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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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Full Moon Cup, Again 7

 船の上部、両舷、後方を映し出すモニターが、闇に覆われていく。大宇宙の透き通るまでに深い闇とは違う、泥沼の底のような濁った闇だ。

 

 船体に何かが取り憑いている。アランはすぐに解析にかかった。取り憑いたモノのPSIパルスをチューニングしていくと、音声変換された何者かの声が、<アマテラス>のブリッジに流れ出す。

 

『……あ……ぐっ……が……ニー……』

 

「まさか、ウィルソン博士⁉︎」カミラは、上方パネルを睨め付ける。パネルの泥が顔のような形を作り始める。朧げながら、ウィルソンのようだ。

 

『僕の身体、いや、ヘカテイアンと完全融合したのか……』

 

 その言葉に直人は、ハッと気づく。

 

「そうか! アムネリアと同じ……レニーの思念を追ってきたんだ!」

 

「ちっ、こっちは!追ってきて欲しくねぇなぁ‼︎」振り落とそうと、船を左右にバンクさせ、揺さぶりをかけるティム。しかし泥の化物は、離れるどころか、さらに喰らい付いてくる。

 

「チッ、離れやしない!」

 

『<アマテラス>⁉︎ どうした⁉︎』マイケルも異変に気づいて呼びかけてくる。

 

「ウィルソンよ! 取り憑かれたわ!」

 

『なんだって⁉︎』

 

『レニー……い、いい、行かないで……あ……愛して……るる……あ……あ……愛して……るの……』咆哮とも、怨嗟ともつかないような、割れた声が、ブリッジに不快な響きをもたらす。

 

『……博士……』レニーは、憐れむような瞳で上方を見上げた。

 

「身勝手なクソババアだぜ!」悪態づきながらも、ティムはなんとか振り落とさんと、船を右へ左へと走らせる。ブリッジの各モニターには、船体への危機を知らせるアラートが、一斉に立ち上がった。

 

「PSIバリア、パラメーターに干渉! 侵入するつもりだ‼︎」

 

「シールド! 展開、最大出力! ナオ、コントロールを‼︎」「了解! PSI-Linkフルコンタクト‼︎」

 

 船体とウィルソン泥体の間に、PSI精製水の被膜状のシールドが形成されていく。

 

「弾き飛ばせ‼︎」「シールド、全開‼︎」

 

 シールドが覆うPSIバリアの層を、直人はPSI-Linkシステムを通して、揺り動かし、シールド被膜を波立たせた。

 

「どう、アラン⁉︎」「ダメだ!」

 

 シールドは泥体を洗いはするものの、またすぐに、泥の層が重なる。

 

「ますます、食い込んでいる!」アランの睨むモニターの中で、PSIバリア耐久値がどんどん低下している。

 

「くっ……重い……アムネリア……!」

 

 ……こんな重圧を……オレは……アムネリアに……

 

 これまでのミッションで、シールドをコントロールしていたアムネリアに、さんざん護られてきたことを、直人は今さら思い知る。

 

「クソォ‼︎」直人はありったけの念をシールドのコントロールに叩きつけた。だが、ウィルソンは一度、二度弾かれても粘着して<アマテラス>にしがみつく。

 

『レニー! レニーィイイ! 出てきておくれ!』

 

『レニーィイイ‼︎』

 

「パラメーター干渉率三十パーセント上昇! ナオ!」「うっくっ!」シールドにのしかかる重圧が、PSI-Linkシステムから直人の身体へと、流れ込む。直人の心の中にまで入り込んでくるかのような泥の塊に、意識が奪われそうになるのを、必死に堪える。その中で、直人はふと感じていた。自分の背をそっと支える気配を……

 

 ……アムネリア……⁉︎

 

 その瞬間。

 

「な、何だ? モニターが⁉︎」泥塗れのモニターに、何かが反応している。真っ先に気づいたティムが声を上げた。

 

「波動収束フィールド、変調⁉︎」

 

 正面モニターにビジュアル構成された映像が、ゆらゆらと立ち上がってくる。

 

 何処かの建物内のようだ。広く開けた窓からは、荒涼とした月の荒野が見える。クレーターの断崖の向こうに、小さく地球が浮かび上がってきていた。

 

 下方に見える周辺の建物には見覚えがある。月面に到着した<リーベルタース>から送られてきた、ルナ・フィリアの地上施設だ。

 

「ルナ・フィリア⁉︎」ティムが声を上げる。

 

「でも、これは……」直人には、モニターが何を映し出しているのか、すぐに見当がつく。

 

「ああ、ウィルソン博士の心象風景だろう」PSIバリアの感応パルスに、ウィルソンのパルスを認め、アランが言う。

 

 音声変換された、彼女の声も聞こえてくる。

 

『……PSI利用のわずかなこの月でも……PSIシンドロームは進行する……それなのに……次から次へと……いいえ、これは私の使命……きっと……救ってみせる……』

 

 窓ガラスに映る、幾分若いウィルソンは、遥か遠方に輝く青き星を睨みつけているかのようだ。

 

