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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第一章 久遠なる記憶
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仙界の水 3

 インナースペースは、この世を構成する、あらゆる情報の源であり、人の無意識=魂もまた、この超次元世界の情報力場とされていた。インナースペースからの影響によって心身に病的な症状を引き起こすPSIシンドローム。未だ、医学的には十分な有効性のある治療法が確立されていないこの時代の病に、対象者の無意識レベルからの解消を試みる、対人インナーミッションは、インナーノーツの最も重要なミッションである。

 

 IN-PSID China附属病院区画の三分の一程度の面積を占める、電磁結界を巡らせた白いドーム状の建築物は、その対人インナーミッション専用区画となっていた。

 

 五十基に及ぶ、ミッション対象者を収容する保護カプセル(インナーミッション対象者の身体活動を保護すると同時に、対象者からの思わぬ『現象化』作用を抑制する)が同心円状に配置され、ドーム天井を支えるコントロールユニットを兼ねた中心構造物に、各々、太いパイプ(PSI時空間情報が織り込まれた水、PSI精製水が通されている)で結びついている。さながらその光景は、日時計状環状列石を彷彿とさせた。

 

 保護カプセルは、五十基中、中央付近の十二基が稼働している。テストミッションのため、体調、症例を鑑みて、厳選した人数に絞り込んでいるのだ。

 

 そのうちの一つのカプセルに、賈雨桐は収容され、深い眠りについている。カルテの写真よりも顔や体のあちこちに浮腫みが進行しているようだ。

 

 雨桐の薄い眉が、微かに動く。無意識の細波を、彼女は感じ取っている。モニタリング映像を見守る容が、そう思った時。

 

『<イワクラ>よりIMC。時空間転移目標座標に<アマテラス>PSIパルスを確認。ミッション対象者の表層無意識領域にアクセスしました。通信、中継回復します』

 

 <イワクラ>、本部、及びChina支部のIMCを繋ぐ通信ウィンドウからのアナウンスに、容は顔を上げた。

 

『こちら<アマテラス>。全船異常なし。これより、次元連続シフト航法による<天仙娘娘>のPSIパルス追跡に入ります』

 

 通信ウィンドウが、容の正面のモニターにもう一つ立ち上がり、<アマテラス>のブリッジが映し出される。本部IMCのメインモニターにも同じ映像を共有していた。

 

「了解だ、カミラ。対象者のPSIシンドローム症状は落ち着いているが、深層無意識領域に何があるかは、何も掴めていない。十分用心して進め」東は、<アマテラス>ブリッジをしっかりと見詰めて言う。

 

『わかりました』

 

 カミラは、すぐに航行の指示を出し、各員は速やかに対応する。

 

 日本本部IMC中央のメインモニターには、人の形を立体的に象った、賈雨桐の無意識領域——魂の模式図が表示され、その胸部付近に<アマテラス>の反応を示す光点が点滅している。その手前に安置された対人インナーミッション対象者収容カプセルが、ほのかに青白い光を放っていた。

 

「真世、亜夢の方は?」カプセルを見詰めながら東は問う。

 

「突入による、PSIパルス変調は見られません。身体のバイタルも安定しています」

 

 真世の座る席のパネルには、亜夢のモニタリング映像が映し出されている。本部IMCの対人ミッション用カプセルに収容された亜夢は、目を閉じたまま、小さな呼吸を繰り返す。

 

「患者とのPSIパルス同調による、PSIシンドロームの転移に注意してくれ」「はい!」

 

 亜夢のもう一つの魂、『アムネリア』は、IN-PSID本部の対人インナーミッションシステムを利用し、<アマテラス>とリンクしている。彼女の持つインナースペース深次元領域への感応能力は、<アマテラス>への強力なサポートとなっていた。

 

 東は硬い表情のままマイクの入力をミュートすると、小声で藤川に呟く。

 

「PSI合成水……いえ、『仙水』の開発から5年、民間利用開始から3年……利用地域は急速に拡大し、それと比例してPSIシンドロームと見られる症例が、大陸各地や、仙水の輸出先の国々で多発……賈研究員の集めたデータとPSI合成水の分析レポートは、この因果関係のエビデンスとして不足ありません。なのにChina支部は、なぜこのことを……」

 

「認められんのだ。China支部(あそこ)は、元々、政府機関であった中国仙界技術開発局を前進としている。IN-PSIDに加盟して7年が経つとはいえ、政府との結びつきはいまだに強い。実質、独自機関としては機能していないないのだろう」正面のインナースペース模式図から目をそらす事なく答える藤川の口元の動きは、長い口髭に隠れて見えない。

 

「『PSI技術』革命と、その最大の恩恵である『仙水』は、民主化政府の旗印のようなもの……」

 

 PSI技術が、資源とエネルギー問題の解消に貢献は、やがてその技術の恩恵を独占管理したい当局と、利益の拡充を追求したい民間との軋轢を産み、長らく続いた彼の国の独裁体制を揺るがした。

 

 それは、発足後、約三十年来の民主化政府にとって、PSI技術の推進こそが民主化の大義を支え、あらゆる問題を解決に導く、万能の手段であるという『神話』として、いつしか深く根付いている。民主化政府は、今、その神話に基づいて、前世紀からの深刻な水不足の問題をPSI技術をもって解決しようとしている。

 

 古来、中国の国家運営は、治水と共にあった。水を制する者こそ、天下を制するのである。民主化政府が、大陸の水問題に躍起になるのも、宿命であるのかもしれない。

 

「中国政府と言えば、<天仙娘娘>開発当初から、我々のインナーミッション技術の公示を求めてきていましたね。この<天仙娘娘>のスタートミッションが成功すれば……」

 

「いっそう、要求してくるだろうな。仙水のリスクを、中国政府もおそらく認識はしている。だが、旧世紀来の課題である、水不足の解消に、仙水は欠かせない。多少の痛手を伴おうとも推し進めるだろう」立ったままの藤川は、左脚の補助杖を固く握っていた。

 

「PSIシンドロームは織り込み済み。インナーミッション技術は、その火消し役。まるでマッチポンプなやり口だな、こりゃ」二人の会話に、割り込んだアルベルトは、自慢の顎髭を撫でながら、眉間に皺を寄せていた。

 

「止むを得ぬところもある」ため息混じりに藤川は続ける。「……東くん、私も技術公示に関しては、段階的に進めていこうとは考えている」「ええ……」

 

「PSIテクノロジーは、今の時代を支える基盤。もはや手離すことはできない。インナーミッション技術が、広く社会に浸透してこそ救える命もある。それに……」藤川が顔を上げた先のサブモニターには、暗黒の雲の渦のようなものが、ビジュアライズ処理されて投影されている。China支部から共有されている、集合ミッションシステムの監視データを図示化したものだ。無論、そこに<天仙娘娘>の姿はない。

 

「『ガイア・ソウル』……ですね?」モニターの図を見遣りながら、東は口にした。

 

 暗黒の渦は、ゆっくりと渦を巻きながら蠢いている。真世と田中、アルベルトも、藤川の視線を追って顔を上げた。

 

「うむ。我々は最悪の事態に備えていかねばならぬ」「……ええ」

 

 メインモニターの中で、<アマテラス>を示す光点が、人型状に象った、魂力場の胸部中央へ向かって進んでいた。

 

『<アマテラス>、間も無く次元深度レベル4へ達します』カミラの凛とした声が、ミッションを見守る拠点の全てに響き渡る。

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