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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
122/256

精霊王の帰還 3

『……マイケル、マイケル‼︎』耳を刺す、刺々しい女の声が、マイケルを過去から連れ戻す。

 

「チ、チーフ⁉︎」はっと目を見開き、通信モニターへと向く。モニターの向こうでは、ミッションチーフのナターリアが、眉を吊り上げ、いつになく厳しい目付きで、マイケルを睨んでいた。

 

『何をやっている⁉︎ ルナ・フィリアから離れ過ぎよ‼︎』確かに、今度はルナ・フィリアの次元観測データの収集が、停滞している。

 

「し、しかし! <アマテラス>が!」マイケルは、声を張り上げ反論した。

 

『次元コミュミケーターは?』「感度、戻ってきましたね……この位置で、多元量子マーカーのリレーを噛ませれば、ルナ・フィリアの位置でも<アマテラス>のトレースは支障なくできそうです」ぼんやりした口調で、ホセは淡々と答えた。

 

『ならば、そうしなさい。サーキットの方は、<アマテラス>に任せて、貴方達は、ルナ・フィリアの監視(・・)を続行!』『ナ……ナターリア!』強い口調で言い放つナターリアに、マークも動揺している。

 

「監視?」女上官の口にしたその言葉が、サラには妙に引っかかる。

 

『命令よ! 直ちに戻りなさい!』ナターリアは言い切ると、通信モニターに背を向け、スタスタと離れ、自席へと戻っていった。その後をマークが追う。

 

「おいおい……」ケイトは、キョトンとして呟く。

 

「カリカリしちゃってぇ〜」ダミアンは自席にもたれ掛かり、怖い怖いと、肩をすくめていた。

 

「くっ……サラ、多元量子マーカーを頼む」「わかった」

 

「ダミアン、反転しろ」「お、おう」

 

 現象界でも使用可能な、多元量子マーカーをサーキット跡の近傍へ投下し、<リーベルタース>は反転、再びルナ・フィリアへと戻ってゆく。

 

 

 ****

 

「<リーベルタース>……お早い戻りね。あとどのくらい?」ウィルソンは、各拠点と繋ぐ通信端末に視線を向けたまま、マイクを通信先に気づかれぬうちにそっとミュートし、隣席の側近に尋ねた。

 

「あと一〇分程かと……」

 

「離れててくれた方が好都合だったけど……ふん、あの女。まあ良いわ。彼ら(・・)は?」

 

「現象化率……八割に達します。博士の読みどおり」

 

「ふふ……では、邪魔をされないうちに始めましょう」


 ウィルソンの指示に、側近の一人が立ち上がり、管理センターの片隅で待機している男女二人の職員らの方へと向かう。そこはちょうど、各拠点と繋ぐ通信モニターの、カメラの死角となっていた。

 

 二人は、体を硬直させ、上司にあたるその女を見上げた。

 

「やれ」女は、拳銃をちらつかせ、冷徹に命じる。黒人の男性職員は、震える手で、ボリューム状のスイッチに手をかけた。

 

「……い、いや……やっぱりダメよ! こんな!」

 

 女性職員は、男の腕にしがみついて、作業を止めさせようと必死だ。男性職員も、呼吸荒く、額から汗が滲み出る。側近の女は、表情一つ変えず、その女性職員を平手で打ち倒す。

 

「きゃあ!」女性職員はたまらず男の腕を離し、コンソールに突っ伏した。

 

「早くしろ」側近の女は、男性職員が声を上げるのを制して命じる。そこにウィルソンが、悠然と近づいてきた。

 

 ウィルソンは、コンソールに伏している女の髪を掴み、無理矢理持ち上げ、上向かせ、自分の顔を近づけて覗き込んだ。痛いと訴る女を助けようと、黒人の男が動き出そうとするも、側近の女は、拳銃で威嚇してそれを抑えた。

 

「……お前達は知り過ぎた。最後まで付き合ってもらうわ」ウィルソンは平然として言う。

 

「は、博士……がは⁉︎」女は、突如、股間に鈍重な重みをかけられ、悶絶する。全体重を乗せたウィルソンの膝が、股間に残った、彼女の本来のアイデンティティを容赦なく圧迫する。

 

「ふふ……男を捨てきれず、女にもなりきれない。そんな、なり損いを選んだ、哀れな男。ふふ、それで彼らに選ばれなかった、お前達。良い比較(・・)サンプルだったわよぉ」

 

 股間への圧迫はそのままに、ウィルソンは『女』の頬に流れ伝うものを撫で取ってやる。

 

「けど、安心なさい。()は帰ってきた。今度こそ、お前達も救われる。わかるわねぇ?」

 

 黒人の男と、そのパートナーの『女』は、互いに見つめ合い、同じタイミングで息を飲み込む。その様子に、一つ微笑むとウィルソンは、『女』を解放した。

 

 呼吸を荒げた『女』は、黒人の男の手に自らの手を合わせ、彼らはもう一度、見つめ合う。

 

「あ……あ……あたし……たち……これで……やっと……」「……あ……ああ……い……いいのか……?」

 

 両目を見開いたまま、頷く『女』。黒人の男は、生唾を飲み込む。

 

「さぁ、今こそ開け放つのよ! パンドラの箱を‼︎」

 

「うっうっ……うわぁあああああ‼︎」何かに突き動かされるがまま、二人は手を重ねてボリュームをいっぱいに捻る。

 

 

 ****

 

