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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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Full Moon Cup, Again 2

「なぁ、兄貴! 聞いてくれ! 誤解だ。あの時レニーは……」『やめなよ……ティム』

 

 レニーに遮られ、ティムは言葉を切った。通信モニター越しに、肩を震わせて睨むマイケルには、確かに何を言っても届きそうにない。

 

「けど! このままじゃ……」『わかってる……』

 

『マイケル』

 

 レニーはそっと呼びかける。顔を上げるマイケル。レニーには、すでにウィルソンの魔の手が、幾重にも絡みついていた。

 

「レニー⁉︎」モニターに映るその姿に、マイケルは思わず身を乗り出す。レニーは、静かな微笑みを湛えたまま、口元に人差し指を立てた。

 

『言葉は、真実を曇らせる。僕らは、ボート乗り……僕らの間に言葉はいらない。そうだろ?』

 

 マイケルは、ハッとなって、グリーンの両の瞳を大きく見開いていた。

 

『…………走ろう!』

 

 すると、レニーを形作っていたものは、みるみるうちに液体のようになって溶け出し、ウィルソンの触手と一緒になって、『ダウンロードストリーム』の渦に巻き込まれていく。

 

「レニーィ‼︎」マイケル、ティムの叫びが重なると同時に、<アマテラス>のブリッジに警告アラームが響く。

 

「な、何⁉︎」<アマテラス>のクルーの視線が一斉に、モニターに立ち上がる警告表示に集まる。

 

「PSIバリアに干渉反応⁉︎ これは……」アランはすぐに解析に取り掛かるが、結果はすぐにブリッジ中央のフォログラムに形となって現れ始めていた。

 

 気配に勘づいて、直人が振り向き、それを追ってティムも振り返る。

 

「レニー⁉︎ お前……」

 

 先程までモニターで捉えていた姿のままのレニーが、フォログラムに浮き上がってくる。レニーとティムの視線が重なり合うと、レニーは、静かに微笑んだ。

 

『……ティム……しばらく貸りるよ。君たちの船を……』

 

「え、どういう事⁉︎ だってレニーは、たった今、あのストリームに……」サニは、キョトンとしたまま、レニーと、彼が飲まれていったストリーム渦巻くモニターの映像を見比べる。

 

「まさか⁉︎」ハッと、何かに気づいて、カミラはアランに解析結果の報告を促す。

 

「ああ。これはヘカテイアン・ハイブリッドのパルスではない」警報を止めながら、アランは続ける。

 

「彼の意志……彼の純粋な魂のPSIパルス……」

 

 フォログラムのレニーは、そっと瞑目し、両腕を大きく伸ばして、深く息を吸い込むような素振りを見せている。呼応して、ブリッジ各所の点検灯や操作パネルが、次々と点滅を繰り返す。

 

「魂……アムネリアと同じ……」アムネリアの魂が、この船に宿る時と同じことを、レニーはやろうとしている。その事に直人は、すぐに気づいた。

 

『……ティムの船……<アマテラス>か。いい船だ……』レニーの瞳がゆっくりと開かれる。

 

 柔和な涼しい表情の中に、小さな笑み。鋭い眼光。それが、彼の、スペースボートに乗り込む時の、勝負師の顔だとティムは知っている。

 

『で……』レニーが腕を左舷の情報モニターの方にかざすと、<リーベルタース>のデータがモニターに呼び出された。

 

『……こっちが、マイケルの船か……なるほど……』

 

 レニーは一つ頷くと、再び瞑目して<アマテラス>の基幹システムを動かし始める。

 

「PSIバリアパラメーター偏向しています! 次元深度3.5、浮上します!」焦り混じりにサニが報告を上げる。

 

 モニターに映る映像が、塗り替えられていく。月面に輝く白銀のレースサーキットが、再び浮き上がってくる。

 

「波動収束フィールド感知! 次元深度LV3へ移行! 時空間再構成……これは、レニーの心象世界よ!」

 

「LV3……サーキット……‼︎」ティムは、ハッと気づいてレニーを見つめる。フォログラムのレニーもまた、静かに見つめ返していた。

 

「わかったぜ、レニー……」小さく笑んで、ティムはカミラの方へ顔を向ける。

 

「隊長。ここは、レニーの望みに任せてもらえないか?」

 

「何言ってるの⁉︎ 重力子爆弾は、あと三分足らずで発射されるのよ! この次元レベルでは、確実に巻き込まれるわ!」案の定、カミラは眉を吊り上げている。

 

「だからさ」「ティム。あなた、何を⁉︎」

 

「走るんだよ!」

 

