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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
131/256

LUNACY 5

「アポロ計画……二〇世紀、一九六〇年代から七十年代にかけて、当時、ソビエト連邦と冷戦下にあった旧アメリカ合衆国が、国家の威信にかけて行った宇宙開発計画。この計画で、人類は月にその第一歩を示した。彼らの功績が、今の宇宙進出の礎となっていることは疑いようがない……だが、彼らは多くの功績と共に、人類にとっては、一つの可能性と脅威の種をも持ち替えっていたのだ……」

 

 マークは、空席のコンソール端末から、自身が管理する機密ファイルを展開し、皆に共有する。

 

「月から持ち帰られた月の石に見つかった水……当時は、月に水の存在が確認されただけでも、大発見であったが、分析にあたった旧合衆国の政府直属機関は、その水分の中に、ごく僅かながら、未確認の、しかしながら水によく似た物性を持つ物質……亜物質を見つけていた。当時の測定では、誤差とされたデータの中に……」

 

「さらには、帰還した宇宙飛行士らから採取した体液からも、同様の亜物質を見つけた彼らは、そのサンプルを隠蔽し、研究を続けていたらしい。それが何なのか……意外にも彼らは早いうちに気づいていた。その亜物質は、月の女神の涙[ヘカティア:Heca-tear]のコードネームが与えられたと言う」

 

 そこまで話してようやく、マークは顔を上げた。通信モニター越しの藤川の瞳は、どこか優しい。マークはそう思うと、少しばかり顔の強張りを緩めていた。

 

「コーゾー。アポロ計画は約十年で一度打ち切られ、そこから五十年以上、月に人が降り立つ事はなかった。なぜだと思う?」

 

『まさか……』藤川の補助杖を握る左手に力が籠る。

 

「そう……彼らは目的を達したのだ……後に、『ヘカテイアン』と呼ばれる存在の証拠を得ること……それこそがまさに彼らの目的だったからだ」

 

『ヘカテイアンを見つける為……待ってください、だとしたら旧合衆国は?』東が会話に割り込む。

 

「ああ、情報源はどこなのか、それは私もわからない。だが、彼らは確信していた節がある、『地球外生命体:ヘカテイアン』の存在を」

 

「とは言え……見ての通り『ヘカテイアン』は、我々とは次元を異にする存在だ。前世紀の量子力学、時空宇宙論の発達をもってしても、全容解明には至らず、彼らの精神作用に基づき、代弁者を介してのみ情報を得るしかなかったのだ。それがPSI科学の出現で状況は変わっていく……いや……」

 

「PSI科学は、彼らに関する研究と共に発展してきたとも言える。今日のテクノロジーの基盤となった『PSI精製水』は、まさにその代表的な成果物の一つだ」

 

 皆、驚きを隠せない。IN-PSIDのスタッフにとって、PSI精製水ほど馴染みのあるPSIテクノロジー産物は他にない。

 

「いわば『人工ヘカティア』と言うわけか」

 

 藤川は、納得がいった。彼がまだ学生だった頃、革新的技術として忽然と現れたPSI精製水。PSIテクノロジー黎明期、インナースペースとそこに満ちる情報素子PSIの可能性は盛んに議論されたが、その利用技術が追いつくのは、まだ五十年、いや百年すら掛かると言われていた。それが僅か数十年で、文明の基盤すら変えるほどに発展した。それを成し得たテクノロジーこそ、PSI精製水に他ならない。

 

『旧合衆国は、ヘカテイアンを独占することで、先行テクノロジーの優越を図ろうとしたわけだ。今ではPSIテクノロジー分野での優越性はお前たち、ジャパニーズにすっかり先を越されてしまったがな……だが、ヘカテイアンから得た情報を、今のNUSA政府はまだ全て公にはしていない』

 

『……断片的に聞いた話を繋ぎ合わせると……どうやらNUSA政府は、ヘカテイアンは我々生命の起源と進化に深い関わりがあると考えているようなのだ』

 

 <アマテラス>のクルー、そしてヘカテイアンの撃退に注力しながらマークの話に耳を傾ける<リーベルタース>のクルーも、声が出ない。ヘカテイアンの存在だけでも驚きなのに、まさかそれが、自分達とも関わりある存在だというのだろうか?

 

 今は船にいないアムネリアの存在が、直人の脳裏を過ぎる。まさか、と直人が顔を上げた時、マークは、その疑問に答えるかのように、話を続けた。

 

『……ヘカテイアンは、人の感情、思考に強い関心を示す。そして……その関心のレベルが次元のギャップを超えた時、それを我々の世界に形あるものとして現象化させるのだ。コーゾー……この働き、何かに似ていると思わないか?』

 

 藤川は大きく瞳を見開いた。

 

「無意識……いや、魂か⁉︎」

 

『そう……これはあくまで私の解釈だが、彼らは、我々の時空に隣接した余剰次元で、剥き出しの魂が物性を持った存在……そして、我々の魂もまた……』

 

「ヘカテイアン……」

 

『その通りさ』

 

 通信を繋ぐ各拠点は、暫し深い沈黙に包まれる。

 

 

 ****

 

 一方で、<リーベルタース>には、マークの驚くべき話に、浸っている余裕はなかった。

 

 月面のヘカテイアンの現象化は、止まらない。ルナ・フィリアを中心に、月面南極エリアの広範囲は、さながら海面のような様相を呈している。

 

「射軸修正! 上下角、赤二〇! 撃て‼︎」マイケルは、声を張って命じる。

 

