LUNACY 2
「ケイト! 移民居住区への到達は⁉︎」
「このペースなら、一番近い[アルカディア・シティ]到達まで、推定二〇分!」
「アルカディア……」マイケルは、顔を青ざめさせて絶句する。「マイケル! あそこは、私たちの……」同じ表情を浮かべたサラに、マイケルは小さな頷きで答え、気持ちを立て直して声を張る。
「直ちに急行する! ダミアン!」
「無理っすよ! 隊長! ワープ演算システム稼働中は、機体制御! オートロックされる! 動けねぇッスヨゥ!」
「ち、そうだった……演算解除は?」「……それもロックされてます」ホセは、淡々と答えた。マイケルは奥歯をかみ、思考をフル回転させる。
「サラ、多元量子ブラスター、使えるか?」
「こっちは大丈夫。射程も十分よ」
「よし、食い止めるぞ、サラ! ブラスター! 広域放射モード‼︎」「了解! 多元量子ブラスター、広域データ入力開始、使用レベル、現象界領域!」
<リーベルタース>の両舷に備え付けられた片舷四門、計八門の半球レンズ状ブラスター発振器が、熱と光の渦を生成し始める。
発射準備が整う直前、ブリッジにきつい口調の、低めの女の声が響く。
『待ちなさい、マイケル! まだ、早い! 奴らを十分引き摺り出さないうちは! 無駄なエネルギー消費よ!』
「何言ってるんだ! チーフ! このまま放っておいたら、皆、こうなる!」まるで大洪水に飲み込まれた、ルナ・フィリア月面施設の映像を見せつけながら、マイケルはナターリアに向かって叫ぶ。
『月の植民エリアは全滅するぞ!』
「マイケル! 命令よ! 転送完了まで、<リーベルタース>は!」ナターリアは、自席から腰を浮かし、身を乗り出して命ずる。
『所長! 良いんですか⁉︎ こんな状況を黙って!』ナターリアの命令を遮り、マイケルはマークに訴える。
「うっ……わ、私は……」
マークは、マイケル、ナターリア、そして洪水のようなモノに飲み込まれつつある月面映像を何度も見比べる。
「<リーベルタース>は現状待機! よろしいですわね⁉︎ 所長!」ナターリアが念を押す。
『所長‼︎』「マーク!」
マークは、二人に背を向け、俯いてぶつぶつと一人、呟く。藤川は、モニター越しに見える、その友人の背を、震える肩を、そっと見守る他ない。
「……うっ……くっ…………我々の使命は……IN-PSIDの使命は……インナースペースの脅威から人々を守る…………」
首を二、三度振りマークは顔を上げ、振り返って通信モニターに向き直った。
「マイケル! 砲撃を許可する! 植民地区へのヘカテイアンの侵入を止めろ‼︎」『了解だ!』
「マーク‼︎」ナターリアは叫んで抗議する。だが、マークは、それを遮って、部下のスタッフらに指示を飛ばし始めた。
「月面開拓統括センターへ通告! PSI HAZARD警報の発令と、入植者のシェルターへの避難誘導を要請! 急げ‼︎」
「マーク……」苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、乱暴に自席へ腰を落とすと、ナターリアは、マークの目を盗み、コンソールのキーボードに指を走らせ始めた。
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「月面が! アラン、こちらも、まだ動けないの⁉︎」月面の異変に、焦りを露わにするカミラ。
「次元コミュニケーターが、PSIバリアパラメータにまで干渉している。データ転送が完了するまで、この次元からは……」
「まんまと、ハメられたようね」カミラは、モニター向こうのウィルソンを睨む。
<アマテラス>の隊長、副長の会話の間に、マイケルが割り込んだ。
『ああ。こちらで、ヘカテイアンの進行は食い止める。その間に、この状況の打開策を見つけてくれ!』「了解よ!」
マイケルは、言うだけ言うと、月面の異常事態への対処行動を開始した。
「とは言え……どうしたものか」呟いて、唇を噛むティム。
『ふふ……マイケルは、ちっとも変わってない。真っ直ぐで、どこまでも誠実……でも、少し不器用……』レニーは、ぼんやりと視線を泳がせる。まるで昔を懐かしんでいるかのように。
『どうする? ティム。キミたちも、僕らを攻撃するかい? ……それとも……』
「聴こう……ティム。彼の話を……それしか、手がかりも」直人は、ティムの方を真っ直ぐ向いて言う。
「ああ、そうだな」真っ直ぐ見つめてくる直人の瞳を受け止め、ティムは大きく頷いた。
『嬉しいよ……ティム』
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「私を受け入れなさい‼︎ 私にヘカテイアンの力を‼︎」開錠の術を全て封じられたウィルソンは、闇雲にドアを叩く。
セントラルブロックの低層は、すでに水状に現象化したヘカテイアンで満たされ、高層にちる彼女らの周りにも、ヘカテイアンの現象化した流体が、戸愚呂を巻いている。が、なぜか彼女達、そして取り残された、哀れな患者らに、ヘカテイアンはそれ以上近寄っては来ない。
「ウィルソン博士! 無茶よ‼︎ 患者達を連れて、脱出を!」カミラは、もう一度説得を試みる。
『黙りなさい、小娘!』
「こ、小娘⁉︎」あの老婆には、自分達の隊長すら小娘扱いのようだ。サニは目を見開き、隊長の反応を窺う。カミラは、唖然と口を開いていたが、アームレストの上に置いた拳をプルプルと震わせていた。
『ティム……キミとの時間をもう少し楽しみたかったけど……』
レニーは、自身の手のひらを見つめ、開いたり閉じたりしながら呟いている。
『どうやらそうも言ってられないようだ』
レニーは、入り口の方へ、そっと視線を向けた。
『そんなに望むなら……』
身体を動じる事なく、入り口ドアを見つめるレニー。すると、スライド式のそのドアは、音もなくゆっくりと動き始めた。
連動して、ウィルソンが開錠コードを何度も打ち込んだ端末のモニター表示が、『UNLOCKED』に変わり点滅する。
ウィルソンの目の前で、扉が自動的にゆっくりと開き始めた。
「ああ、レニー!」
扉が半分ほど開くと、室内から不自然に澱んだ気流が、ウィルソンらに吹き付ける。ウィルソンは、身悶えして、まるで恋人との再会を待ち侘びた少女のように瞳を輝かせ、対照的に、黒人とアジア人のカップルは、きつく抱き合い、身体を震わせていた。
「レニー! どうするつもりだ⁉︎」声を荒げて、ティムが問う。
『あの人が望んだんだ……それに……』
『あの人は、知らなきゃならない……』