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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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月へ! 6

 エレベーターはセントラルブロックの中層域で止まる。中央シャフトを中心とした、同心円を描く階段状の建物が目の前に広がる。その階段の蹴込にあたる箇所に、幾つもの扉が並ぶ。

 

 それぞれが、入居者の住居だ。全ての建屋が同規格で作られ、無個性な作りは、さながら集合団地のようである。資料によれば、このセントラルブロックは、元々、月への入植初期の頃に建造されたコロニーの一つで、三十年ほど経つ建造物らしい。武骨な構造体が、年代を感じさせる。

 

「うっ……なんか、薄気味悪……」サニは、一面に広がる、無機質な建物の並びに、得体の知れない気持ち悪さを感じた。

 

「うちの療養棟とはまるっきり違うね」直人も同様の感覚を覚えながら、モニターに映る周辺を見回す。

 

 部屋の総数は二百戸あり、一時期は満室の上、数年待ちの予約も殺到していたというが、今の居住数は二十戸ほど。閑散とした侘しさが、不気味さを引き立てていた。

 

 各棟の間の通路のランプが順に点灯し、<アマテラス>を誘導する。団地の間を縫って、<アマテラス>は進む。

 

「アラン、中の様子はわかる?」

 

「……各部屋にかなり出力の高い電磁結界が展開されている。この次元深度では、スキャンパルスが弾かれる」

 

「結界……」訝しむカミラ。そこへウィルソンが通信に戻ってくる。

 

『はい、止むを得ない処置です。奇妙な現象は、患者らの身にも……夢遊病のように出歩き、お互い傷つけ合ったり、時には誰彼構わず、性交渉に及ぼうとしたり……まるで野生生物のように変貌してしまう……今、ここに残っているのは、そういった症状が重度の、地球から受け入れを拒まれた患者達ばかり……』

 

「ん、現象界に微小な空気振動。音か?」

 

「解析できるかしら?」「やってみよう」

 

 音声変換機能が、音を立てる部屋の向こうからの奇怪な声を拾い始める。暴れ回り、ドアを破ろうとする音もある。雄叫びや、笑い転げる声、泣き叫ぶ声……あらゆる感情のミックスを<アマテラス>のブリッジに奏で出す。

 

『……彼らもまた……やはり、こう地球明かりの明るい夜は、特に気が昂るようで……』

 

「ルナティック……いや、アースティックってところか?」眉を顰めてティムが言う。

 

「でもさ、狼男やら満月の狂気なんて、だいぶ昔に否定されたんじゃなかったっけ?」サニは、愛読のオカルト記事で学んだ知識を披露する。

 

「それは物質次元での話だ。精神の次元であるインナースペースでは、全ての事象は繋がりがあるからな。PSI科学以前の常識は、どんどん見直されている。ましてや、ここは月……我々人類は、この月についても、まだ何もわかっていないようなものだ」

 

 アランの言葉に、ウィルソンは、静かに頷く。

 

『そうです。このルナ・フィリアは、サナトリウムではありますが、そうした月の、人の精神活動への影響の解明にも貢献すべく設立されました。それが、もはやこのような怪奇(やかた)になってしまった……ミイラ取りがミイラになったようなもの。お恥ずかしい限りなのですが……ああ、そろそろです。その、最奥の部屋』

 

 ……六〇六号棟……

 

「!」

 

 ティム、マイケルは、心の奥底に何者かの声を聞いた気がして、ハッと顔を上げた。

 

「ティム?」様子に気づいた直人が声をかける。ティムは、表情を硬くしたまま、何も答えない。操縦桿を握る手が小刻みに震えている。

 


「どうしたの、マイケル?」一方、<リーベルタース>でも、マイケルの様子に気づいたサラが声をかけた。

 

「今……何か……」マイケルは、ブリッジ全面のモニターを見回すが、不審な動きはない。正面モニターの、<アマテラス>から送られてくる映像には、ルナ・フィリアセントラルブロックの、割と辺縁部に近い、他に比べると大きめに区画された棟の入り口が見えている。各窓にはシャッターが下され、厳重な電磁結界の青白い光が棟全体を覆っていた。入り口のドアの上には、『606』の電光表示が薄暗く灯っている。

 

 ティム、マイケルの様子に構う事もなく、通信モニター向こうのウィルソンが淡々と語り出す。

 

『このルナ・フィリアの怪異が、最も顕著に発生している六〇六号居住棟です。我々は、そここそが、怪異の元凶、時空結節点となっている場所だと推測しています。ですが……』

 

「結界を張って封じ込めるのが、関の山……か」『はい。どうやら我々の観測限界であるLV3以上の高次元に及ぶ何かがそこに……』

 

「わかりました。ここの扉と結界を開放するのは危険ね。アラン?」「ああ。LV4まで降りれば、結界の効力も低下する。超えられるはずだ」

 

「ウィルソン博士、我々はここから潜り、調査を開始します」カミラは凛として顔を上げ、ウィルソンに告げた。

 

『お願いします、皆さん』

 

 じっと<アマテラス>のブリッジを見つめる、ウィルソンのアンバーの両の瞳に、カミラは頷いて答えた。

 

「アラン、結界のPSIパルス成分を基軸にして、LV4パラメータ、生成できる?」「ああ、分析済みだ」

 

「では、直ちに時空間転移!」「了解! PSIバリアへパラメータ展開! 偏向開始!」

 

 あっという間に、波動収束フィールドによって構成されていた周辺情報が溶解し、光を闇に閉じ込める空間坩堝に<アマテラス>は、その身を踊らせる。

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