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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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月へ! 5

『ウィルソン博士、<アマテラス>、ドームに入りました』

 

 ルナ・フィリアの全棟管理センターに、カミラの凛とした声が響く。

 

 <アマテラス>のブリッジと並んで表示されたアクセスポートドーム内の映像を、管理センター側で調整していくと、朧気に白く細長い、発光体の様なものが映り込んでくる。ウィルソンは、その映像を認め、小さく微笑む。

 

「こちらの超次元カメラでも捉えました。前方に、入館ゲートが見えるはず。そこから、こちらの誘導に従って、進んでください」『わかりました』

 

 <アマテラス>の前方がライトアップされる。空港の搭乗ゲートのような設備が浮かび上がって見えた。その奥のエアロック構造の扉が開いて、<アマテラス>を待ち侘びている。

 

『あなた方の次元であれば、この施設の通路も壁も、すり抜けられるでしょうが……施設内の至る所に結界を展開していますので』

 

「誘導、助かります。ティム、ゲートに向かって、船を進めてちょうだい」「ヨーソロ」

 

 <アマテラス>は、駆け足程度の速度で、ゆっくりとゲートへ向かう。

 

「念の為、多元量子マーカーを敷設しておきましょう。ナオ、一番から四番、射出!」「一番から四番、射出します!」

 

 <アマテラス>後部ウイングの付け根に設置されたトランサーデコイ射出口から、四つの多元量子マーカーが射出され、ドーム内の『この次元の』床面に突き刺さる。

 

 多元量子マーカーは、敷設時の座標情報を保持しつつ、多次元間の通信をリレーする機能を持つ。<アマテラス>にとっては命綱のようなものだ。

 

 多元量子マーカーが起動すると、それに反応を示すように、サニの担当するレーダー盤に、幾つかの波紋が広がる。

 

「波動収束フィールドに感! 二時、四時、十時方向!」「収束反応は?」

 

「いえ、エネルギー励起はごく僅かです」言いながらサニは、反応ポイントを映し出すモニターの箇所を拡大してみせる。空間に僅かばかり、歪みのようなものが現れては消える。

 

「フィールドの感度上げれば、炙り出せるかも」「いや、向こうが干渉してくる気がないなら、今は無闇に手を出す必要はない」

 

『この時間帯……怪奇現象が活発になるようです。特に……』サニとカミラのやり取りに、ウィルソンがコメントを挟む。

 

『こういう、フル・アースの夜は……』

 

 ゲートの天窓の方から淡い、青みがかった光が差し込む。<アマテラス>の一同は、モニターに映るその光景に目を奪われた。出港前に通信で見た映像は、この場所であったのだろう。

 

 モニターの向こうで、コンソールの上に肘を立て、組んだ両手で顔下半分を隠したウィルソンの瞳が、瞬きなく<アマテラス>のブリッジを見つめている。月夜に輝くオオカミの瞳——そんな風に直人には見えた。同時に、<アマテラス>の周辺に現れた反応にも、こちらを窺う、人の視線のような気配を直人は感じていた。

 

「見てる? オレたちを……」

 

「アラン、解析は?」「該当PSIパルス……データベース照合は、いくつか類似はヒットするが……特定はできない」

 

『超次元カメラでも常時、観測はしているのですが、我々もはっきりした正体はつかめていません』ウィルソンは落ち着き払ったまま告げた。

 

「……だが、このパターン。生命活動パルスとの類似がいくつか見られる……どういう事だ?」

 

「あ、わかった! 宇宙人! そうよ、宇宙人よ!」シートから身体を乗り出したサニは、嬉々とした声をあげる。

 

「サニ。月への本格的な入植が始まってから一世紀近くなるけど、残念ながら、そういう存在との遭遇報告は、今のところ……」

 

「いや、そうとも言えないぞ。カミラ。それはあくまで現象界に限った話だ。インナースペースなら、あるいは……」

 

「えっ⁉︎」直人はアランの方を思わず振り向く。

 

「どういう、ことだ? 副長……」ティムも怪訝そうに振り返ってアランを見つめる。

 

 アランは顎に腕組みした片手を添え、モニターに展開された解析データに注視している。

 

