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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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旅立ち 3

 レニーが目を開くと、<アマテラス>、<リーベルタース>の目の前にはサーキットのゴールへの一直線が再び浮かび上がる。先ほどコースアウトしたカーブを曲がり終えた辺りだ。

 

 ターミナルステーションの発着ポートがゆっくりと口を開け始める。

 

「ふぅ……やっと、戻ってきたのね」

 

 レーダー盤は、ウィルソンが再び、襲いくるような気配は示していない。サニは胸を撫で下ろし、前方、ゴールの発着ポートを見つめた。

 

『マイケル……もう少しでお別れだ』

 

『……ああ』通信モニター越しのマイケルは、俯いて応じる。

 

『最後の頼み、聞いてくれるかい?』

 

『何だ?』顔を上げたマイケルは、不器用な笑顔を作っていた。ティムは、その間、ゴールだけを見つめている。

 

『一緒に……並んでゴールしよう……』『……わかった』

 

 

 サラは、操船をマイケルに預けると、自席に戻り、ダミアンと交代する。マイケルはゆっくりと船を前に進めた。<アマテラス>の隣に<リーベルタース>が並ぶ。

 

 すると、サニのレーダー盤に突然、反応が現れ始めた。

 

「後続に感あり、多数‼︎ ……パターン照合、これは、ヘカテイアン⁉︎」

 

 サーキットをなぞって、流体状の反応が後方から押し迫る。やがてそれは、幾つもの塊となって、色とりどりのスペースボートを作り出していった。

 

 ヘカテイアンの幾つものスペースボートは、<アマテラス>、<リーベルタース>を追い抜こうとする事なく、追従して走っている。まるで、両船のゴールを祝福するかのようだと、直人は思った。

 

『……<リーベルタース>! <アマテラス>! 応答せよ! ……無事なのか? 答えてくれ、マイケル‼︎』

 

 途切れていた通信が回復してくると、マークの懸命な呼びかけが聞こえてきた。その声が、<リーベルタース>、<アマテラス>皆の緊張を解きほぐしてゆく。

 

『こちら、<リーベルタース>。ようやく、月余剰次元に戻って(・・・)きた』

 

 通信モニターに現れたマイケルの姿に、全支援スタッフらにも安堵の表情が戻ってくる。

 

「おお、マイケルか⁉︎ 無事なんだな⁉︎ <アマテラス>は⁉︎」

 

『こちらも、無事です! <リーベルタース>と同時空にて、並走中! 間も無く、ゴールよ』カミラは微笑んで答えた。

 

「ゴール? あ、ああ……」マークが、怪訝そうにしていると、オペレーターが突然声を上げる。

 

「しょ、所長! 月面の、ヘカテイアンの海が‼︎」「ん⁉︎」

 

 顔を上げたマークの目に、月面監視衛星の映像が飛び込んでくる。さっきまで睨みつけていた、『ヘカテイアンの海』は、まるで幻想だったかのように、ゆっくりとその影を消し始めていた。

 

「ヘカテイアンが……消えて……ゆく……」

 

 ナターシャは、呟きと共に、全身を頑なに縛り付けていた力が、急に抜け落ちていくのを感じていた。

 

 

『フルムーンカップ! 最終ラップ! 勝者は、ベテラン、マイケルか⁉︎ 新人、レニーか⁉︎』

 

 喧しい実況が<アマテラス>、<リーベルタース>のゴールを盛り立てている。

 

『おおっと! これはどうした事だ⁉︎ 両者、ピッタリ並んで……ゴールゲートを通過‼︎ 同時にゴール‼︎』

 

 会場に歓声が湧き上がり、中継カメラが目まぐるしく両船の頭上を行き交う。

 

 両船が並んで静かに停まると同時に、レニーのフォログラムは、光を失い始める。

 

『レニー⁉︎』真っ先に気づいたマイケルが、立ち上がって呼びかけ、その声にティムが振り向く。皆の視線もレニーへと集まる。

 

『ありがとう、マイケル、ティム』

 

『キミたちに出会えて……キミたちと走れて……こんなに幸せなことはない……僕の、魂に刻まれた……人として生きた最高の記録は……この宇宙に永遠となって刻まれる……』

 

「レニー!」ティムは、席を立ちフォログラムのそばへと駆け寄った。

 

『そんな顔、するなよ。ティム……この宇宙に……インナースペースに刻まれた想いは……また生まれ来る誰かが引き継ぐ……そうやって、人の魂は生まれ変わるんだ……』

 

「!」レニーの薄れゆく笑顔に、最近できた幼い友人の笑顔が重なる。

 

 そうか、そういう事なんだ……レニーの言葉が、ティムの心に染み込んでゆく。

 

