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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第一章 久遠なる記憶
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仙界の水 4

「サニ、波動収束フィールドは? 何か反応は?」「待ってください! 対象者の固有PSIパルスと再ハーモナイズ中です……来ました! 波動収束フィールド展開します!」

 

「わっ! な、なんだぁ⁉︎」<アマテラス>のブリッジモニターに飛び込んできた光景に、ティムは肩をすくませ、素っ頓狂な声をあげていた。

 

 モニターいっぱいに、黒々とした丸いものが蠢いている。それが幾分後退すると、巨大な眼球が、ブリッジを覗き込んでいるのがわかった。

 

『……酷い顔……醜い……』

 

 ブリッジ内に、何者かの声が、音声変換されて響く。一方、China支部IMCで、<アマテラス>のミッションを見守る容は、音声にはっとなって顔を上げる。

 

「雨桐……」

 

 やがて、<アマテラス>ブリッジのモニターが、波動収束フィールドによって次第に構成され始めた、周辺の状況を映し出していく。

 

 オレンジライトの灯る暗がりの研究室。その中央で、前髪が両目に被るほど伸び切った、色白の女性が観察する様にこちらを窺っている。カルテの女性だと、インナーノーツは皆すぐに認識した。

 

 彼女の顔は、全体的に下膨れになっており、顔や、捲り上げられた白衣の下から覗く細腕のあちこちに浮腫が現れている。Chinaブロック圏で現在多発しているPSIシンドロームによく見られる症状だ。

 

「だいぶ症状が進行している……最近の記憶かしら」カミラは推測した。

 

 研究室のあちこちには、おそらく仙水のサンプルであろう、水を充した、いくつものシリンダー状容器が立ち並ぶ。

 

「なんか似てる……センパイ?」「ああ、そうだな」

 

 サニと直人は、以前のミッションで体験した、直人の過去の記憶の場所を思い返していた。

 

『なおと……』

 

 直人の記憶に深く根差す場所、あの[水織川研究所]のPSI精製水貯水槽区画は、アムネリアにとってもまた因縁の深い場所であった。最もこの研究室は、こじんまりとした部屋であり、施設の規模としては比べ様もない。モニターに描き出された、映像ではない、まとわりついてくるかのような空間の、異様な気配に同質のものを感じているのだ。

 

 突然、空間が揺れ動く。

 

「あの次元震⁉︎ 全周警戒!」カミラは咄嗟に指示する。「待て、パターンが違う。おそらく患者の記憶だ。サニ、背景を振動に同期」アランの指示に従って、サニが波動収束フィールドのハーモナイズ処理を行うと、研究所の背景に重なって、どこかの農村のような風景が広がり始める。

 

「これは……地震」

 

 モニターの映像は、次第に農村の風景の色味が増す。土砂が崩れ、いくつもの家屋が倒壊し、救助隊の輸送機に人が群がっている。皆、手や体に空のペットボトルや水筒をぶら下げていた。


 群集の列の向こうで、救助隊の持ち込んだ空気中の水を電熱ヒーターで取り出す給水設備がフル稼働しているようだ。

 

『……世界同時多発地震……わたしたちの故郷……』容の呟きが、聞こえる。呆然と容は、当時の状況を誰にともなく、語り始めていた。

 

 二十年前、PSIテクノロジー普及の加熱化が招いたとされる、『世界同時多発地震』は、中国ブロック圏内においても、深刻な被害をもたらしていた。特にPSI利用に特化したエネルギープラントや、物資生成工場が立ち並ぶ長江の流域は、世界で最も広範囲に被害が及んだ地域である。その上流域、四川省のある貧しい農村にも、地震の被害が及んでいた。

 

 ただでさえこの村は、水の確保が厳しい。救助隊が持ち込んだような水生成器は、この時代、広く飲料水用途で普及していたが、農業、産業用水として、また生活用水の基盤として、水道水の需要を無くすことはまだ難しかった。この村のように貧しい地域では、水生成器の導入が進まず、未だ水道水に頼っている地域も当時はまだ多かったと、容は言う。

 

 肩がけの水筒と、手提げにペットボトルの空容器を持った雨桐の無意識下に残る記憶。列の後ろで、自分の番が来るのをただひたすら待ち続けているようだ。

 

 波動収束フィールドが何かに反応し、また別の光景が、モニターにオーバーラップしてくる。

 

『……うぅ〜、〜ぐぇえぇ……!』『お父さん!』

 

 崩れかかっている家屋の中の、粗末なベッドに横たわる雨桐の父は、ここ二、三日、激しい嘔吐を繰り返している。脱水症状もあり、感染症が疑われていた。

 

『ダメ! 近寄っちゃダメよ、雨桐!』ビニール手袋と、マスク、レインコートで身を固めた女性の音声と同時に、<アマテラス>の船体が小さく揺れた。村の数少ない医療機関も地震の対応に追われ、受け入れてもらえないのであろう、地震の復旧もままならない自宅で、父は隔離され、母親が看病に追われている。

 

『まったく……どこから流れ出したかわからない水を飲んだりするから……雨桐! とにかく、早く水をもらってきて!』

 

 水不足は、この地域だけではい。普段、民間の水道業者から割高な水を買っているにも関わらず、災害時の保障は無きに等しく、復旧の目処も立っていないらしい。国の救助隊や他国の支援があって、皆なんとか生き永らえているような状態だった。

 

 地震から一週間ほど経つが、断水当初、水欲しさに、雨桐の父のように不衛生な水を飲み、発病するものも多かったと、容は説明する。

 

 雨桐の無意識の記憶と一体化している<アマテラス>のクルーらは、言葉もなくモニターを見守る。

 

『ちょっ……ちょっと待てよ! おい!』列の先が騒がしい。

 

『今日の配給はここまでだ! 足りない分は、融通し合って!』給水の配給は、水生成器の稼働効率から、日に二回が限度であった。拡声器で救助隊が呼びかけている。不満が湧き上がり、喧騒が辺りを包む。

 

 前列の方では配られた水の取り合いが起こっているようだが、救助隊が介入してこれを抑えている。

 

 空のボトルを抱え、渋々引き上げていく住人たち。記憶の主は、ただ呆然とその流れを見送るだけだった。

 

『……水……今日はもらえなかった……ごめん……なさい……お父さん……』なんの収穫もなく来た道を戻りかける。

 

『あれ……雨桐?』

 

 中継モニターから聞こえてきた声に、容の瞳が大きく見開いていた。

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