 ルナ・フィリア上空近くまで再び戻ってきた<リーベルタース>の次元観測システムが、突如、警告アラートを掻き鳴らす。

 

 同時にブリッジを取り囲む全モニターに、いくつもの赤い警告表示が、立ち上がる。

 

『CAUTION』『PSI HAZARD』の二つの文言が、入れ替わりで点滅していた。

 

「ルナ・フィリア余剰次元に、現象化予測警報多数!」ケイトが、緊迫した声で報告する。

 

「な、何⁉︎ どうなっている?」「施設の電磁結界が、次々と解除されているような……」マイケルの問いに、ホセが相変わらず、マイペースな返答を返す。

 

「一体どうした⁉︎ 博士⁉︎」マイケルは、ルナ・フィリア管理センターへと呼びかける。席を外していたらしいウィルソンが、映像の中に戻ってきた。

 

『失礼しました。どうかなさって?』

 

「どうかしたか、じゃない! そちらの結界の様子がおかしい! 至急、調べてくれ!」

 

『ああ、結界ねぇ。どこもおかしくはないわ。()が戻って来た以上、もう必要がなくなった。いえ、むしろ邪魔。ただ、それだけ』

 


「邪魔? ……まさか……解除、したのか⁉︎」

 

 マイケルとウィルソンのやり取りは、通信を見守る各拠点にも動揺をもたらす。俄に騒然となるNUSA支部IMCの中で、ナターリアは、自席でその通信に、冷徹な眼差しを向けたまま黙している。傍らに立つマークは、ナターリアに何か声を掛けようとしたが、息と共にそれを飲み込んだ。

 

 

「何をする気だ、ウィルソン?」マイケルは問いかける。ウィルソンは、じっとマイケルを見つめ、不敵な笑みで答えた。

 

「くっ! 急げ! ダミアン‼︎」「了解ッスヨゥ!」

 

 ダミアンは、スラスターをふかし、<リーベルタース>に加速を上乗せする。

 

 多元量子マーカーのリレーにより、<アマテラス>との通信も、状況は良くないものの、なんとか回復していた。マイケルは、モニター向こうへ呼びかける。

 

『<リーベルタース>より<アマテラス>! 至急戻れ! ルナ・フィリアに異常事態発生だ!』

 

「異常事態⁉︎」カミラは、通信モニターに注視する。クルーらも全員、カミラと同じように、モニターへと視線を向けた。

 

 <アマテラス>のブリッジモニターに、<リーベルタース>から送られた、ルナ・フィリアに多発し始めた現象化反応のマップが展開される。

 

「け、けど! こっちは⁉︎」操縦桿を切りながら、ティムは声を張り上げる。

 

『ティム! そいつはレニーじゃない! インナースペースに投影された、オレ達の記憶の影に違いない! さっさと戻れ!』

 

「いや! それは違う、兄貴! レニーだ。この走り、間違いなく、アイツなんだ! 見てるんだろ、兄貴も! こいつは……」

 

「ティム‼︎」

 

 多元量子マーカーから送られてくる信号が、モニターに描き出すサーキット。深き闇の中で、月の光と白鳥が戯れる。二つの機体は、競うというより、お互い手を取り合ってダンスを踊っているかのようだ。マイケルは、身体を小刻みに震わせ、唇を噛む。

 

 身体の震えが、再び、押し込めていた記憶を燻し出す。

 

 八年前。フルムーンカップ・ファイナルレース直前——

 

 スペースボート駐機場の喧騒から少し離れた、選手待機場付近。通路奥から聞こえてくる声。ティム、そしてレニーの声だとすぐにわかった。咄嗟に、廊下の陰に隠れ、マイケルはその声に耳をそばだてる。

 

「……ティム……キミといられる時だけ……僕は……本当の僕でいられる……このレースが終わったら……」微かに咽び泣いているのか、レニーの声だ。

 

 ティムの動揺した声が聞こえる。マイケルは、そっと二人の様子を伺う。

 

「……うぅんん……なんでもない……お願い……もう少しだけ……」

 

 寄り添う二人。ティムにもたれ掛かるレニーの後ろ姿。二人はじっと見つめ合っているように見えた。マイケルは息を呑む。

 

 胸の鼓動が高まり、身体が小刻みに震え出す。マイケルは、二人に声をかけることなく、その場から足早に去っていた——

 

 ワナワナと身体を震わせるマイケル。

 

「やめろ……』

 

 サラは、低く唸るマイケルの声に、ハッとなって振り向いた。

 

「やめろ! ティム‼︎ そいつと馴れ合うな‼︎」

 

 サラが声を掛けるより早く、マイケルはモニター向こうのティムに怒鳴りかかっていた。

 

『……ふふ……ふふふふ』

 

 <アマテラス>との通信に混じって、無邪気に笑う声が聞こえてくる。マイケルは、その声に両眼を見開き、青ざめて硬直した。

 

『……感じる。マイケル……キミも居るのか……』

 

 八年前と変わらない、紛れもなく、あの青年の、レニー声……

 

「本当に……レニー……なのか……」

 

 マイケルの問いかけに、声は答えを出さない。

 

『……戻ろうか、ティム。博士も待っている(・・・・・)しね』「えっ?」

 

『さあ……跳ぶよ!』

 

 <アマテラス>と並び走っていた、白銀の機体、そしてサーキットのコースは、ゆっくりと周辺の闇へと溶け込んでゆく。それと同時に<アマテラス>の周辺空間は、再び様相を変え始めていた。

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