「……うぅむ……とにかく今は、目的エリアに向かおう」アランの結論は出ないといった口ぶりに、カミラは頷き、ゲートの通過を促した。

 

 <アマテラス>は、入館ゲートを通過する。エアロックが閉じると、サニのレーダー盤の反応は、静かに消えていった。

 

 その先には、六人がけのゴンドラが見える。人の出入りが無い時には、停止しているようだ。その軌道に灯りが灯る。管理センターからの誘導だ。<アマテラス>は、その誘導に従い、ゴンドラの軌道に沿って地下へと下っていく。

 

 地下には溶岩洞窟を加工、拡張した大空洞が広がり、底一面に広がる直径三百メートルほどの、ゆっくりと回転する円形の構造物が見えてきた。その天井は採光窓となっており、月面で集めた光を取り入れられるようだが、今は夜と設定された時間帯。暗闇に覆われ、内部の幾つかのライトがポツポツと見えるだけだ。

 

 次元解析マップが展開され、その構造がモニターにあらわれる。それはちょうど駒のような形になっており(下部は地底に埋まってる)、内部は漏斗のように中心部が窪んだ形になっている。その内側に幾つもの建物と、中央は公園や農地となっているようだ。

 

 回転による遠心力と、月の引力の合力で平均1G環境を作り、漏斗状の内壁に『斜め』に立つような形で生活しているようだと、アランが説明した。

 

『ここは?』モニター向こうから、カミラが問いかけてくる。

 

「そこから先がセントラル・ブロックです。患者達の生活棟、そして私達が暮らす居住区画……」ウィルソンは静かに答えた。

 

 セントラル・ブロックの回転軸にあたるメインシャフトのエレベーター(地上の方は、ステーションタワーへ続いている)に導かれる。このエレベーターでセントラル・ブロックへと降りる事ができる。

 

 エレベーターの扉が静かに開き、<アマテラス>を招く。

 

「お進みください」

 

 顔下半分を隠した体勢のまま、ウィルソンは淡々と言う。

 

 エレベーターを降りた先のセントラル・ブロックこそが、怪異の多発するという、調査対象地点なのだろうと、インナーノーツの一同は、感じ取る。にわかにブリッジの緊張が高まっていく。

 

 ウィルソンは、俯瞰した位置から<アマテラス>を捉える監視カメラ(超次元カメラ)の映像をじっと見つめていた。<アマテラス>は、ゆっくりとエレベーターの中へ消えてゆく。

 

 すると、突然、背後で、ものが崩れる音がする。

 

「どうしました?」

 

 ウィルソンが振り向き見ると、一人の女性職員が、机上のものを散らし、椅子を倒して床に倒れ伏していた。そばにいた黒人の男性職員が、彼女の元へ駆けつける。アジア人らしい中性的な顔立ちの女は全身を震わせ、顔を青ざめさせている。駆けつけた黒人の男の表情も硬い。

 

「……申し訳ありません。彼ら(・・)に恐怖心を持っている職員も……」いやに落ち着き払って、ウィルソンは<アマテラス>へと語りかける。

 

「少々、失礼しますわ」『ええ』カミラが答えると、通信をミュートにして、ウィルソンは立ち上がり、彼女の方へと足を進めた。

 

「博士……」「本当に……やる気……なのですか……」倒れた女性を抱え起こす男性職員が問いかける。女性職員の震えは治らず、男性職員にしがみついていた。

 

 ウィルソンは彼女らのそばに寄ると、じっと震える女性を見下ろす。ウィルソンの側には、彼女と同じ、シルバーと青のユニフォームの女性が二人、ウィルソンと同じようにして立つ。どこかウィルソンと様相が似ている。

 

 ウィルソンの口元が、僅かに持ち上がると、その同じような面持ちの女二人も、同様の笑みを作った。

 

 倒れた女職員はいっそう身体を震わせ、歯をガチガチと鳴らし出す。

 

 ウィルソンはチラリと通信モニターを一瞥し、膝を折って彼女と視線の高さを合わせて、彼女の頬を撫で、そして穏やかに声をかけた。

 

「覚悟を決めなさい。我々は選ばれたのよ。これは、儀式……そう、儀式よ。大いなる存在と一つになるための……ね」


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