 <リーベルタース>から放たれた光の矢の雨がヘカテイアンの津波に突き立っていく。そこには、局所的ではあるが、時空間歪みが発生し、ヘカテイアンに対する防波堤を生み出す。しかし、その防波堤は、彼らを止めるには、あまりに小さい。

 

 あっという間に防波堤を回り込んだヘカテイアンは、もっとも近い[アルカディア・シティ]目掛けて進行を止めない。

 

「効果判定!」「エリアナンバー、6から8現象化率二〇パーセント低下! あ、待って、ナンバー、2、4に新たな反応!」ケイトが、大口を開けて叫ぶ。

 

「どんどん湧いて来る! マイケル、これでは際限ない」ブラスターを連射するサラの声にも焦りの色が滲む。

 

「避難状況は⁉︎」「[アルカディアタウン]は、八十パーセント完了! でも、隣りの[エルドラド]がまだ!」「あそこは今でも稼働している採掘町よ! 坑道の避難は時間がかかるわ!」

 

「ああ、そっちの足を止めるぞ! ブラスター照準切り替え!」「待って! そっちにはクレーターの断崖が! ここからでは射角が!」「ちっ! 移動は⁉︎ まだできないのか!」

 

「だめだ! ルナ・フィリアから離れられねぇってヨゥ!」ダミアンが、ロックされた操縦桿を左右に捻るたびに、警告ブザーが音を立てる。

 

「クッ! 所長! [エルドラド]の避難! 急がせてくれ!」

 

『あ、ああ……通達、急げ!』マークは、マイケルに気押されるまま、指示を飛ばす。

 

「ナンバー4、6! 盛り返してきた!」「エネルギー再充填! ブラスター、二番、三番!」

 

「キャ……キャプテン……」「なんだ⁉︎」

 

 ホセは恐る恐る、報告する。

 

「PSI精製水の残量が……は、は、半分を切っています。このまま砲撃を続ければ……帰還のワープに支障が……」

 

 舌打ちするマイケルに、ホセは背を縮こませる。

 

「構うか! いざとなれば、『親父の船』にでも地球まで曳航させるさ。今は、住民の安全が第一だ! 撃て、サラ!」

 

「……もう……変わってないんだから」サラは、柔らかい笑みを口元に浮かべ、マイケルを一瞥する。

 

「な、なんだ? 副長?」「なんでも……」

 

「いいわ、やりましょう!」

 

 サラは気持ちを入れ直し、ブラスターのトリガーを引く。が、ブラスターが発射される代わりに、警告ブザーが反応を返した。

 

「……え⁉︎ 何⁉︎」「どうした⁉︎」

 

「わ、わからない! 装備系がロックされた⁉︎ ホセ⁉︎」

 

「セーブモード⁉︎ ワープ演算システムと船の運航に必要なもの以外……エネルギー供給が絶たれています」

 

「どういうことだ⁉︎ 所長‼︎」

 

『マ……マイケル……す、すまない……それは……』『私から説明してあげるわ』

 

 立ち上がったナターリアが、マイケルをじっと見つめている。

 

「チーフ……あんたの仕業か……」

 

『こんな無駄な茶番に、エネルギーを浪費させるわけにはいかない。たった今、チーフ権限で緊急コマンドを送った。コントロールはこちらに譲ってもらう』 

 

「なんだって⁉︎」

 

 確かめるようにサラの方へと視線を投げかける。振り向いたサラは、首を振ってナターリアの言うことが確かであることを示した。

 

『<リーベルタース>には、やらねばならない大切な使命がある』

 

「おいおいオイオイ! あの危険に晒される人たちより、大事なことがあるってのがヨォ⁉︎」ダミアンは立ち上がって抗議するが、ナターリアは取り合わない。

 

『これをやれば、多くは救われる! 多少の犠牲には目を瞑ってもらうわ!』

 

 通信に映るナターリアは、<リーベルタース>クルーらも知らない、鬼気迫る表情を見せていた。

 

「何をするつもりだ……チーフ⁉︎」

 

 嫌な予感がマイケルの背筋を震わせる。

 

『殲滅』

 

 ナターリアの躊躇ない一言が、皆を凍りつかせた。

 

 今まで感じたこともない、ナターリアへの得体の知れない恐れを胸に押し込め、マイケルは問いただす。

 

「殲滅……だと?」

 

『ええ……ヘカテイアンの……ね‼︎』

 

 言うだけ言うと、ナターリアは、自席コンソールパネルに左手を(かざ)す。

 

『ま、まて! ナターリア! それはまだ!』マークの制止は、ナターリアには届かない。

 

 ナターリアの左手を感知したパネルは、生体オーラ認証を起動。彼女の左手から、承認された人物である事を読みとると、ミッション管理システムの人工音声が、プラン最終段階発動を告げ始めた。

 

『今更、怖気づかないで! マーク!』『ナターリア‼︎』

 

 

「な、何⁉︎」「どうした、サラ⁉︎」

 

 一瞬にして、月面上空の<リーベルタース>にNUSA支部IMCからの指令が届き、サラの管理する装備系感じモニターに、彼女の知らない装備品情報が立ち上がる。

 

「ぺ……ペイロード・ベイのハッチが⁉︎」ホセもまた、船体状況モニターに現れた、<リーベルタース>前部上甲板の、格納庫が開くサインに驚きを隠せない。

 

「おいおい! 何も積んでないんじゃなかったんか、ヨウ⁉︎」ホセに向かって、ダミアンが叫ぶ。知らぬとばかりに首を振り、ホセは状況報告を続けた。

 

「ペイロード・ベイに、エネルギー供給が開始されてます! なんだ……これは……」

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