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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
133/256

フル・アースの日に 1

「くそ‼︎」「ナターリア! 落ち着け! ナターリア!」込み上げる怒りをコンソールに何度も叩きつけるナターリアを、マークが必死になって、止めにかかっている。

 

「うるさい‼︎ 殺してやる‼︎」

 

『ハハハ! 殺す、殺すだってぇ? この私を? 選ばれしこの私を? ガハッ……ぺッ‼︎』

 

 口からドス黒い血か、臓物の成れの果てのような塊を吐き出し、ウィルソンは再び、ゆらゆらと身体を起こす。

 

『……はぁ……はぁ……クク……ヤレるもんならやってみるがいい! だが、もともと、ヘカテイアンを利用しようとしたのは、どこのどいつさ! あんたの雇い主、NUSA政府だ! 私は、その研究を推進したまで! 国のため、人類の為と! その一心でやってきた!』

 

 NUSA支部IMCのスタッフらは、言葉なく顔を上げ、ウィルソンの主張に耳を傾ける。

 

『それを都合が悪くなれば殺す! ヘカテイアン諸共? いいご身分じゃないか! この星はもともと彼らの、そして、彼らに選ばれた私たちのものさ!』

 

『くくくっ……重力子爆弾まで持ち出しちゃっって……まあ……。そんなものでヘカテイアンを抹殺できるとでも? 彼らの生きる世界は、こんな物と時間に縛られた窮屈な世界ではない。広大に広がる宇宙全体……ヘカテイアンはそのあまねく世界と共にあるもの……私はそこへ行くのだ! 彼らと共に。ふふふふ……はははははは!』

 

 ウィルソンは、通信端末の映像の中で、歯噛みして顔を顰めるマイケル、ティムの二人をまじまじと覗き込む。

 

「マイケル、ティム。……クク……レニーは至高の存在。アンナの失敗……それから何体ものサンプルの犠牲を重ね、ようやくレニーがその実を結んだのよ……もはや、お前たち下等な人間は……彼には不用なの」

 

「必要なのは……この私!」ウィルソンの勝ち誇った笑みに、ティムは、身体を震わせている。

 

『私は……がはっ……レニーの母であり……唯一の伴侶……に……なる存在……さあ、レニー……間も無く、私の身体もヘカテイアンハイブリッドへ進化する……はぁ、はぁ、はぁ……レニー、ああ、愛しいレニー! 私をあなたの元へ……ぎゃはぁが‼︎』

 

 ヘカテイアンを取り込んだウィルソンの身体は、止まる事なく変態を繰り返す。その苦痛が走るたび、ウィルソンは歓喜の吐息を漏らす。

 

「狂ってやがる……」ウィルソンへの怒りと憎悪、嫌悪をマイケルは、右手の拳ににぎりこむ。

 

 

 八年前、フル・ムーンカップ開催まで一週間——

 

 地区のスペースボート合同練習が行われたその日、レニーの走りは、いつもと違っていた。急にふらつきをみせたレニーの機体は、スピードを落とし、コースアウトして停船した。

 

 後ろにつけていたマイケルは、すぐに自機を寄せて降りると、レニーの機体に駆け寄る。

 

「どうした⁉︎ おい! 開けろ! レニー!」

 

 マイケルは、黒塗りのキャノピー越しに呼びかける。レニーがそれに答える気配はない。キャノピーには、外から操作できる緊急開放スイッチが備え付けてある。マイケルは、そのスイッチを操作して、キャノピーを開けた。

 

「レニー! 大丈夫か⁉︎」

 

 ヘルメットの中で、レニーは激しく呼吸を乱し、身体を捩らせている。

 

「はぁ……はぁ……んん……頭の中に……宇宙が……僕らの星は……だ、だめだ、このままでは!」

 

「な、何言ってんだ⁉︎ しっかりしろ!」

 

 レニーをシートから引っ張り出そうと、マイケルは手を伸ばした。そこへ、様子に気づいたティムがボートを寄せ、キャノピーを開けて呼びかけてくる。

 

「ティム! 救護チームを呼べ! それからルナ・フィリアに連絡を!」「あ、ああ!」ティムは、状況を察し、機体の通信機を通して、救護要請を始める。

 

「い……嫌だ! ……怖い、あそこには‼︎ ……僕は……僕だ‼︎ うわぁあああ!」取り乱したレニーは、マイケルの胸元にうずくまり、身体を激しく震わせる。

 

「大丈夫! 大丈夫だ、レニー!」言いながら、マイケルは、しっかりとその震える背を抱き締めていた。

 

「怖い……怖い……怖い……」「レニー! オレが付いてる! しっかりしろ、レニー‼︎」

 

 しばらくマイケルは、レニーを抱きしめたまま、背をさすり、宥め続ける。次第にレニーは、落ち着きを取り戻し、顔を上げた。

 

「マイ……ケル……」「レニー……」

 

 暫しの間、ヘルメットのバイザーを密着させ、二人は見つめ合っていた。レニーは小さく微笑むと、再びマイケルの胸元にうずくまる。

 

 次第に高鳴る胸の鼓動を誤魔化すようにして、マイケルは口を開いた。

 

「……な、なぁ……どうして……どうして、お前はボートに? お前が天才なのはわかる。けど……そんな精神状態じゃ……とてもレースに出れるような……ルナ・フィリアはなぜ、お前を……」「……治療の……一環さ……」「治療?」

 

 レニーはだいぶ落ち着きを取り戻してきている。だがマイケルの胸元から一向に離れようとはしない。マイケルは、ぎこちない両手でレニーの肩をそっと包んでいた。

 

