

 

 漆黒の宇宙空間に浮かぶ月。その周囲を回る、星々の光を遮る黒い影。

 

 その月の南極圏には、海のように広がった流体状のものが描かれていた。海は、月の周囲を回る黒い影に引きつけられ、宇宙空間を流れる大河のようになって流れていき、影と共に消え去った。

 

 これは、現実と認識しているこの世界で起こった現象ではない。<リーベルタース>の記録に残った、インナースペース次元のデータを模式的に再現した映像だと、愚者、ムサーイドは説明した。

 

『……では……結果的に、ヘカテイアンは……』

 

 姿を見せぬ声が、バーチャル映像が作り出す宇宙空間の彼方から問いかけてくる。

 

「えぇ……これで月は、我々人類のもの」女司祭は、ほくそ笑む。

 

『しかし……ルナ・フィリアは残り、ヘカテイアンの存在が世間に広まるのも時間の問題……果たしてこれで良かったか……』「ルナ・フィリアと、ヘカテイアンに関する証拠は、全て抑えています。むしろ月面で、重力子爆弾を使用せずに済んだのは、我々としても好都合」

 

『ふふ……世間を納得させるのは、キミの仕事だ。いいシナリオを書いてくれたまえ』『人ごとのように……』

 

 宇宙の彼方のあちこちから、思い思いの声が聞こえてくる。女司祭は、それを愉快気に聞いていた。

 

『……世間はどうとでもなる。インナースペースレベルでの情報操作も可能だ。だが、懸念はIN-PSID。彼らは少し知り過ぎた。よもや、我らのことも……』

 

「その点は、ご心配なく。潜入させたナターリアも、我々については何も。念の為、重力子爆弾の掠取に関わったという体で、NUSA政府に身柄を拘束させました」ムサーイドが、声の来た方へ一歩進み出て説明した。

 

『彼女だけか? 所長のマークは?』『そうだ……ミッションに関わった連中はともかく、彼はナターリアと深く関わった。彼だけでも拘束するべきではないのかね?』

 

「はっ……そのつもりでしたが……」

 

 

 ミッション終了後、数日——

 

「ナターリアを……なぜ……」

 

 突然、IN-PSID NUSA支部の所長室へと押しかけてきた新合衆国捜査局の捜査員らは、空間投影機で逮捕状を映し出し、ナターリアの引き渡しを要求してくる。捜査員は、ナターリアにNUSAが管理する禁止兵器、重力子爆弾掠取に関わった嫌疑がかかっていると言う。

 

「……いいのよ、マーク。こうなる事はわかっていた」ナターリアは、捜査員のリーダーに向かってそっと両手を差し出し、手錠を受け入れようとする。マークは、その間に割って入り、捜査員らを睨みつける。

 

「待て! そもそも、今回の件は、UNSA政府の依頼だったはずだ! 重力子爆弾も!」

 

「ええ、NUSA政府は、ルナ・フィリアの怪現象調査、解決はあなた方へ依頼した。だが、禁止兵器、重力子爆弾の使用など認めてはいない。全て、この女と航宙科学局の協力者による犯行は、明らかだ。貴方は、この女に吹き込まれたのですよ」

 

「そ、そんなバカな」マークは、ナターリアを覗き込む。その視線から逃れるように、ナターリアは顔を俯けた。

 

 後ろから別の捜査員が進み出て、手にする端末の捜査資料を見ながら説明する。

 

「動機は、療養中の娘が死んだ事に対する、ルナ・フィリアへの復讐。航宙科学局側の連中は、次期恒星間航行機関に関わる重力場実験の為……などと言っているが……背後にテロ組織が関与している疑いもある。とにかく、連行させてもらいます」

 

「デタラメだ! 全て、NUSA政府との密約によるものだ! 彼女を連れて行くなら、私も、私も連れて行け! ナターリアの無実を証言する!」

 

「……マーク。いいの。私だけで十分よ」そう言ってナターリアは、再び手を差し伸ばして、捜査員を促し、手錠をかけさせた。

 

「ナターリア!」マークの顔が青ざめていく。

 

「すでに検挙した共犯者らの証言によれば、全てこの女がやったと。他に証拠は出ていない。それとも、政府とあなた方が、爆弾の手配に関与した証拠でも?」

 

「こ、ここに、政府と交わした証文が……」

 

 マークは、自席の端末で機密フォルダを展開し、政府と取り交わした証文データを開こうとする。しかし、フォルダには何も残されてはいない。

 

「そんな、バカな……データが……」

 

 引き出しの鍵を開け、バックアップのメモリーを探すも見つからない。ふと顔を上げた時、ナターリアが小さく微笑んだように見えた。

 