「おい、兄貴!」言いながら振り返り、通信モニターのマイケルに向くと、声を大にして呼びかけた。

 

『今ならそっちも動けるんだろ⁉︎ こっちの次元深度は、LV3。<リーベルタース>も行動可能だぜ。さぁ、どうする⁉︎』

 

 ティムの生意気な両眼が、マイケルを覗き込んでいる。マイケルは、無意識のうちに歯軋りしていた。

 

『レニーは待っている! 兄貴、あんたを!』

 

 <アマテラス>のブリッジに現れたレニーのフォログラムもじっと、見つめている。

 

『どうした? やっぱり、逃げるのか? 本当は、わかってたんだろ、アイツの気持ちを』

 

「……チッ……」

 

『あの時、あのレースの直前、レニーはオレにこう言った』——

 

 ティムは、レニーを支えながら、サーキット発着場まで来る。ここからは勝敗を競うライバル同士。レニーはそっと、ティムから離れ、チームの待機場へと向かおうとする。

 

「ここからは一人で行ける……ありがとう、ティム」

 

「レニー……本当に、大丈夫だな?」「ああ」

 

「……マイケルと決着をつける……一人のボート乗りとして……いや、男として……」

 

 レニーは、一言、そう言い残すと、ティムに背を向け、踏み切る。ふわりと浮き上がったレニーは、もう振り返る事はなかった——

 

『兄貴も、男なら勝負を受けろってもんだぜ‼︎』

 

 コンソールに両手を叩きつけ、なじるような口ぶりで叫ぶ、クソ生意気な弟。その両眼が、ギラギラとマイケルを挑発している。

 

「ティム……わかったような事を……お前に何がわかる‼︎」腹の底に渦巻く熱気と共に、マイケルは叫んでいた。

 

「サラ‼︎ <アマテラス>の座標は⁉︎」

 

「マイケル⁉︎」

 

「座標‼︎」「……次元コミュニケーターからデータはとれるけど……」

 

「ダウンロードストリームは⁉︎」

 

「演算が停止して弱まってきている」「乗り越えられるか?」「連続シフトでは難しいけど……時空間転移なら……あるいは」

 

「よし! 直ちに、次元潜航! PSIバリアへパラメーター展開‼︎」

 

『や、やめなさい!』捲し立てるマイケルの声の間に、ヒステリックなナターリアの声が被さる。

 

『マイケル‼︎ 次元潜航に必要なPSI精製水は、一回分のみよ! そんな事すれば帰還するまで、現象界には戻れなくなる‼︎』通信モニターの向こうから、身を乗り出し、激しい剣幕で怒鳴り散らす。

 

「だろうぜ……けど、それでいい! やれ、サラ‼︎」

 

『マイケル‼︎』

 

「皆、悪いが付き合ってもらうぜ」呆気にとられるクルーに向かって、マイケルは言い放つ。その中で、サラは一人苦笑する。

 

「止めたって聞きっこない……そういう貴方だから、ここまで付いてきた。今更よ!」

 

「おお! なんかいいね、イイね、イイねぇ!」サラの一言に、ダミアンにツイストで答えた。

 

「ふぅ……あんたを信じるよ、マイケル」ケイトも覚悟を決めた笑顔で頷く。

 

 マイケルは皆の覚悟を受け取り、即座に命じた。

 

「直ちに次元潜航! 全増槽、精製水放出! PSIバリアにリンク! いくぞ‼︎ 時空間転移、開始!」

 

 サラの操作で、<リーベルタース>両舷下部の増槽に蓄えられていたPSI精製水が放出され、凍りつくより速く<リーベルタース>下方に広がり、船から発せられるPSIパルス信号によって、膜状の力場を形成し始める。宇宙空間に、まるで湖面のように広がった力場を時空境界面として、<リーベルダース>は、インナースペースへと再び潜ってゆく。

 

 

 NUSA支部IMCは、想定外の<リーベルタース>の行動に、騒然としている。

 

「月面上空に次元振動波確認! <リーベルタース>、時空間転移した模様!」オペレーターが、監視衛星からの情報を報告し、光学カメラが捉えた映像をスクリーンに拡大して表示した。

 

 時空境界面に、振動波紋を残しながら<リーベルタース>がゆっくりと虚空に船影を沈み込ませていた。

 

「ああ、なんてこと……そんな事をしたら……」ナターリアは、愕然となって、自席に崩れ落ちる。

 

 

『……ありがとう……マイケル……それでこそ……僕の……』音声変換された、レニーの小さな呟きが、<アマテラス>のブリッジに溢れていた。


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