『マイケル……もう、行くよ。約束どおり……皆を連れて……何も思い残すことはない……これで、ようやく旅立てるんだ』

 

 マイケルは、瞳に昇ってくる生暖かいものを堪えて、顔を上げる。

 

「引き留めはしない……けど、レニー! もう一度……もう一度だけ、お前の姿を見せてくれ……」

 

 マイケルに一つ小さく頷くと、レニーは最期の魂の輝きを放ってみせた。後光に照り輝くレニーは、まさに絵画に描かれる天使そのものだ。

 

「美しい……」カミラ、アラン、直人は、感嘆のため息を漏らす。<リーベルタース>のクルーも、支援スタッフらも皆、同様に言葉もなくその光の精霊に心を奪われていた。

 

「あんたのお兄さんが惚れるのも……無理ないか」ティムのそばによってサニは言った。

 

「ああ……」ティムは頷く。

 

「楽しかったぜ! レニー! お前とのラストラン! 一生、忘れねぇ!」そう言いながら、ティムはレニーに、サムズアップを作って見せた。

 

『ああ、ティム。僕もだ』レニーも同じようにして応える。

 

 レニーの光像は、ゆっくりと浮かび始めた。

 

「……どこへ向かうんだ?」

 

『ふふ……あそこさ……キミ達が作ってくれた旅立ちのゲート……』レニーは、上を向いて答えた。

 

「⁉︎ ……まさか⁉︎」

 

『忘れたかい? ヘカテイアンは、時空を越える旅人さ……あの先には新たな宇宙が待っている……それに……』

 

『あの人を、あの虚空に……一人にはしておけない……あれでも、僕の……僕達の家族だから……』

 

「そうか……」

 

『最強の敵《ライバル》……最高の友……ふふ……』

 

 フォログラムは、再び光を徐々に失い、<アマテラス>ブリッジの天井に向けて、消え入るようにゆっくりと昇っていく。

 

『良い言葉だ。僕達は最高の友……それでいい』

 

 マイケル、ティムは、頷いて笑顔を見せた。

 

 レニーの光像が消え入るのと同時に、船の周辺に浮かび上がっていた、かつての月面風景も、へカテイアンのスペースボートも、次々と水塊のような光り輝く球体と化し、小さく輝く星のような光点を追って、漆黒の宇宙空間へと昇っていく。

 

 

「ヘカテイアン達が……宇宙へ……」月面監視衛星から送られてくる映像の中に、輝石のような煌めきを認め、ナターリアは呟く。マークはただ頷き、彼女の手にそっと自分の手を重ねていた。

 

 ……ありがとう……ママ…………ママ……大好きだよ……

 

 輝石の一つが、一瞬、より強く輝きを放つ。

 

「アンナ⁉︎」

 

 

『……さよなら。マイケル、さよなら、ティム……』音声に変換された微かなレニーの声は、遠退いていき、やがて何も聞こえなくなってゆく。その声の残響は、マイケルとティムの胸の裡で、いつまでも響いているようだった。

 

「さようなら……レニー……」マイケルとティムの小さな別れの言葉が重なる。

 

 ……マイケル……キミは少し鈍いところがある……いつもキミのそばに居る人を……今度は大切にしてあげてね……

 

 そう、レニーが囁いたような気がした時。

 

「……行っちゃったね……レニー……」

 

「サラ!」いつの間にか、隣に立つサラに、マイケルはハッとなる。

 

 その横顔に、一瞬、レニーの横顔が重なって、消えた。去り行くヘカテイアンを、安らかな微笑みで見送るサラは、何処かで見た月の女神アルテミスを彷彿とさせる。

 

「お前のアシスト……完璧だった。今までも……ずっと……ありがとう」

 

 いつもそこに居たのだ……そう、闇夜を照らす月のように……

 

 ちっ、レニーのヤツ……苦笑が溢れる。

 

 マイケルは、サラと共に、彼らを見送りながら、そっと、彼女の手をとった。

 

「マイケル…………」

 

「これからも……頼む」

 

「……うん……」

 

 

 マイケルとサラの手がしっかりと握られている。通信モニター越しに、ティムだけが、それに気づいていた。

 

「お幸せに……サラ……兄貴……」

 

 ヘカテイアンの光は、月の上空を回る暗黒のホールと一体となり、最後の輝きを残して、ホール諸共、消え去った。

 

 ティムがブリッジを見渡せば、カミラ、アラン、サニ、そして直人のいつものメンバーが、微笑み返す。

 

 ……いい仲間か。おまえの言うとおりだな、レニー……思い出の親友の残した言葉を胸に刻み、ティムは、自席に戻ると操縦桿に手を置いた。

 

「よぅし! こっちも出発だ! オレたちの地球(ほし)へ‼︎」

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