 マークは愕然となって膝を落とす。構わず捜査員らは、ナターリアを連れて、部屋を去ろうとした。

 

「爆弾は? ……どちらにせよ、我々はあれを使用した。責任は私にある」

 

「所長殿……言ったでしょう。あなた方は、この女に騙された。それに、あなたの政府へ提出したレポートによれば、爆弾の使用はインナースペースでのこと。この『現実世界』への影響は認められない。つまりは『使用した』、などという事実は何もないわけです。……政府は、これ以上、あなた方を追求しない方針です」

 

「くっ……それで手を打って、口を封じようと⁉︎ それが、政府(お前たち)のやり方か⁉︎」

 

 マークはよろよろと腰を上げる。

 

「どう思おうが、貴方の自由。私は、上の決めたことを伝えたまでですよ」捜査員のリーダーに、掴みかからんばかりのマークを、ナターリアが進み出て阻む。

 

 冷徹なナターリアの眼差しが、マークの身体を凍り付かせる。

 

「マーク……貴方はここの所長よ。しっかりして」ナターリアは冷たく言い放つ。

 

「ナターリア……」

 

 踵を返し、ナターリアは自らの足で所長室を出る。捜査員らがそれに続く。

 

「ま、待ってくれ!」マークの震えた声を背中に受け止め、ナターリアは、足を止めた。

 

「……短い間だったけれど……私には…………あなたの優しさが安らぎだった……」マークに背を向けたまま、ナターリアは呟くように言う。

 

「………家族を大切にね……」

 

「行くぞ」促され、ナターリアは振り返る事なく捜査員らと足早に廊下を進む。その後を追って、自ずと動き出そうとするマークの足を、電話のコールが止めた。

 

 光形成ディスプレイを左手に展開すると同時に、頭の中に事務員の声が聞こえてくる。

 

「……はい……えっ? ……まさか……」

 

 そうしている間に、ナターリアの姿は、廊下の角の先に消えていた。

 

「……わかった、つないでくれ」マークは、足早に室内に戻り、机に着くと電話の通信を机上の端末に転送する。

 

 間もなく画面が切り替わり、電話相手の姿が見えてくる。十年近く、音信が途絶えていた相手の姿に、マークは打ち震えていた。

 

 目頭を押さえ、顔を上げて、できる限りの笑みを作ってみせ、マークは口を開いた。

 

「もしもし……ああ、私だ……ああ……」

 

 

 ****

 

『……なるほど。あの大統領のやりそうな事だ』『良いのではないか? IN-PSIDには、まだ暫く働いてもらわねばならん』

 

『そうだな……』

 

「さて、ご一同。オービタルエデン、月……そして、<リーベルタース>のワープ機関……全て揃いました。いよいよ計画の第二フェーズを発動しますわ……」

 

『うむ……』

 

「さあ、ワールド……御下知を……」

 

「………………………」

 

「……はっ……確かに……」

 

「ワールドの裁定は下された。選ばれし、ドミヌスらよ。いざ、天の楽園へ上がれ! 然る後に、月を従え、来るべき日に備えよ! ノヴス・ドミヌス!」

 

『ノヴス・ドミヌス‼︎』

 

 

 ——月面南極圏における『未確認流体現象』は、NUSA政府より、月面サナトリウム『ルナ・フィリア』が保有する、医療用PSI精製水の異常増殖事故によるPSI特性災害(PSID)であると正式に発表された。

 

 ルナ・フィリアでは、ここ数年、インナースペースに起因すると思われる異常現象が多発、PSIDに繋がる可能性があるとし、事件当日は、ルナ・フィリア、及びNUSA政府の依頼で、IN-PSIDが調査にあたっていたが、その調査中に、事故が発生。IN-PSIDがそのまま事故の収拾にあたったという。

 

 ルナ・フィリアの居留者、及び職員は、無事、NUSA月面宇宙軍によって保護され、施設は一時的に軍の管理下に置かれている。

 

 この事故で、ただ一人、ルナ・フィリア所長、ジェシカ・ローズ・ウィルソン博士が、流体流出に巻き込まれ、残念ながら命を落とした。謹んで、哀悼の意を表したい。

 

 ——事故より一週間後 ワールド・タイムズ紙記事より



 INNER NAUTS 第二部第二章「月と夢と精霊と」 完

INNER NAUTS 第二部第二章「月と夢と精霊と」本回をもって完結です!

最後までお読み頂き、ありがとうございます。


ご感想等いただけたら幸いです。

次章は、早ければ2024年5月ごろ公開を予定してます!

今後、情報は、X(旧Twitter)HPをご覧ください。


X(旧Twitter):https://twitter.com/yassy0215_x

HP:https://innernauts.com


第二章連載完結記念 イメージイラスト:https://www.pixiv.net/artworks/113975225

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