『……私が必ず救ってみせる……地球で見放された、PSIシンドロームの患者達を……いや、先行き短い地球人達を!』

 

 ウィルソンの固く握られた拳が静かに震えていた——

 

 左舷側のモニターにも、映像が現れる。

 

 あどけない少女の穢れなき瞳が、こちらをじっと伺う。少女の背後には、細胞が何かと引き合い、融合しながら変異していく過程が、浮かび上がる。

 

『……お前の身体は、この過酷な宇宙には脆弱過ぎたのだ……ヘカテイアン・ハイブリッドに進化する事こそ……アンナ……過酷な治療になるけれど……人類の灯火となっておくれ……』

 

 静かに微笑んだ少女は、そのままドロドロと溶けるようにして崩れていった。

 

『なぜ……ああ……アンナ……どうして……』

 

 少女が最期に着用していた衣服から、体液と血液、変異した臓物らしきものが溢れ、床一面に広がる。ウィルソンは、その液溜まりに両腕を突っ込み、激しく嗚咽を繰り返す。

 

 <アマテラス>の一同は、声も出ない。

 

 ウィルソンは、液溜まりの中から何かを掴み上げていた。小さな銀のロケット。蓋を開ければ、幸せそうなアンナと、彼女を抱きしめる父と母。ウィルソンの慟哭が、<アマテラス>を震わせていた。

 

『だが……私は諦めない……人類の希望なのだ……ヘカテイアン・ハイブリッドは……アンナ……お前の犠牲を無駄にはしない……』

 

 

『博士は、多くを失い……うっ……』レニーのフォログラムに、ウィルソンの触手が静かに這いまわる。いくつかの触手は、既に彼の『身体』へと巻きつき始めていた。

 

『……全てを捧げた。ヘカテイアン・ハイブリッドに……たとえ、間違っていたとしても……それが、人類の未来を拓くと信じて……』

 

 正面のパネルが、また別の記憶を描き出し始めた。

 

 

『……レイモンド・マーティン・ヨシダ……』

 

 一瞥したタブレットを机に放ると、ウィルソンは、長身の黒いスーツ姿の男を冷ややかに見上げた。男は、そのタブレットを拾い上げながら話を始めた。

 

『うむ……アメリカ人の父親と、日本人の母親をもつハーフで、生まれは日本。あの世界同時多発地震を日本で被災し、両親も亡くした。かろうじて救出されたこの子は、父方の祖父母が引き取りアメリカへ。だが、間も無くPSIシンドロームらしき症状をみせるようになってな』

 

 男は、ウィルソンが関心を示さなかったタブレットの内容を淡々と語る。

 

『それで、こちらへ? 保護者は、どちら様? ふん……外交官か何かかしら?』

 

『いや……小さなレストランを経営しているが取り立てて裕福な家庭でもない』

 

『……そんな子をこのルナ・フィリアに……ん……これは?』

 

『博士から提供頂いた、ヘカティア試薬投与の記録だ』男は、該当のレポートをタブレットに表示して、ウィルソンに差し出す。

 

『⁉︎』ウィルソンは、その記事を一瞥すると、途端に目を見開き、タブレットを男から奪い取った。

 

『こ……こんな投与量は……限度を超えている⁉︎』次々と夢中になって、ページを送るウィルソン。

 

『この量は、通常であれば細胞の異常活性を引き起こし、最悪、死に至る!』『だが、この子は生きている』

 

 ウィルソンは、ずっと男の陰に隠れていた、少年に視線を注ぐ。少年は、男の陰からじっとウィルソンを見つめていた。

 

『……まさか……ヘカテイアン・ハイブリッド……』

 

『そうだ……我々が求めていた成果をこの子は、この子の身体は実現しようとしているのだ!』男が、やや興奮した口ぶりで言う。

 

『それで、この子を私に?』『このルナ・フィリアと月の環境であれば、ヘカテイアン・ハイブリッドを完成できる! この子は、まさに神が遣わした奇跡の子!』

 

『……奇跡の子……ふん……簡単に言ってくれるわ。で、この子の保護者は? 了承しているのかしら?』『PSIシンドローム患者が、周辺にPSI現象化と見られる事象を引き起こす事例は多い。故に、どこでも疎まれる存在だ。それはこの子も同じ……』

 

 ウィルソンは、机から立つとその少年の前へと進み出る。彼女と少年は、時が止まったかのように、無言のまま見つめ合う。

 

『レニーを頼む。ウィルソン博士……』男は、二人を残し、その部屋を去っていった。

 

 レニーの澄んだブラウンの瞳は、ウィルソンの頬を緩ませる。

 

『……独りぼっち……か……私と同じね……』少年の肩にウィルソンの手が置かれる。彼は拒むことなくそれを受け入れていた。

 

 腰を屈め、その少年の瞳を覗き込む。

 

『美しい子……こんな美しい子がこの世に……』

 

 自然と、ウィルソンは少年の肩に腕を回し、そっと抱き寄せていた。

 

『いいわ、私がなってあげる……』

 

『今日から私たちは家族よ、レニー』

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