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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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Full Moon Cup, Again 8

『……やり方は間違っていた。多くの子供達も犠牲になった……けれど、博士は信じていた、ヘカテイアンハイブリッドこそ、PSIシンドロームに打ち勝ち、宇宙時代を切り拓く新たなる人類となると。それこそが、人類の救済だと……』

 

 フォログラムのレニーの首もとに、さらに流体状のものが巻きつき始めている。モニターに映るウィルソンの記憶に見入る<アマテラス>の一同は、気づかない。

 

 流体状のものは、次第に腕の形を作り始めた。モニターの中で、レニーを抱きしめている、ウィルソンの両腕そのままに。その腕に手を添え、レニーは語りかけるように呟く。

 

『純粋過ぎたんだ……博士は……』

 

 突然、<アマテラス>の推力が落ち始め、船は後方へと引き戻され始める。

 

「時間パラメーター、反転⁉︎ 戻り始めた⁉︎」「博士だ! 博士の思念が、時間の引き戻しをかけている!」アランに続いて、直人が声を上げる。

 

「……あっ‼︎ テイアが‼︎」サニが後方パネルを指差して叫んだ。テイアもまた、後方へと逆進し始め、原始太陽系めがけて加速し始めた。

 

 それを追って、空間自体が縮んでいくように、一気に太陽系近傍まで、<アマテラス>、そして<リーベルタース>は戻ってくる。

 

 テイアはそのまま突き進み、原始太陽系へと突入した。

 

 いくつかの原始惑星と衝突し、破片を撒き散らしながら、やがて灼熱のマグマオーシャンが覆う地球の軌道へと迫っていく。

 

 <アマテラス>の一同は、船に取り憑いたウィルソンの事も暫し忘れ、テイアの行方を見守る。

 

 テイアは、吸い込まれるように、地球へと激突した。

 

「ジャイアントインパクト……」「月が……産まれる……」マイケル、サラをはじめ、<リーベルタース>の一同も、その瞬間から目が離せない。

 

 地球のマグマオーシャンを宇宙へと飛び散らせながら、崩れて半分ほどの塊となった燃え盛るテイアの一方が、地球から再び姿を現す。飛散した地球の残骸を纏いながら、次第に新たな一つの球体を形造り、地球の周りを回り始める。

 

『ヘカテイアンは……あのテイアと共に……うっ……太陽系に飛来した……あれは大量の氷を含んだ氷惑星。ヘカテイアンは、その膨大な水を溶媒とした……一種の情報生命体なんだ。その半分は原始の地球と一つに……』

 

 レニーのイメージを再現しているのか、テイアの半壊して地球に残った側が、マントルの中へ、融合しながら溶け込んでゆく様が描き出されている。

 

 地球がテイアを取り込んでゆくように、流体状のものから伸びだす触手が、次から次へとレニーに絡みつく。モニターに映る壮大な天体ショーに釘付けになったクルーらは、まだ、それに気づかない。

 

 船外の時間パラメーターは急速に進む。月は冷えて岩石の塊に、そして地球は、分厚い雲を形成し、次第に青い海が広がってくる。

 

「待って! そうだとすると……地球の水は……もしや……」

 

『ああ……』レニーは、カミラの気付きに小さな声で答えた。

 

『……そして……生命の源は、水……その意味がわかるよね?』

 

「……ヘカテイアンは……我々の始祖だ、とでも……」

 

『……そういう事さ……』次にカミラに答えたのは、低い女の声だった。

 

『うっ……くっ……うぅ!』

 

 苦し気な呻きに皆の視線が、レニーのフォログラムに集まる。同時に、フォログラムの中で、レニーに巻き付いた腕から、人の形をした身体が浮き上がってきた。


「ウィルソン!」ティムが、叫ぶ。

 

 半透明のヘカテイアン流体が形作る、一糸纏わぬ若きウィルソンの身体が、フォログラムの中で甦る。ウィルソンは、レニーに腕と身体中から伸びる触手を絡ませ、彼の正面からピタリとくっついていた。

 

『ヘカテイアンは意思……彼らは、我々の宇宙を知りたいと願った……その意志が……やがて現象化し、意志の入れ物……身体を創り出した……それが生命……』

 

 レニーの頬を愛おしげに撫でながら、ウィルソンは、自分の知り得た知識をさも自慢するかのような、尊大な口ぶりで語る。

 

「じゃ、じゃあ、月のヘカテイアンは、何なのさ⁉︎」サニが眉を吊り上げて、喰ってかかった。

 

『月となったテイアの片割れにも、ヘカテイアンは残っていた……だが、宇宙に野晒しの過酷な月では、地球のように生命を生み出す事は、彼らの意思でもできなかったのだろう……彼らは、月の余剰次元に、原初の姿のまま、ひっそりと身を潜めていたのさ』自説を披露する彼女は、教鞭を振るう教師のように生き生きとしている。

 

『……テイアの一部は、地球の地下深くに眠っている。地球と融合しながら……そこに取り残されたヘカテイアンは、今、地球の余剰次元の一部……』

 

「ガイアソウル⁉︎」直人は思わず声を上げる。

 

『ご名答』とでも言わんばかりの満面の笑みをウィルソンは浮かべて見せた。

 

『そう……そして、月と地球が誕生して以来、月のヘカテイアンと、そのガイアソウルは、常に感応しあっている。インナースペースの次元でね』

 

 ハッとして、サニは顔を上げる。

 

「……虹蛇と……ワンジナ……」

 

『ほう、少しは学んでいるようねぇ。そう、ヘカテイアンと、地球に生まれ落ちた生命は、もともと一つ……人の集合無意識は、それを覚えているのさ』

 

 レニーに絡みつくウィルソンは、まさにその、蛇そのものに、直人には見えた。

 

『……けど……地球の生命の進化には、様々な意志が関わっている……一概にヘカテイアンだけ、とは言いきれないようだけどねぇ』ウィルソンは、レニーの肩に頭をもたれかけ、誰にともなく、ウィルソンは小さく呟く。その小さな一言をカミラははっきりと聞いた。

 

『<アマテラス>! ティム‼︎』マイケルが呼びかけている。

 

『ちっ、邪魔者が! おしゃべりはここまでよ。私はレニーさえ居ればそれでいい。さぁ、参りましょう。私と共に』

 

 ウィルソンのフォログラムは、足元からヘカテイアン流体へと戻りながら、レニーを絡め取ったまま、下方へ沈み込んでゆく。

 

『だめだ。まだ、まだまだ足りない……僕には……僕たちには……』

 

 必死に抵抗するレニー。その意志が眩い光となって、フォログラムの全身を発光させる。

 

『レニーィイ! うっくっ……ああ、熱い! がぁ‼︎』

 

 ウィルソンの触手、腕から蒸気が立ち上がり、たまらずレニーの拘束を解き、ドロドロとその身体を溶かしながら、底の方へと流れ堕ちる。

 

『この……身体は……やはり不完全なまま……か……やむを得ない……この船を破壊してでも!』

 

 <アマテラス>船外を覆う泥がもごもごと、再び蠢き始めていた。

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