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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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旅立ち 4

「ふぅ〜〜〜〜」ぱんぱんに張り詰めた腕と胸の筋肉を緩め、ティムはチェストプレスから腰を上げる。

 

 朝方の雨模様が嘘のように晴れ上がった昼下がり。トレーニングジムの、いつもの蒸した汗の匂いにも、なんとも言えぬ懐かしさを感じ、ティムは苦笑して、ドリンクを口に含む。

 

 大切な友人と過ごした、六時間弱のミッションは、あたかも、永遠の時のようにティムの胸にしっかりと刻み込まれている。思い返せばいつでも、レニーはそこに居て、走り続けている……そう思うと、小さな笑みが溢れた。

 

「お疲れ。精が出るわねぇ」

 

 あのガタイのいい女装……いや、『女性』コーチが、よく冷えたタオルを差し出して微笑んでいる。

 

「コーチ……ありがとう」

 

 ティムは、彼女の差し出したタオルを快く受け取ると、火照った顔に押しつけた。頬に突き刺さるような冷たさが、気持ち良い。

 

 そのまま、身体の汗をさっと拭き取って、コーチが差し出す回収箱にタオルを投げ込み、ティムは感謝の笑みを浮かべて見せた。

 

「あら、どうしたの? イヤに爽やかね。何かいいことでもあった?」少し上目遣いで、見つめてくるコーチも、今日は少し、女っぽく見える。本当に心は女性なのだろうと、ティムは納得する。

 

「ん……ま、まぁ……ね。わかる?」

 

「えぇ。これでもワタシ、貴方のコーチよ」「はは、違いねぇ」

 

 二人から自然な笑いが溢れていた。

 

「マスミコーチ! 他にもお客さんいるんだから! 長話しない!」受付カウンターの方から、若い細面の男が目を吊り上げてこちらへ近づいてきた。以前、退室する時に、何故か睨んできたあの青年だと、ティムはすぐに気づく。

 

 レニーとまではいかないが、なかなかの美青年ではある。

 

「長くないわよ。もぅ、妬かないの」マスミと呼ばれたコーチは、少し腰をくねらせて、甘えたような口調で言い返す。

 

「や……や……妬いてなんか!」「ふふ、紹介するわ。マネージャーのタクミくん。実は、ワタシたち……付き合い始めたの。結婚を前提に……ね」マスミは、そう言いながら、その青年に肩を寄せる。並べば、マスミは、頭ひとつ分くらい、その青年より背が高い。

 

「ええっ⁉︎」ティムは、驚きに身を退け反らせていた。

 

「ちょ……ちょっと、マスミ‼︎」タクミと呼ばれたマネージャーの色白の顔が、すぐに真っ赤に染まる。

 

「いいじゃない、いずれ皆にもわかる事だし」マスミは、デレデレとそんなタクミの肩に身を擦り付け始めた。タクミは、全身を真っ赤にして、身体を硬直させる。

 

「ふふ……」「何? アレ、そんな顔して。もしかしてワタシのこと……」マスミの悪戯な瞳が、ティムを覗き込んだ。

 

「悪ぃ! 流石にそれはない」

 

 臆面もなく顔の前で手を振って言うティムに、マスミは吹き出す。

 

「だよねぇ〜〜。ティムさんは、根っからのストレート。知ってたわよ」マスミは微笑む。ほんの少し、俯きながら……

 

 タクミのほうは、その言葉を聞くや否や、顔の強張りが解けていく。

 

「そ、そ、そうなんだ……よかった……はは。ティムさん、どうぞ、ごゆっくり〜〜」ふわふわと、浮き立つ足取りで、タクミは受付カウンターへと戻っていった。

 

 ティムは、堪えきれず笑いを溢す。

 

「けど……そういうのも、アリなんだよな」

 

「何それ」マスミは怪訝気に聞き返す。

 

 受付カウンターで、タクミがにこやかに接客を始めている。

 

「幸せの形は、みんなそれぞれって事。ようやくわかった気がする」穏やかにタクミを見つめるティムに、マスミは、小さく頷いていた。

 

「どう、もう一本。やってく? 見ててあげるわよ」「ああ、頼むぜ」

 

 

 ****

 

 ……彼らは……我々の宇宙を知りたいと願った……

 

 ……その意志が……やがて現象化し、意志の入れ物……身体を創り出した……それが生命……

 

 ……そして……我らもまた……

 

 ………我らは、種を見極める……その種が……生まれ変わる、新たな大地に和す存在なのか……

 

 ……されど……我ら……人に宿し神子は……過ちを……幾度も…………

 

 ……我らは……願う……我らは……人と……

 

 

 ……我は、人間……ですか? ……なおと……

 

 

「……風間くん……風間くん」

 

 水面の上から聞こえてくるような声に、直人の意識はすっと引き寄せられる。肩を軽く叩かれる感覚が、視界を開かせた。

 

「ん……ん……あ、あれ……ま……藤川……さん……」

 

 腰を屈めた真世が覗き込んでいる。長期療養棟に付随するICU区画の待合所で、寝落ちしていたらしい。

 

「オレ……寝ちゃってた……今、何時?」「そろそろ四時よ」

 

「二時間近くここで……」

 

「朝早くからミッションだったもんね。無理も無いよ」

 

「そうだ……アムネ……亜夢は?」「うん……あの娘もさっき目を……」

 

 扉の開く音がして、直人と真世はそちらに顔を向ける。

 

「あっ……」貴美子に付き添われて、眠そうな目を擦りながら、亜夢が検査室から出てくるのが見えた。

 

 亜夢は、直人に気づいくと大きな瞳を見開き、一瞬、笑顔を作りかけて顔を伏せる。

 

「ICUに運ばれたって聞いて……」直人が、声をかけながら近づくと、退いて貴美子の影に隠れるようにして、目を合わせない。

 

「えっ……あ、だ……大丈夫?」

 

「う……うん……」

 

 俯く亜夢の顔が、薄っすら上気している。が、直人は、まるで気づいていない。いつもと様子の異なる亜夢に戸惑いながら、更に声をかける。

 

「ご、ごめん……オレたちがキミに頼り過ぎてたから……こんな……」

 

「……」亜夢は無言のまま、ますます貴美子の後ろへと、赤く染まった頬の顔を隠す。

 

「直人くん、違うのよ」貴美子が、亜夢に代わって応える。

 

「えっ……どういう……」貴美子、真世を交互に見れば、二人はなんとも複雑な表情を浮かべている。状況がまるで飲み込めない……

 

「直人くん、まだ、ゆっくり休ませないと。今日のところは……」

 

「あ、はい……なんか、ごめん。また……見舞いに来るよ」

 

 貴美子の陰で、亜夢は小さく頷く。貴美子に促され、付き添われて、亜夢は療養棟の自室へと戻っていく。

 

「亜夢……」直人は、呆然と二人の後ろ姿を見送る。

 

「大丈夫……風間くんが心配するような事じゃないから」そう言う真世の口ぶりから、亜夢の容態がそう悪いわけではないことは、直人も理解した。……じゃ……一体、何なんだ?……

 

 亜夢の体調の変化に関して、詳しい話を直人はまだ聞かされていない。隊長、副長には話があったようだが……

 

「……私も行くよ。亜夢ちゃんの面倒、見てあげないと……」「う、うん」

 

 真世はそう言うと、貴美子と亜夢の方へと足を進める。

 

「……藤川さん」「んっ」直人に呼び止められ、真世は振り返った。

 

「亜夢を……頼む……」「…………」

 

「ええ、もちろん」

 

 真世は、小さく手を振って笑顔を見せると、小走りに二人を追いかけた。

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