「……レース……だけじゃない……ある者はスポーツ、ある者は……音楽……身体が動くようなら……外界との接触も必要だって……そうやって、人の感情が……揺り動くのが……あっうぅ‼︎」

 

 身体の芯に疼く何かに、レニーの身体がビクついていた。

 

「レニー! わかった、もういい、しゃべるな!」

 

「でも……僕は……ボートが好き……こうやってキミと走れることが……」

 

 サーキットの方から、赤いサイレンを回転させる救急艇がこちらへ向かってくるのがみえる。

 

「来たよ! 兄貴!」ティムが駆け寄ってくる。

 

「あ……ああ」反射的にマイケルは、レニーと密着していた身体を引き離そうとする。

 

「は……離さないで! もう少し……もう少しだけ……」レニーは、ティムの目も気にする事なく、マイケルの腰に両腕を回し、しっかりと抱きついていた。

 

「レニー……兄貴……」

 

 救急艇が止まり、すぐに救護チームが降りてくる。それを目に留めたレニーは、さっとマイケルから身体を離した。

 

「……ありがとう、マイケル。もういい……行くよ」「レニー……」

 

 ****

 

「レニーは……レニーは愛を求めていた。だが、それはお前じゃない……お前のそれは、愛なんかじゃない!」マイケルは叫ぶ。

 

『なんとでもホザけ! ゲスが。うぐ……気づか……なかったとでも? くっ……レニーがお前達を想って……いたことくらい! マイケル、ティム!』

 

「くっ……」マイケル、そしてティムは、揃って顔を顰める。レニーは、ただ静かに彼らを見守っているだけだ。

 

『けどね、坊や達。生命の、愛の本質は、自己保存と繁殖……それ以上でも、それ以下でもない……男同士の……いいえ、性の交わり無き愛など偽り! ……私達は、……うっぷっ……がは……何度も交わった……何度も……何度も! こうして……ああ! ……ゲフ……本当の愛を……』

 

 ウィルソンの変態は、だんだんと穏やかになっている。グニョグニョとした液体状の蠢きは、収まり、艶やかで半透明の人間の身体のような形へと戻っている。外見だけ見れば、二十歳ぐらいの肉体の全盛期を取り戻したような姿だ。

 

 

「……重力子爆弾の発射までは……」マイケルは、通信に入らない程度の小声で、サラに問う。

 

「十五分を切ったわ」サラも、察して小声で返す。

 

『ティム』<アマテラス>の通信パネルの向こうから、マイケルの真摯な瞳がティムを捉える。

 

「なんだ、兄貴?」

 

「そこにいる……そいつは本当にあの、レニーなのか?」

 

「わからない……けど……オレには……」

 

『僕がホンモノか、ニセモノか……それはキミがどう思うか……だよ。マイケル』

 

 二人の会話にレニーが入り込む。

 

「話せる……ようです……」ぽかんとなるマイケルに、ホセがしれっと言った。

 

『僕って一体……なんだろう……身体……記憶……それとも魂? ……ヘカテイアンの世界は、全てが混ざり合っている。個という認識が、もう殆どない……僕の中には今、僕が僕だった記憶も、ここの皆やへカテイアンの記憶も……渾然一体となっている……僕は……誰……僕をぼくとしているものは……なんなの?』

 

『そうよ、それでいいの、レニー……全てが混じり合う事こそ、愛! さぁ、私もその一つに……』『博士……』

 

 マイケルは、目を伏せ、昂るモノを抑えながら、レニーに語りかける。

 

「そうか……レニー……やはり……死んでいるんだな……お前は……」

 

「今、楽にしてやる……」

 

 呻くように呟いたマイケルのその声をサラだけが聞き取っていた。

 

 

 ****

 

『支部長! 居住区の避難誘導、急がせてくれ!』

 

 NUSA支部IMCに垂れ込める、ナターリアと、ウィルソンの作り出した禍々しい空気を、マイケルの一言が揺り動かす。

 

「マ、マイケル⁉︎」マークは、ハッとして顔を上げた。

 

『<リーベルタース>は、このまま重力子爆弾投下準備を継続! 悪魔の巣窟を叩き潰す!』

 

 俄かに騒然となるNUSA支部IMC。

 

「そうよ……それでいい」その中で、ナターリアは自席に腰を下ろし、顔の前で組んだ両手の下に、微笑を浮かべていた。

 

 

『ま、待てよ! 兄貴!』

 

 通信モニターの中でいきり立つティムを、マイケルは一瞥すると、重力子爆弾エネルギー充填開始と共にナターリアから送信された投下と、その後の帰還に至るまでのプランの確認に入る。

 

「ティム。ワープのタイミングは、こちらで指示する。お前達は、帰還の準備を整えておけ」

 

 プランに目を通し、自動シミュレーションプログラムを開始する。

 

『そ、そんな! 見えないのか、兄貴! こいつは紛れもなくレニーだぞ!』視線を合わせようとしない義兄に、ティムは激しく訴える。

 

「だったら尚更!」マイケルは声を荒げ、叫んだ。ティムの口が止まる。

 

「……生きるってのは……ただ、人の形があればいいってもんじゃない! ボートに乗っていた時……オレ達は確かに生きていた。競い合って、お互いを意識し、認め合って……それは、自分と相手がいてこそだった。違うか⁉︎ レニーはそれを求めていたんだ!」

 

 ティムは息を詰まらせて、目を見張る。反論できる言葉が見つからない。

 

「ヘカテイアンハイブリッドだと! こんな人から、人として生きる術を奪うような所業……オレは認めない!」

 

 マイケルは、<アマテラス>から共有されている、時空の渦の中心で、じっとこちらを窺うレニーの姿をキッと睨む。

 

「オレが、レニーを……お前を殺してしてやる!」

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