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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
137/256

フル・アースの日に 5

「発射カウント、残り七分! あと二分で演算処理が停止する。動けるよ!」サラが声を張る。

 

 サラと視線を合わせないようにして、マイケルは、相槌を打つ。

 

「マイケル……本当にこのまま……」

 

 表情を固めたまま自席のパネルモニターに向かうマイケルが、サラに返事を返す事はない。

 

『……合理を超えた感情……』

 

 レニーの言葉が、マイケル、サラに、同じ時を思い起こさせていた——

 

「あーぁあー。スラスターの放熱板、全部交換よ、これじゃ。酷使し過ぎ。エンジンは……こっちもマルっと取っ替えたほうが早そうね。いい、マイケル?」

 

 エンジンルームから顔を上げ、コックピットのマイケルに聞こえるように、サラは声を大にして言った。その時、駐機場の奥の方から、一台のスペースボートが走り出してくる。

 

「あぁ⁉︎」半開きのキャノピーの中に、乗っている二人の少年に気付いて、サラは目を丸めた。

 

「ティム! レニー! もう、勝手にぃ‼︎」

 

 閉まりゆくキャノピーの下から、レニーの流し目が覗く。その瞳は、じっとマイケルを捉えていた。

 

 マイケルがそれに気付いた時、黒塗りのキャノピーは完全に閉まり切り、スペースボートはサーキットへ続くエアロックへと消えてゆく。

 

 マイケルは、小さく舌打ちして、自機のチェックに戻る。

 

「マイケル……」サラは、その後ろ姿に口を閉ざし、俯いた。

 

 二人は、そのまま黙々と作業に戻っていた——

 

 

「次元コミュニケーターの演算が終了した。全制御システム回復!」アランの緊迫した声に、カミラは小さく頷くと、通信モニター向こうの藤川、東の指示を仰ぐ。

 

『……止むを得まい。直ちに帰還準備を』東は、すぐに返答した。

 

「了解です。現象境界まで浮上、時空間転移に備える。ティム!」

 

「……くっ……レニー……」ティムは操縦桿を固く握ったまま、カミラの命令を実行しない。

 

「どうした、ティム⁉︎ 急ぎなさい。グズグズしていたら、私たちも巻き込まれるわ!」カミラは、厳しく命じるもティムは、肩を震わせて、応じない。

 

『時間が来たみたいだね、ティム』正面モニターのレニーは、どこか淋しげな表情を浮かべ、そう呟いた。間も無く、この次元に居るレニーも、現象化して、物質の世界へと浮かび上がるのを悟っているのであろう。

 

「レニー⁉︎ 諦めるな! オレが、助けてやる! だから!」ティムは、レニーに向かって叫ぶ。

 

『……ふふ……あの時も……キミはそうだった……どうして、そこまで……僕のことを……』

 

「そ……それは……」

 

 

 ——

 

「そう……いい感じ」

 

 ティムとレニーを乗せた、教習用の二人乗りスペースボートは、サーキットを静かに疾走していた。

 

 スペースボートは、元々、月面低空探索用の小型宇宙船がベースになっているため、ボートと呼ばれるが、実際はタイヤで地面を蹴って、月の低重力下で浮かせ、半ホバー状態で滑走、接地したらまたタイヤで地面を蹴る……その繰り返しで走行する、宇宙船と月面ローバーとの合の子のようなものである。接地と跳躍、浮揚中の機体制御は、コンピューターのサポートはあるものの、特に競技用機体の場合、そのタイミングは、パイロットの技量に任せられる。

 

 接地の間のグリップを生かしながら、その時間を短くして、ホバー距離をいかに稼ぐかが、スピードの伸びを分ける。マイケルはその感覚を身体に覚え込ませているが、まだ日の浅いティムは、接地の時間が長くなりがちだった。

 

 レニーは、その癖を見抜き、操作のタイミングを、ティムに教える。自分の走りと全く違う、そのタイミングの取り方にティムは舌を巻く。

 

「次……ヘアピン、来るよ」

 

 ティムは、そのカーブをホバーではこなし切れず、接地したままドラフトする事でいつも乗り切っていた。マイケルら上級者は、わずかな減速で接地を最小限に抑えつつ、コーナーを回っていくが、ティムにはどうしても、それができない。

 

 レニーは、ティムの操縦桿を握る手に自分の手を重ね、深呼吸してみせる。つられてティムも一つ深呼吸すると、ヘアピンはもう目の前に迫っていた。

 

「ここは……こう……」

 

 レニーの誘導に抗わず、ティムは操縦桿を切る。

 

「……」「固くならないで。力まず……そのまま、流れに任せる」

 

 レニーの動きは、全くの無駄がない。その動きに身を任せるままに舵を切っていくと、ボートは、波間をゆくサーフィンのようにコーナーを滑っていく。

 

「大丈夫……怖くない……よし! 抜けた‼︎」

 

 気がつけば、このサーキット最大の難所をいとも簡単にすり抜けている。

 

「な、何だ……今のは……」「ティム、ボートは舟だよ。この荒涼とした月面にも、目に見えない力の流れがある。それに乗るんだ」

 

「……ははっ……敵わねーなぁ、お前には。そんな境地、オレにはさっぱりだぜ」「そのうち、わかるよ。マイケルは、それを体得している。本人は無意識だろうけど」

 

「マイケルは凄いよ……それに……優しい」

 

 レニーの長いまつ毛が下がり、頬が緩んでいるのが、ヘルメットの色の濃いバイザー越しにもはっきりと見てとれた。

 

「レニー……まさかお前、兄貴のこと……」

 

 レニーは何も応えない。すると、二人のボートの行手の山間から、青い輝きがそっと浮かび上がってくるのが見えた。

 

「…………今日はフル・アース……か……」

 

 真丸に満ちた地球を見上げ、レニーは小さくため息をつく。

 

「こんな日は、気持ちがざわつく……」

 

 するとレニーは、突然、横から操縦桿を奪い、ボートをコースからはみ出させた。

 

「わっっと! 何する、レニー!」「いいから!」


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