旅立ち 1
「ヘカテイアンハイブリッド! 第三PSIバリアを侵食‼︎ 第二層に達する!」「ナオ! 第一層には近づけないで‼︎」
「了解!」直人は、シールド膜をなんとか揺り動かし、船体に取り憑いたウィルソンの泥土を洗い流そうと試みる。少しずつではあるが、シールドによって洗われ落ちた部分は、インナースペースの彼方へ、キラキラと水飛沫のような輝きを残して還元されている。
『ぐぅう……この……不完全な身体に……レニー……貴方の魂を……』
「ウィルソン! もう諦めなさい! ヘカテイアンハイブリッドは、所詮、ヘカテイアンのなり損ない! インナースペースでそう長くは保たない! 潔く、魂に還りなさい‼︎」カミラは、毅然として呼びかける。
『馬鹿なことを……ヘカテイアンは次元を越え、物質という確かな実体として存在できるもの! 魂などという不確かな情報だけではない! 完全体なのだ!』
『ヘカテイアンハイブリッドこそ! 人類の肉体に変わる乗り船‼︎ 人が! ヘカテイアンハイブリッドに進化し! この宇宙で永劫の時を生き続けることに意味があるのだ‼︎』
『……博士……その執着こそが……』執拗に絡め取ろうとする触手を、レニーは、魂の輝きで寄せ付けない。
『……ティム』レニーは呼びかけ、静かに瞑目する。PSI-Linkを通して、ティムの心に、レニーからのイメージが流れ込む。
「! ……レニー、わかったぜ……」
「ナオ! これから、オレが言う通りにやってくれ」「えっ⁉︎」
「いいから! いくぞ!」そう言うなりティムは、左舷方向へと船を大きくロールさせる。
そのままロールを加速させ、錐揉み状に何度も回転させると、通常空間と同等の物理環境を保持するPSIバリア表面には回転モーメントが生まれ、ウィルソンの泥体が、左舷へ流れ始めた。
「今だ! シールド、左舷に流せ‼︎」「よし!」阿吽の呼吸で、直人はティムの指示を実行に移す。
『ぬおおおおお⁉︎』回転と、シールドの流れに押し流されたウィルソンは、腕と触手を形造り、振り落とされまいと<アマテラス>にしがみつく。
「そうか! PSIブラスター‼︎」直人は咄嗟にティムの狙いを悟った。ウィルソンの、ちょうど土手っ腹あたりが、左舷のPSIブラスター発振器に覆い被さっていた。
「ああ! やれ‼︎」「発射‼︎」
泥土の内側に、青白い稲光が渦巻き、一気にそのエネルギーを弾き出す。
『ぎゃふぁうんぐぅあ‼︎』PSIブラスターのゼロ距離放射を全身に浴び、ウィルソンは堪らず、<アマテラス>から弾き飛ばされていく。
「よし! 離れた‼︎」言いながらティムは、最大船速で、飛び散ったヘカテイアン流体の泥溜まりから距離をとる。
だが、ウィルソンはまだ諦めない。<アマテラス>後方で飛散した泥の体を集めながら迫り来る。
「まだ⁉︎ 追ってくる‼︎」レーダーを睨め、サニは焦り混じりに声を上げる。<アマテラス>に再び覆い被さろうとする泥土が、何かに弾かれて逸れていく。
『こっちもいるぜ』「<リーベルタース>!」
<リーベルタース>は、ショットガンの如きPSIブラスターの散弾をヘカテイアンハイブリッドに叩き込みながら、<アマテラス>の後方に並んだ。
「……お、重力子爆弾の全コントロール、ロック解除できました。格納しますか?」コンソールのグリーンのサインに照らされるホセは、相変わらずぼんやりした口調で言う。
「いや、変更だ! いつでも射出できるようにスタンバっておけ!」PSIブラスターを撃ち続けながらマイケルは命じた。
<リーベルタース>の弾幕が、ウィルソンの行手を遮る。だがウィルソンは、それをものともしない。<アマテラス>、いやレニーに向かって、その腕を仕切に伸ばす。
『己れ、下衆共! 私とレニーの間にいつまでも‼︎ 邪魔をするなぁああ‼︎』ヒステリックな叫びと共に、<アマテラス>に長く伸びたウィルソンの腕がすぐそこまで迫っていた。
「あんたこそ!」翡翠色に輝くPSI-Linkシステムのインターフェイスモジュールに、直人は左手を押し当て、精神をシステムと一つにする。
「ティム達の、男同士の真剣勝負に割り込んでくるんじゃない‼︎」心眼でウィルソンを捉えた直人の放つ、渾身のPSIブラスターが、ウィルソン伸びた腕を貫き、その泥体を切り裂く。
『ぎゃわぁぐぅわああああ‼︎』ウィルソンの絶叫が、<アマテラス>、<リーベルタース>のブリッジを揺らす。
ウィルソンの泥の塊は、インナースペースが描く、宇宙の彼方へと押し流されていった。




